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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第三章 白光が導く聖道
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 スカーレットと共にエルデュミオが地上に戻ると、すでに後始末が始まっていた。怪我人や遺体の搬送。行方不明者の確認、捜索。被害全体を正確に計上するための行動だ。


 単純に人手不足だと思われる箇所には、待機していた第二部隊の面々が応援に行っているのも見受けられた。レイナードの采配だろう。


 幸いにして、町の中心部の被害はほとんどない。民間人の犠牲者は少ないと思われる。

 だが外壁周辺は惨憺としていた。こちらの物的被害は諦めるしかない。


 一番酷いのは地竜がいた正門だが、他の箇所も相応に傷付いている。

 もちろん、ルティアが行った東の外壁も例外ではない。


 地上も慌ただしかったが、外壁の上が一部異様な雰囲気に包まれていた。人垣ができており、そこだけ動きが止まっている。


「邪魔だ。どけ」


 中心に入るのに、その人垣が邪魔だ。

 後ろから声を掛けられた、警備軍所属と思われる兵士はびくりとして、慌てて飛び退き道を空ける。


 集まった人々の中心には、予想通りルティアが倒れていた。近くにはきちんとフェリシスもいて、任意の相手に呪力を受け渡す呪紋を展開している。


 集まった人々は、無駄に集まっていたわけではないらしい。だが。


「効率が悪い。僕がやるから代われ」


 質の違うマナを相手の呪力質に変換して送り込む、繊細さが要求される高難度な呪紋だ。発動させられるだけ大したものだが、上手いとは言い難い。


「イルケーア隊長」


 エルデュミオがルティアの側に膝を付くと、フェリシスは呪紋の行使を止めて引き下がった。心なしか表情にほっとしたものがある。


 フェリシスに代わって同様の呪紋を発動させたエルデュミオは、周囲の余剰のマナ、そして自分の持つ呪力をルティアの呪力質と合わせ、注ぎ込む。


「ん、ぅ……っ」


 ほどなく蒼白だった顔色に朱が戻り、呻きながらルティアは目を開く。


「ええと、わたくし……」

「極大呪紋を使って倒れたんだろうが。馬鹿かお前は。死んだらどうする」

「……エルデュミオ」


 人々を護った立役者である王女に、その行いを褒め称えるのではなく、まず苦言から入った。

 ルティアは少しきまり悪そうな顔をする。心配をかけることも彼女の本意ではないだろうから。


 そして同じぐらいの匙加減で嬉しそうでもある。エルデュミオの苦言が自身を労わってされているものだと分かっているからだ。


「ごめんなさい。でも、守りたかったのです。あと、死なない確信はありました。フェリシスも近くにいましたから」

「それは分かっている」


 フェリシスや周辺の騎士、兵士たちから呪力の支援を受けながら、死なないだろうぎりぎりまで呪力を振り絞った。そういう意味だ。

 ルティアも金眼だ。自分の体内呪力の目算を間違えるようなことはない。


「それでも、万が一の危険はあるだろうが」

「あったと思います。けれどわたくしはきっと、次も同じことをします。……先に謝っておいてもいいですか?」


 求めたい結果を目の前に、引き下がれる冷静さなどルティアは持ち合わせていないのだ。


「止めろ。……つまり、お前にそういう無茶をさせない道筋を作ることが、臣下に求められる役割ということだろう。甚だ面倒だ」

「そうですね。きっとすごく、苦労をさせます」


 悪いと感じる気持ちも、ルティアの本心なのだろう。眉と肩を一緒に落とした。


「まあ、やりがいのある苦労ならいいんじゃないか」

「……エルデュミオ」

「そんな治世も悪くない」


 大したことのない雑談のように放たれたエルデュミオの言葉に、周囲から動揺と緊張が走る。


「だが、今日はもう休め。フェリシス、ルティアを送って行ってやれ」

「承知した。――殿下、失礼いたします」

「ええ、お願いします」


 意識は戻っても自力で立ち上がることはできないらしく、ルティアは大人しくフェリシスに運ばれていった。

 その背を見送る騎士たちの幾人かの眼差しには、逡巡が生まれている。


 ――己の主を、誰にするべきか。


 選ぶための権利を自身が持っていることに、初めて気が付いたような表情で。

 定めるための時は、迫っている。




 物事というのは最中も大変だが、起きた出来事が大きいほど、事後処理も重大になる。終わってから辛さが身に染みることも少なくない。


 死傷者への手当てや褒賞。崩れた外壁や余波で破壊された街の復興。それらの手配が待っている。

 しかしこれだけの大事で人も金も動かすとなると、采配を振るう権限を持つのは国王ただ一人だけだ。


 ゆえに、予算案が各部署で作成されつつ、神凪の月の十日、予定を少し前倒しにして国王選挙が行われた。


 さっさと投票を済ませたエルデュミオは、ホールの端から全体を眺めつつ、結果を待つ。

 開票は全員が投じた後、この場ですぐに行われる。階段で隔てられた高みから、ルティアが緊張の面持ちで身を硬くしているのが見えた。


 顔色は少し悪い。無茶な極大呪紋を行使した影響がまだ残っているのだろう。

 隣のルーヴェンはいつも通りだ。ここに自分の身の置き場がないと感じている様子で、居心地悪そうに階下を見詰めている。


「勝てるだろうか」

「勝つに決まってるだろ」


 警備のために会場にいるフェリシスが隣で不安そうに呟くのに、エルデュミオはきっぱりと断言した。


「言い切るんだな」

「当然だ」


 ルティアが初めにエルデュミオに求めた通り、貴族派の中で問題のない票の幾つかはすでに獲得してある。選挙にだけならそれで勝てるのだ。問題だったのはその先である。


(多少は、改善できたんじゃないだろうか)


 魔物襲撃の最中、ルティアが極大呪紋を使ってフラングロネーアを護ったのは周知だ。援護に行っていた東の外壁で戦っていた騎士や兵士、全員が証人である。


 城の中で護られながら何もしなかった王子と、自らの身を削り、民を護ることに尽力した王女。不安になりつつある世の情勢で、どちらを王に戴きたいかなど自明だ。


(だがそれは、機会が今だっただけのこと。遠からずあいつは自分の行動で支持を得ただろう。……別に、僕が何をする必要もなかったんじゃないか)


 前回、ルティアは独力で『聖女』と称えられるまでに民意を得ていた。元々求心力のある少女だったということだろう。


 ややあって全員の投票が終わり、開票が始まる。


 文官派筆頭のリッツハングマー侯爵も、ルティア同様緊張した面持ちで開票作業を待っているが、武官派筆頭であるヘルムートはこの場にいない。

 エルデュミオが戦場を離れた後も前線で戦い続け、未だ療養中の身だという。

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