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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第四章 黒光が導く魔道
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「この気配はっ!」


 同様に探索を行ったらしいシャルミーナが嫌悪を滲ませつつ叫び、背に負っていた大剣を抜刀する。そしてフュンフの警告を無視して異物の方へと駆け出した。


「行くぞ」

「はい」


 回避を推奨したフュンフだが、命じられれば逆らわない。エルデュミオも剣を手に携えつつ、シャルミーナの後に続いた。


 それは街灯の真下で、道に迷うように頼りなく震えている。

 己に敵対的な気配を察知してか、あちこちに飛ばされていた意識がこちらに向いたのが分かった。


 全体像は、球体と言えなくはない。ただしその底辺は地面を張って移動するために平たい部分があり、上の円部分もかなり歪んで凹凸がある。


 粘土の高い水のような物で体を形作る核を護っているその魔物は、レア・クレネア大陸中どこででも見かける繁殖力の強い種族。

 個体によって脅威度が大きく変わるので有名な、不定形生物の代表格、スライムである。


 大概のスライムは子どもが木の棒で叩けば殺せる程度の脅威度だが、凶悪な例になると竜さえ飲み込んで糧にするという。


 目の前のスライムは、透明度が非常に高い。核らしきものまで同様に透き通っていて、不自然な光の反射でどうにか視認ができる。


 見た目からして普通ではない。そもそも、結界に護られたツェリ・アデラに入り込んでいる時点で確定と言える。


 幸いなことに、動きは鈍い。知能は低そうだ。

 己に振り下ろされたシャルミーナの大剣を、意識はしているのに反応を見せない。


 ぞぷんっ。


 粘つく水音を立てて、ミスリル製と思われる大剣が透過スライムにめり込んだ。

 シャルミーナは剣を横にして、斬るというよりも鈍器として叩きつけていた。相手のサイズを考慮し、たとえ見切れなくとも問題なく核を潰せる方法を選んだのだ。


「く……っ」


 しかしその目算が外れたことも一目瞭然。剣は透過スライムの体の半ば程で止められており、スライム自身も平然としている。


 ふるふる、ふるふる、と体を小刻みに痙攣させ、むしろ積極的に刃にまとわりつく。目に見える程の速さで、剣が外側から刃こぼれしていった。消化力の速さが異常だ。


「っ、や!」


 張り付くスライムごと、シャルミーナは勢いよく剣を振り上げ、振り下ろした。振り払われたスライムは弾むゴムのような軽い手応えの音を立て、何事もなかったかのように地面に着地する。


「今のは、剣をマナに戻して喰ったのか……!?」

「そうです。以前、ルティア様もそのように言っていました。そして、ああ――……。神よ、どうか不敬であるとは仰らないでください。エルデュミオ様、『あれ』も『神』に近い気配を感じます」


 罪深い言葉を口にする罪悪感から、先に神へと許しを請い、シャルミーナはエルデュミオに己の感覚が拾っている情報を共有する。


「僕は神の気配を感じたことがないから分からないが、お前の言うことが事実なら正体の想像はつくな」

「あれは一体、何なのでしょう?」


 前回で正解に辿り着かなかったシャルミーナは、答えを求めてエルデュミオに問う。


「――奪われたマナそのものだ」


 マナの形を変じさせて、マナを喰らうモノへと造り上げられた存在。


(効率的にマナを奪うために自律型にしたに過ぎないのか、それとも、次を見越した実験なのか。あるいはその両方か)


 何にしても、その存在を知った以上放置はできない。


「マナを喰らうマナ……? なぜそのようなものを……」

「さあな。やっている奴に会ったら訊いてみるさ。それより、お前はあれの同類を見たことがあるんだろう。どうやって倒す?」

「相手が武器や呪紋をマナに変えて吸収する前に、向こうのマナを削ります」

「ふむ……」


 マナ喰いスライムは、物質を一旦マナに戻さなくては食べられないらしい。


「つまり、マナの制御能力が優れていれば、呪紋の方が効果的か」


 手を翳し、呪紋法陣を構築する。狙いはスライムの内側、核を中心にした。


「凍り付け、氷凍の散花(フリーズスプリット)!」


 エルデュミオが操作したマナを、スライムが再びマナに戻す過程を――許さない。改変しようとする作用を阻害し続け、呪紋法陣としての形を維持する。


 ぱき。パキパキ、ペキッ。


 内側から凍り付いて行く己に、スライムは焦った様子を見せた。マナ改変の抵抗が少しだけ強くなったが、問題ない。


 数分後、氷のオブジェとなったスライムは、その場で動かなくなった。

 本来はこの後粉々に砕く工程が存在するが、エルデュミオは呪紋の発動をそこで止める。


 マナの形を変え、スライムはただ形を残しただけの氷像となった。わざわざ壊して欠片を拾い集めるのは手間だ。


「そんな手段が……」

「多分、ほとんどの人間には無理だぞ」


 翳していた手を下ろし、エルデュミオはやや疲労の混ざった息をつく。

 僅か十五センチに満たないモノとせめぎ合っただけで、数分かかった。要した集中力は通常の呪紋行使の比ではない。


 マナの状態を正確に捕らえる技能と、相手からの改変干渉を撥ね除ける構築力も必要だ。

 エルデュミオの感覚では、それこそ金眼の持ち主でなければ不可能だと思えた。


 ただのマナの塊となったスライムを拾い上げ、エルデュミオは思案する。


「それは、どうするのですか?」

「器を壊して、マナを世界に還すべきだ。だが蓄えているマナが膨大すぎる。一ヶ所で一気にやれば確実に、周辺の生物をマナの過剰摂取で死に至らしめる」


 通常使われているリザーブプールの比ではない。


「では、削って少しずつ、ですか?」

「くっ」


 まるで岩塩か何かを使うようなシャルミーナの言い様に、エルデュミオは喉を鳴らす。


「ああ、正にそのような感じだ。とりあえず、これは僕が預かる。いいな」

「……はい。おそらく、金眼でない人間では持て余すと思います」


 少しだけためらったが、シャルミーナは受け入れた。


「余計な時間を使った。お前も急いで帰った方がいい時刻だろう」

「はい。……けれど」

「どうした」

「なぜこのスライム擬きは、ツェリ・アデラに入り込んだのでしょう」


 入り込めたこと自体は、驚かない。脅威ではあるが、このスライムの力があれば可能だろう。

 だが下手な国の王都よりも余程頑健な防衛力を誇るのが、聖都ツェリ・アデラだ。


(マナを喰らうだけなら、ここでなくてもいい)


 ならばツェリ・アデラでなくてはならない何かがあったと考えるべきだ。


「前回もツェリ・アデラは本気で襲われている。聖神教会の本神殿というだけの理由ではないのかもしれない。神話の逸話まで遡って、もう一度ツェリ・アデラを調べてみろ」

「ええ。それが良さそうですね」


 相手にとって都合の悪い何かは、こちらに有利に働くかもしれない。

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