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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第四章 黒光が導く魔道
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 シャルミーナを本神殿に送り届けて聖星の燈火に戻ると、すでにスカーレットも帰ってきていた。


「予定より時間がかかっていたようですが、何かありましたか」

「あったぞ。というか、分からなかったのか」

「……今は少し、調子が悪いもので。申し訳ありません」


 不本意そうに、スカーレットは認めた。

 帝国時代より信仰心は薄れたとはいえ、レア・クレネア大陸は聖神信仰が強い。ましてツェリ・アデラは聖神のマナ一色だと言っていいだろう。


 表面上は平然と振る舞っているが、実はあまり体調も思わしくないのかもしれない。


「まあいい。出くわした予定外は、こういうモノだ」


 核を失ってスライムではなくなったマナの塊は、一番近くにあった氷の術式に逆らわず、ただの氷像になった。

 しかし凝縮されたマナの量を、スカーレットが図り損ねるはずもない。


「これは……ッ!」


 そして反応も顕著。見せた表情は嫌悪と怒りだ。シャルミーナの感覚は正しそうだった。


「これだけの量が本来あるべき場所から失われていると思うと、ぞっとするな。それでも世界の大勢に大きな影響は出ていない……」


 だから気付きにくい。そして世界というものがどれだけの力を宿して雄大であるか、感嘆せずにはいられなかった。


「これの処理はアゲートに任せる。スカーレット、お前も先行してこれを渡して来い」

「承知しました」


 マナを人間より扱い慣れているだろう神人の方が、下手な人員に任せるよりも適任だろう。


(多少なりと魔力に染めて返すことは許容するしかないけどな)


 エルデュミオからスライムを受け取ったスカーレットは、手に炎を纏わせ手刀で一部を切り分けた。


「ですが、こちらはお持ちください。急遽マナが必要になったときに役立つでしょう」

「……見た目が酷い」


 誰かに見られたら趣味を疑われかねない。

 有用性は認めるが、このまま持ち歩くのは遠慮したい。


「ウィシーズで必要になるかもしれません」

「……そうだったな」


 マナが奪われ、魔力化が進んだことに困って、エルデュミオに救いを求めているのだから。

 マナは過剰に摂取しても毒だが、枯渇しても死ぬ。バランスが重要だ。ウィシーズのマナ濃度がどれぐらいか分からない以上、備えておいた方がいいのは間違いない。


「ヴァスルール。これを砕いて粉末にしておけ。形が想像できない程度の粗さで充分だ」

「はい」


 スカーレットに渡されたスライムの残骸を、更にそのままフュンフに渡す。

 かつての同僚を死に至らしめた実験の進化先とも言えるスライムだが、やはりフュンフに反応は見られなかった。


「さて。予定外のものと遭遇したせいで僕は疲れた。先に休む」

「はい。では私たちは失礼させていただきます。合流はウィシーズ王都クァナティーにて。道中、お気を付けください」

「ああ」

「ではエルデュミオ様、また明日に」


 一時の別れを告げたスカーレットと、翌日までの別れを口にしたフュンフが、それぞれエルデュミオが泊まる客室から退出する。


(ウィシーズが。旨味がなくて、行ったことさえないんだよな)


 そうは言っても、帝国から別れた同じ文化を共有する国だ。気負うこともないだろうと、エルデュミオは睡魔に抗わずに目を閉じた。




 一晩しっかりと休んだその翌日、改めてリーゼと合流した。

 特に問題なく国境を越えウィシーズへ入り、王都クァナティーに辿り着く。

 問題はなかったが、痛感したことはあった。


「ツェリ・アデラから離れるほど、魔物が強くなるのは本当らしいな」

「ですよ。やっぱりフラマティア神の加護がツェリ・アデラを中心に与えられているってことですかね」

「そうみたいだな」


 リーゼの一般論をエルデュミオも認めた。

 正確にはフラマティア神の影響が強くなるマナの属性による差、ということだが、結果としては正しい。


 自然、街道の設備も強固になっていく。重要視されているのは間違いないはずなのに、軽く視線を巡らせただけで修繕が間に合っていない個所が多々目に入るほどだ。


 ただ、エルデュミオたちが襲われることはなかった。

 スカーレットが同属性の上位者で、エルデュミオがその加護を受けているのが分かるのか、遠目で見かけたぐらいである。


「こんな状態では、フラマティア神への信仰が薄くなるのもうなずける」

「信仰したって神は何もしてくれない――ってことですね」


 心理として理解できる。事実、神本人が手助けをしてくれることはあまりないだろう。直接知るスカーレットたちが、神の奇跡は使いどころを選ばれると言っていたのだから間違いない。

 ただし魔物を弱体化させ、より安全に暮らすためという意味では、信仰は有効だ。


(聖都から離れているために機会が減って信仰心が薄くなり、地域のマナは魔物が与える魔力に影響を受けて変化する。それによってますます信仰心が失われていく――という、悪循環だな)


 逆に言えば、正にスカーレットたちが染め返すために待っていた時代とも言える。


(この分なら、ローグディアの魔力化もストラフォードよりも進んでいるだろう)


 目的には適うが、良かったと言っていいかどうかは複雑だ。


「にしても、空気が悪い気がしないです? 魔物が多いせいですかね……」


 息苦しそうに胸元を抑えるリーゼは、本当に気持ち悪そうだ。一行の中で一番、その肉体が聖神のマナに寄っているせいだろう。


 フュンフは平然としているが、体調に影響を受けているかどうかは分からない。


「関係はあるかもしれないな」


 確信しているが、知っているのはおかしいのでわざと確定しない言い方を選んだ。どちらにしろ、それを深く考える余裕は今のリーゼにはなさそうだが。


「先に宿を取るか。お前はしばらく休んでおけ」

「すみません……」


 真っ先に足手まといになったことに罪悪感を覚えているのか、リーゼは消沈して謝った。

 ウィシーズでは誰に狙われているわけでもないので、冒険者たちが普通に使う、中堅所の宿を選ぶ。


 借りた部屋に入ってベッドに腰を降ろすと、リーゼは息をつく。少なくとも体の力を抜いて楽な体勢は取れる。


「ああ、今、少し思い出しました。この前経験した末期も、こんな感じでしたね。もっと酷い地域もありましたが。エルデュミオ様は大丈夫なんです?」

「取り込むマナを制御しているからな」


 若干、自分に合わせて聖神寄りのマナに変換している。

 常に呪力を使い続けている状態なので快適とは言えないが、不調をきたすよりはいい。消耗を抑えるため、そして魔力慣れをするために、すべてを操作しているわけでもない。


(マナに深く触れた影響か。それとも神人の加護とやらが正式に発動しているのか。以前よりもマナの形を顕著に感じ取れる)


 どういう状態であるのかを正確に把握できていれば、扱い方も合わせられる。先達がマナを操作するために生み出してきた呪紋の術式も、これまでより容易に作り上げられる気がしていた。

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