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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第一章 黄金が視せる啓示
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 十日ほどをかけ、エルデュミオとスカーレットはリューゲルへと到着した。


 秋になれば見事な金の穂が視界一面に揺れる雄大な景色が見られるのだが、今はひょこりと芽をのぞかせた緑が風にそよがれている状態である。


「領主館に向かいますか? それとも宿に?」

「宿に泊まる。一応、抜き打ちの査察だからな。お前は先に手配しに行け」

「承知しました」


 あまり王都から離れることのないエルデュミオだ。リューゲルの宿事情になど詳しくはないが、問題ない。泊まるのは一番高級な宿だと決まっている。


 スカーレットと別れ、エルデュミオはまず大通りに足を向けた。


(活気がないな。何かが起こっているのはこの時点で確定だと言っていいだろう)


 まだ陽も高いというのに、人通りが少ない。特に女性や子どもの姿が見当たらなかった。治安の悪化を如実に伝えてくれる。


 次に広場へ向かい、露店を見て回る。商品の値が跳ね上がっている――ということもなく、適正価格だ。


(勝手な徴税をしているわけではないようだ。ということは、兵の質の問題か?)


 その答えが丁度得られそうだったので、広場を離れて町外れにある丘へと向かう。


 緩やかな坂を上った頂上には、一際目立つ巨木が黄色い花を咲かせている。ローグティアの木だ。


 風に吹かれてはらりと一枚、花びらが舞い落ちる。風に流されたそれが丁度近くに来たので、手を伸ばして掴み取った。


 ほんの少し、風呂場で見た映像の再現を期待したのだが、残念ながら何も起こらない。


 だが当然であっただろう。開いた手の平の中にあったのは、黒ずんだ花びらだったのだから。生命の息吹がすでに感じられない状態だ。


「やはり……ルチルヴィエラだけではないのか? まさか……」


 ローグティアの親とも言える神聖樹は、マナを生み出す世界の要。


 世界の全ては、マナから生じると言われている。土も、水も、火も、風も、木や石、人間に至るまで、マナが現象を変えた姿でしかないのだと。


 その力を最も顕著に受け取っているはずのローグティアが、病にかかったかのような花びらを落としている。不吉な予感に襲われるには、充分な理由と言えた。


 木の下でぼんやりと突っ立っているだけに見えるエルデュミオの姿は、格好の獲物に映ったのだろう。

街からずっと付いてきていた気配が彼を取り囲むように展開し、その中から一人、無造作に近付いてくる男が出てきた。


「よう、坊ちゃん。いい身形だな」

「度し難い馬鹿だ」


 かけたセリフをまるで無視した侮辱の言葉が返って来て、冒険者かごろつきか、判断に迷う様相の男が気色ばむ。


「一つ。僕が上流階級の人間だと分かっていて手を出す愚かさ。二つ。それならそれで、わざわざ敵に声をかける判断力のなさ。どこへ行こうが、成功しない無能だな」


 貴族を捕らえれば、金になると考えたのかもしれない。それ自体は間違いとまでは言えないが、あくまでもある程度の階級までの話。


 一定以上の地位の相手に手を出せば、最終的に待っているのは徹底的な殲滅である。貴族の体面は重い。


 なにより、そこらを徘徊している魔物やごろつきに後れを取るほどエルデュミオは弱くなかった。そうでなければ従者と二人で視察になど出てこない。


 剣を抜くまでもない。振り向きざま、無駄話で稼いだ時間で構築し終えていた呪紋を発動させつつ、腕を横薙ぎに振るう。


 風の刃が渦を描いて放射状に通り抜け、周囲を取り囲んでいた敵を一掃する。


 話を聞くのも目的なので、一応、手加減はしてある。一団の代表だったのか、話しかけてきた男――は、さすがに距離が近すぎて無理そうだ。


 顔の半ばあたりから足の脛まで、横方向のなます切りになった男を放置して、程よく呻いている者の方へと向かう。


「うぅ、クソ……ぎゃっ」

「まだ悪態をつく元気があるなら、お前でいいな」


 もがき、這って逃げようとしていた一人の背中を踏みつけにして、そう冷ややかな声を降らせた。自らの不運を悟った男は悲鳴を上げる。


「ま、待て、助けてくれ! 命令されてただけなんだよ!」

「命じた者の罪が一番重いのは当然として、実行犯に罪がない、なんてことにはならない。だが喜べ。お前が僕の求める情報を持っているなら、多少の減罪は考えてやる」

「は、話す! 何でも話しますとも!」

「都合のいい嘘はつくなよ。どうせすぐに分かるし、お前に逃げ場はない。この場限りの嘘は、むしろ未来の自分の首を締めると肝に銘じろ」


 エルデュミオが今求めているのは、都合のいい犯人ではなく事実のみだ。


「誰の命令だ」

「な、名前は知りやせん。話をするのはいつも頭だけなんで……。代官様の部下らしい、ってことだけ聞いてます」

「へえ?」


 事実代官の部下なのか、名乗っただけなのかはともかく、放置はできない。


「なぜ僕を狙った」


 エルデュミオは男が始めに言った通り、一目で貴族と分かる質のいい、真新しい服を着ている。

 だが肝心なところだが――彼は若い男だ。


 抵抗されれば一番面倒で、ゆえに監視にも気を遣う。女子どもの姿が町になかったことからも、普段狙っている獲物は力の弱い相手を選別しているはずだ。


 エルデュミオは獲物の条件から外れている。


「近頃は町の連中の警戒が強くなってきてて……。金回りのいい、ヒョロい兄ちゃん一人なら、と思って。最悪、殺っちまっても身ぐるみはがせば金になりそうだったんで……」


 獲物と狙った相手に踏みつけられつつ、なぜ襲ったのかを白状させられるというのも中々の状況だ。


「悪行の中心は人さらいだな。目的は金か?」

「へ、へい。税の足りない分を捻出するんだとか」

「チッ。阿呆が」


 苛立ちも含めて、聞きたいことを聞き終えた男の腹を蹴り飛ばす。本拠は警備兵に尋問させた後、情報だけ得ればいいだろう。


 潰れた声を上げて気絶した男を前に――少し後悔した。


「……自分の足で歩かせればよかった」


 男を運ぶ人手が近くにいないのを失念していた。常に誰かが控えている生活の弊害と言えるだろう。


 道は幸い坂なので、引き摺って行くことはできるかもしれない。だがエルデュミオはその選択肢を即座に排除した。


(こんな汚い男に長時間触りたくない)


 渋面で腕を組むエルデュミオに、くすくすと頭上から笑い声が降り注がれる。


「困りごとです? 綺麗なお兄さん」


 頭上を振り仰げば、ローグティアの枝に器用に身を乗せた少女が、こちらを見ながら笑っていた。


「というか、綺麗なお兄さんで振り向くですね?」

「何を言っている。僕は美しいだろう」


 きっぱりと断言。自他ともに、間違いのない事実である。ただしそれを自ら言う者は少ないだろう。


「……ですねえ」


 少女も否定はしない。しかし微妙な顔をして、身軽に地面に降り立った。

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