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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第四章 黒光が導く魔道
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「……成程。それは確かに奇妙な怪物だ」

「何となく、ですが……。神に近しいような感覚もあった気がします」


 ためらいつつも、シャルミーナはそんな所感を口にした。崇めている唯一無二の存在に『似ている』と表現するのに、背徳を感じているようだ。

 信仰心の薄いエルデュミオは、当然気にならない。むしろ別のことに引っかかった。


「本神殿に仕える程の聖職者になると、神の存在を感じられたりするのか?」

「ええ。特に呪紋を使うときなどが多いかと」


 あっさりと認めた。


(そういうものなのか?)


 もの凄く、後ろを振り向いて確かめたくなる。だが今は耐えた。


(それにしても、『神のよう』か。ふむ……)


 スカーレットたちが怒りを向けているのも、その辺りが原因なのかもしれない。


「で、とにかく尋常じゃないのだけは分かったので、まずは正体を探ろうって話になって追いかけたのですよ。その途中で世界が歪んだような気配がして――」

「わたしたちは、気が付いたらこの時間まで戻っていた、という状態でした。けれどフラマティア神の奇跡の名残を感じたので、戸惑いはありませんでした」


 そのとき、おそらくアゲートの方が先にルーヴェンと接触し、劣勢になったルーヴェンが時を戻して――という件のやり取りが発生したのだと思われる。


「わたしの手の中にはローグティアの花びらがあって、そのおかげかすぐに前の時間のことを思い出したです」

「そしてすぐに動かなくてはと思いました。ローグティアの魔力化を防ぎ、世界を枯れさせないようにするために、神が与えた奇跡なのだと」

(ローグティアの花びら……)


 エルデュミオにも覚えがある。


(ということは、あれは使用人のミスでも悪意でもなく、フラマティア神の――もしくはセルヴィード神の仕業か。僕に死に様を思い出させて、少なくともそこを回避させるための……)


 やり直しの直後からスカーレットが側にいたことを考えると、選定はすでに済んでいた。彼らとしても、事態を打開するために選んだエルデュミオに死なれては困るのだ。


(……道理に合わないことをした)


 咎ではないことを責めたのは間違いだ。何らかの形で埋め合わせる必要があるだろう。


「前のときは、もう原因を探るとか無理だったですからね。でも分かっていればつきとめられるかと思いましたし、つきとめなくてはまた負けます」


 エルデュミオはリューゲル以降話を聞いていたので驚きはないが、初めて直面し続けたルティアたちは驚きの連続だっただろう。

 事態は『まさか』というような悪化を急速に辿り、手に負えなくなっていった、というわけだ。


「それと、ツェリ・アデラの防衛強化も進めています」

「そうだな。準備をしていた方がいいだろう」


 ツェリ・アデラ侵略は、必ず起こる。


 世界のマナが魔力に寄れば、ルティアたちの力は弱体化する。敵が弱くなれば目的達成が容易になるのだから、やらない理由がない。


 最盛期ほどの権威はないとはいえ、聖神教会はフラマティア信仰において重要な聖地。機能しているかどうかは各地に影響を及ぼす。


「まあ、そんなところですかね。――そろそろ料理も来るようですし」


 顔を知るという目的は、充分果たされた。第三者の耳のある所では声高に話したい内容ではないので、皆が口を閉ざしてしばし。扉がノックされた。


 こういった場所の従業員は基本、何を見聞きしても口を閉ざす。それが店の価値に繋がるからだ。

 聞かれたとしても、今程度の話なら悲観的な妄想話と思われるぐらいだろうが、わざわざ聞かせることもない。


「失礼いたします。ご注文の品をお持ちいたしました」


 ノックをしてから、部屋の中の人間たちが繕えるだけの間を空けて従業員が入ってくる。

 余計な人間の存在が望まれていないのを心得ている従業員は、手際よく料理を並べて退出した。


 話して喉の渇きを感じたためもあり、エルデュミオはまず食前酒として用意された葡萄酒に手を伸ばす。

 それににこりと笑って、シャルミーナもグラスを手にした。


「では、今夜は善き再会を祝して、乾杯とまいりましょう」

「ですね」


 拒む理由もない。皆がめいめいにグラスを手に、軽く掲げる。


「――乾杯」


 この場で最も高位であるエルデュミオが、自然の流れで宣言した。


(善き再会、か)


 何とも奇妙で、的確な言い方だ。

 相容れない敵として対しているよりは、間違いなく良好な関係でいる。


(だが、いつまで良好でいられるものやら、だな)


 少なくともフラマティアに強い信仰心を持っているのだろうシャルミーナとの敵対は、いずれ避けられまい。当然、彼女の仲間であるルティアやリーゼとも。


 憂鬱な気分が湧き上がってきた気がしたが、喉に流し込んだ葡萄酒と一緒に飲み下した。

 その先は、考えてはいけない予感がしたから。




 食事会がお開きになったのは、日付が変わる時間が迫ってきた頃合いだった。

 時間も時間なので、エルデュミオとスカーレットがシャルミーナとリーゼをそれぞれの宿泊場所へと送って行く。フュンフは護衛対象であるエルデュミオについてきた。


 聖都の名前を冠し、大陸中に信徒を抱える聖神教会の本拠地であるツェリ・アデラは豊かだ。昼間程とはいわないが、街灯も充分な光量と間隔で道を照らしている。


 敬虔な者が集っているせいもあるのか、真夜中であっても雰囲気は和やかだ。さすがに少数だが、女性が一人で外出しているのも見受けられた。


「この町の治安の良さは、世界一だろうな」

「はい。これもまた、神のご加護の賜物でしょう。フラマティア神の教えに背くような不届き者は、このツェリ・アデラでは極僅かです」


 誇りに思っているのがよく分かる表情と声で、シャルミーナはエルデュミオの称賛に微笑んで応じる。

 食事会の雰囲気も悪くなく、料理も美味しかった。その満足値が機嫌に影響しているのか、シャルミーナは楽しげだ。悪くなかったからこそ、エルデュミオとしてはやや憂鬱な部分もあるのだが。


「――お二方。ご歓談中に失礼します。この先の道は避けた方がよろしいかと」


 これまでただ黙々とついてきていたフュンフから、唐突にそう警告される。


 前方に目立った異常はない。だが裁炎の使徒であるフュンフの感覚の方が、自分よりはるかに信用できるのをエルデュミオは疑っていない。フュンフそのものの信用度はともかくとして。


「何がある」

「分かりません。感じたことのないマナ――。いえ、以前ドライが似た気配をさせていたような気がします」


 聞きながら、エルデュミオも自分で探索(サーチ)の呪紋を行使した。それで確かに異質なものを感知する。


 サイズはかなり小さい。直径でも十五センチほどしかないのではないか。

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