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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第三章 白光が導く聖道
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 ともあれヘルムートが竜を引き受けてくれているおかげで、比較的安全に横を擦り抜けられた。呪紋や攻撃の余波が流れてくるぐらいは諦める。


 外は外で、未だ戦いは続いていた。外壁の有利を失った場所で、強化された魔物を相手にする羽目になったのだ。目に見えて負傷者が多い。


「イリス、アンドレア、コーネリウス! 生きているか!」

「おぉ、隊長。生きてるぜー。何であんたがここにいるんだー?」


 意外に近くから、そんな間延びした声が返って来る。


 声がした方へ向かうと、そこは簡易の治療所のようだった。額に汗を浮かべながら、治癒呪紋をかけて回る騎士や神官たちがいる。


「アンドレア、お前だけか」


 外跳ねの癖がある銀髪の青年に近付き、そう声を掛けた。


「イリスとコーネリウスはまだあっちだ。俺もそろそろ戦線復帰する予定だから、ギリギリだったぜ。何かあったのか?」

「予定外に過ぎる。下がれ」

「んー。フェリシスが戻って来るならそうすっけど。追い出しといて穴開けるわけにゃいかねーでしょ」


 道理である。思わずエルデュミオが言葉に詰まってしまう程に。


「だが……」

「隊長ー。隊長は隊長の都合で俺たちをけしかけたわけで、俺たちも俺たちの都合でそれに乗った。だったら、少しばかり予定外でもやり切るべきなんじゃねーかな」

「竜が『少しばかり』の予定外か」

「今んところは。団長たちが頑張ってるんで」


 今の所、とアンドレアが口にしたように、この先はどうなるか分からない。後ろの戦況へとエルデュミオが目を向けると、竜が大きく息を吸い、胸部を膨らませた所だった。


 統制の取れていたヘルムート以下第一部隊が、動揺を見せる。そして大急ぎで、全員掛かりの防御呪紋を構築していく。


(これは、こちらにも余波が来るな……!?)


 事態を察知してエルデュミオと同様に考えた者たちが、地竜の後ろでも防御呪紋を展開し始める。間に合った者もいたし、間に合わなかった者もいたが――地竜に人間の都合は関係ない。装填を終えたブレスが叩きつけられた。


 空気など、本来目に見えるものではない。しかし地竜の口を砲台にして放たれた空気の弾は、周囲の景色を歪ませて見せるほどの高速で飛び、轟音を立てて防御呪紋とぶつかった。


 呪紋によって編まれた光の盾が撓み、すぐに張力に耐えられなくなったように砕け散る。同時に地竜のブレスもそこで破裂して、騎士や周辺の建物を容赦なく吹き飛ばす。


「っ、ぐ!」


 着弾点から距離もあり、逆側に位置していた。だと言うのにそれでも並々ならない暴風を浴びることとなる。


 エルデュミオを始め、多くの人間が逆らえずに背後の外壁に叩きつけられる。強かに背中を打ち、一瞬息が止まった。


 それでもまだマシな方だ。防御さえできなかった者は、軽く数メートルを吹き飛ばされている。


「む、無茶苦茶だなあ、オイ! さすが災害級!」


 また崩れた外壁の残骸から這い出しながら言ったアンドレアは、次の瞬間絶句する。衝撃波で体勢を崩した騎士の一角を、地竜が腕と尻尾で払い除けていたからだ。


 そうしながら、再度胸を膨らませていく。もう一度ブレスを放つつもりだ。


 次は防げないと察したヘルムートが、単身斬りかかっていく。傍から見ても捨て身と分かる、防御を捨てた全力の一撃だ。


「団長! 無理無理無理ィ!!」


 アンドレアが半ば悲鳴の叫び声を上げた。だがそんなことはヘルムート自身が一番よく分かっているだろう。


 自ら懐に飛び込んできたヘルムートを見て、地竜は笑った。瞳の殺気がヘルムートただ一人へと向く。まるで同胞を殺してきた長が彼であることを知っているかのように。


 両手を虫を叩き潰すがごとくに持ち上げて、正面はブレスで迎え撃つ。ヘルムートは自身を囲って防御呪紋を展開しているが、複数人で掛けたものでさえ地竜のブレスは防ぎきれなかった。

 範囲を狭めた分強度は増しているだろうが、それで防げるとは断言し難い。


 ゴッ!


 そうして吐き出された衝撃波には、先程とは違う魔力が宿っていた。薄暗い緑の魔力だ。


(毒か!?)


 現場に居合わせた全員が蒼白となる。拡散したら被害は甚大なものとなるだろう。

 しかし人間たちが抱いた悪い想像に反して、地竜は自身が広げた両手で抑え込むように方向性を制御した。そのおかげで拡散はしない。


 ヘルムートへの殺意の表れなのだろうが、人間たちにとっては最小の被害をもたらす結果と言えた。

 毒のブレスが光の盾に触れ、圧に耐えられずに砕ける――誰もがその瞬間を想像して悲鳴を上げる。


 だが次に事態を動かしたのは、地竜のものでもヘルムートのものでもなかった。


 東の外壁の一部から光のドームが勢いよく膨らみ、町を覆い尽くしていく。それは瞬く間に他所で繰り広げられている外壁の攻防、更には正門の地竜にまで到達した。


 人を柔らかく包み込んだその白光は、地竜のブレスさえも一瞬で消失させる。さらに竜本体に触れると重い音を立て、異物を弾くかのようにその巨体を押しやり始めた。


「グゥ……!」


 地竜は唸り、両手と両足を使って踏ん張った。光の膜からの排除に抵抗を見せる。しかし押される速さが若干減退しただけで、地竜の足は土を削って後退していく。


 変化はそれだけではない。光の天蓋に覆われた地上には、そこから零れ落ちた光の粒子が人々に降り注ぐ。光に触れると傷付いた組織がたちどころに再構成され、体を癒して行った。


「何だこれ……呪紋か? 聖神の奇跡か?」

「ルティアだ」


 発生地点で確信した。東の外壁は正に、エルデュミオが許してルティアとフェリシスが向かった場所だからだ。


「えっ! 傀ら……じゃない。王女殿下!?」


 アンドレアは慌てて途中で言い直したが、エルデュミオの耳はどうでもいいものとして聞き流す。


「馬鹿が……!」


 ルティアは確かにエルデュミオの忠告に従い、約束を違えなかった。代わりに自分にできる無茶を選んだ――選ばせてしまったのだ。エルデュミオが。


 ルティアが使ったのは、極大呪紋と呼ばれる戦術級の呪紋だ。本来はマナを溜めた記紋術具を併用したり、複数人数を揃えて発動させる。そうしなければ発動させられない、使用呪力が高すぎる呪紋なのだ。


 ストラフォードがいざというときのために保持していた、マナを保有した記紋術具はとっくの昔にフラングロネーアの結界呪紋強化に使われている。


 つまりこれは、ルティアが一人で、ローグティアからマナを引き出して無理に行使しているのだ。その負担は人間一人で負っていいものではない。側にいるはずのフェリシスを、思いきり殴ってやりたい気持ちに駆られる。


 しかしもうルティアは実行してしまった。そしてこれで一度、大勢が仕切り直しになったのも間違いない。


(だったらどう活かすかを考えるべきだ)


 勝てないのなら逃げるべきだが、魔物に囲まれている現状では難しい。まして民全員でなどは絶対に不可能。

 前回同じ状況に陥った聖神教会のように滅びたくなければ、魔物を退けるしかない。

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