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「……っ、っ……!!」
相手を撥ね除けつつ叫んだフェリシスに、エルデュミオは唇を戦慄かせた。
(なぜ、よりによってこいつに僕が助けられなきゃならない!!)
屈辱だ。とても礼など口にしたくないほどに。
もっともフェリシスは恩を着せたことに頓着していない様子で、すぐに正面に向き直った。それでエルデュミオも仕方なく、フェリシスに背を預ける形で陣形を整える。
スカーレット、ルティアも同じようにして、四人で円陣を組んだような形だ。
(――頃合いか)
そっとルティアに視線を向けると、彼女は応じるように強く呪杖を握り締める。そして反撃のための準備に入った。
ただしそれは、マナとの親和性が高い人間でなければ感じ取ることも難しかっただろう。事実近衛騎士は、ルティアが呪杖をしっかりと構え直し、しかし何の呪紋も展開しなかったことで、彼女の行動を軽視した。
「……一度だけ、機会を与えます」
ブーツが柔らかな草を踏みつけにする音が、周囲から複数聞こえてくる。
聞かせているのだ。正確には不明ながら、四人で対応できないだけの人数がこの場に揃ったことを知らせるために。
何かしら連絡手段があったのかもしれないし、そうでなかったとしてもこれだけ盛大な音を立てて戦っていれば、集まってくるのは当然と言える。
おそらく、ぐるりと周囲を囲まれている。その圧迫感だけはひしひしと伝わって来た。
「フェリシス・ロージェ。そしてエルデュミオ・イルケーア伯爵。投降を。我らの目的は国を割る王女のみ。国のための忠実なる騎士と、国を豊かに育む公爵と敵対する意思はありません」
その呼びかけに対して。
「断る!」
「――まあ、仕方ないな」
フェリシスとエルデュミオの答えは、見事に正反対となった。
騎士たちに向けていた切っ先を降ろしたエルデュミオへと、フェリシスは驚愕の表情を向ける。
(中々の迫真じゃないか)
この手の腹芸は好まない性格だろうから苦手かと思っていたが、好きではないのと適性がないのは別らしい。
「何を言っている! 貴方は自分が何をしようとしているか、本当に分かっているのか!?」
「僕は勝てない戦いはしない主義だ。従妹を見捨てるのは、少し寝覚めが悪いが」
「ご心配なく、イルケーア伯爵。我らとて、王女を亡き者にしようというわけではありません。ただ国王選挙が終わるまで、少々身を隠していただくだけです」
「そうか」
初めから殺意しか感じないやり方をして来た者の言うことではない。感情の乗っていないエルデュミオの同意に、騎士は不本意そうに眉を寄せた。
「ご下命とはいえ、力なき姫君の首を手折ることは、よしとは思っておりません。大人しくしていただければ、危害は加えないと約束しましょう。我ら近衛の剣は、本来王族の皆様のためにあるのですから」
交渉の余地があると思ったが、騎士はそう、再びの降服を促してくる。今度はルティアも含まれている言い方で。
「一体誰の命令だ?」
まともな答えが返って来るかどうかはともかく、せっかくなので訊ねてみた。
「近衛騎士が従うべき方です」
明言はしない。だがそれに該当する人物は、二人しかいない。
うち一人は病に伏して意識さえおぼつかない状況。消去法で残るのは、ただ一人。
(……ルーヴェンなのか。本当に)
騎士の答えに、ルティアとフェリシスが動揺したのが伝わってくる。
ただしここで名前が出てきたからと言って、真実だとは限らない。使われているだけの可能性も残っている。
「さあ、ルティア王女――」
「ああ、そうだ。言い忘れていた」
騎士の口上を遮って、再度エルデュミオは口を開く。今度はやや鬱陶しそうな目で見られたが、どうでもいい。
「僕はそもそも、勝てる戦いしかしない主義だ。場の雰囲気に間抜けに流される前に、もう一度よく考えるべきだったな」
準備をして、待ち受けて、戦い始めた。それが答えだ。
「ルティア!」
「はい、行けます! ――フラングロネーアに宿るローグティアよ、力を貸して!」
たんっ、とルティアが呪杖を地面に突く。応じて庭園一体に、白く輝く呪紋法印が浮かび上がった。
それは始めに騎士を暴いた紫雷を放った仕掛けの正体だ。ただし今度は、目に見えるほど強大なマナを隅々にまで行き渡らせている。
ルティアは構えたまま、何もしていなかったわけではない。この王城地下に生えているローグティアに干渉し、急速にマナを呪紋法印に充填していたのだ。
「――!!」
悟ったときにはもう遅い。
耳をつんざく轟音が、五感の全てを支配する。光そのものとなった白い雷柱が地から天へと、それこそ瞬きの間で走り抜けた。
無事だったのは、噴水の四方一メートルほどの空間だけ。雷が過ぎ去ったあとには、十数人の近衛騎士が倒れて痙攣していた。
「まあまあだな」
「まあまあなのか……?」
周囲を見回し、うなずきつつ言ったエルデュミオに、フェリシスは引きつった声を上げる。
「王族の私的空間との境だぞ。これぐらいの威力はないと困る」
「……まあ、確かに、そうだったんだろうな」
実際、過剰とまでは言えない。動けなくはなったようだが、騎士の多くはまだ意識を保って痙攣している。
装備と、おそらくマナの過剰摂取によって急速な回復力を得ていたことの恩恵だろうが。
「あの、エルデュミオ。彼らを癒してもいいでしょうか」
「了解を取るとは、成長したじゃないか。だが、治せるのか」
表面的な傷を癒そうが、無駄だ。無茶な強化のせいで、彼らは近く死に至る。
「分かりません。でも、出来るような気がします」
「ふむ」
(実験台としては悪くない)
ルティアの感覚は、なんとなく分かる。エルデュミオも、今ならばまだ彼らを本当の意味で癒すことは可能な気がしている。こちらは鍛えられた身体能力の賜物だろう。
「貴方が手を貸してくれなければ、わたくしは生きていなかったと思います。けれど世に二つはない命ですから、できれば助けたいとも思っています」
「次に殺されてもか? 言っておくが、こいつらは僕た……ちより強いぞ」
途中で言葉に躊躇ったのは、断言できなさそうな人物に思い至ったからだ。しかしルティアたちの前で追及するような話ではない。
「でも、状況が変わって、戦う必要がなくなるかもしれません」
「分かってるなら、好きにすればいいんじゃないか。元々お前の目的は、ストラフォードの戦力を減らさないことなんだし」
ルティアが王となった後近衛としてその力を振るってくれるのなら、失うのが惜しい戦力ではある。
「はい。ありがとうございます、好きにします」




