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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第三章 白光が導く聖道
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 ルチルヴィエラでの公務は、表面上は滞りなく終えた。


 途中賊徒の襲撃を受けた以外は、すべて予定通りに行われている。その賊徒も撃退されたとなれば、充分に成功と言っていい。


 ただし、襲撃者が裁炎の使徒(イグニス)であった件は、口を噤むことにした。


 そもそも三人が裁炎の使徒であった証拠はない。前後の状況からエルデュミオが勝手に推測し、相手が認めただけである。


(誰か一人でも生きていれば、やりようがあったものを……!)


 腹立たしいが、いつまでも固執してはいられない。国王選挙がもう間近に迫っていた。

 武官派と文官派の勢力は元々同程度。数人、均衡を崩せばこと足りる。


(さて。誰の票から手を付けるか……)


 スカーレットの報告書を読みつつ、紅茶に口をつける。美味しい。

 これまでは美味しい食事が出てくるのが当たり前だったため、軽視していた。


 美食を作り上げる料理人とは、素晴らしい技能の持ち主だ。無論、この紅茶を入れた侍女の腕も同じである。習うのならばこの侍女がいいかもしれない、とまで思う。


(まあ、それはともかく)


 優先順位の低い技能の習得は、時間が余ったときに取り組むとして――


「スカーレット」

「はい」

「どうだ。ルーヴェンに抱いていた懸念の結果は」


 報告書の中に、スカーレットが気にしていたルーヴェンに関するものはなかった。何もなかったのか、それともあったからこそ紙面に残さなかったのか。


「ルーヴェン殿下が裁炎の使徒と接触していた形跡があります」


 声量を落として報告してきた内容に、手を止めてスカーレットを振り返る。スカーレットもまた、エルデュミオが読み終えた書類の整理をする手を止めて彼を見ていた。


「確かか」

「エルデュミオ様が帰還される数日前に、王都近郊で倒れている男が発見されました。酷く衰弱した様子で、町の神殿に運び込まれて治療を受けていましたが、そのまま行方不明に。前後して、神官ではない者が内部をうろついていたとの話もあります」

「死体の回収と口封じか」


 王都近郊に現れた衰弱した男とやらは、おそらくルチルヴィエラで取り逃した襲撃者のうちの一人だろう。


 帰還しようとフラングロネーアまで辿り着いたのはさすがだが、ドライの顛末からして近い将来同じ道を辿ったことは想像に難くない。


「その後何人かを経由して、ルーヴェン殿下と接触を図っていました」

「よく辿れたものだな? うちにその手の技能を持った者はいないはずだが」


 イルケーアの本家ならばさすがに雇っているか育てているかをしているだろうが、エルデュミオの手勢の中にはいない。必要がなかったのだ。


「知人に、土人形(ゴーレム)の制作に長けた者がいます。そちらで手を補いました」

「土人形か……」


 一般的には単純な命令と労働しか受け付けない、呪紋で作った文字通り土塊の人形のことをそう呼ぶ。


 だが実際には、その定義は幅広い。優れた術者が作る高性能な物になると、人と遜色ない動きで魔物と渡り合ったりもするらしい。素材によっては結界や探査を擦り抜けたりもでき、便利で厄介な代物である。


 エルデュミオが苦い表情をしたのは、土人形そのものへの忌避感というよりも、連想したものが嫌だったためだ。


 土人形の作成は、土属性の領分である。


(マダラが得手としている属性も、どうやら土だ)


 植物で作ったらしい弓や、鉱石の鏃。リューゲルで人々を変えた魔術も、植物に寄ったものだった。


「何か」

「……いや。それだけのものを使える術者なら、会ってみたいと思っただけだ」


 有用なのは間違いないし、スカーレットの知人には関わりのない感情だ。


「エルデュミオ様が望まれるのであれば、呼び寄せましょう。しかし何分、各地を渡り歩いている男ですので、ご紹介できるのはしばし先になるかと思います」

「構わない。急いでいないからな。――名前は?」

「アゲート・スロウサと申します」


 返ってきた言葉に、また少しエルデュミオは間を空けてしまった。


「どうかなさいましたか?」

「……いいや」


 瑪瑙(アゲート)という響きに、今はいい気分がしないだけだ。複数種の性質で縞模様の層を成すその宝石の名は、いやがおうにもマダラを連想させて来る。


「まあ、そいつの件は後々でいい。……だが、そうか。ルーヴェンか」


 状況だけ見れば、あり得なくはない。


 裁炎の使徒の管理、接触は王のみが行うとされていて、それ以外の者はどこで接触ができるかすら把握していない。してもいけない。例外は王が認めた者だけだ。


 だからほぼ次期国王に決まっていたルーヴェンであれば、次代として接触を持っていてもおかしくない。その辺りは王の裁量となる。


(ルーヴェンが邪神信仰の思想を持っているなど聞いたこともないが。では目的は王座か? しかし前回、ドライと同じように強化した魔物が聖神教会を襲っていて、ローグティアの魔力化とも無関係とは思い難い……。ああ違う。落ち着け)


 事態が入り乱れているせいで、混同している。エルデュミオは一旦思考を切った。


「そう……。そうだ。ルーヴェンが裁炎の使徒を動かしているのなら、あいつとマダラの一派は別だ。それは間違いない。そしてこれまで僕が見た分だけで言うなら、行動はきっちり分かれている」


 マダラはローグティアを魔力化しようとしている。

 ドライはローグティアからマナを奪っていた。この二つが同じ目的とは言えないだろう。


「ルーヴェンが邪神信者ではなく、魔力化とは関係ないのなら……」


 前回の時間軸で、聖神教会を襲ったのはおそらくマダラの一派だ。聖神教会は彼らにとって魔力化を邪魔する敵対者。それだけで理由としては充分である。


 魔術に秀でた彼らなら、魔物を操って意図した場所を襲わせるぐらいはできるのかもしれない。

 ではその魔物たちが、ドライと同じ方法で強化されていたのはなぜなのか。


(マダラはおそらく、ルチルヴィエラの記紋術具(マナ・ライズ)を除こうとしていた)


 まだ完全に結果が出たとは言い切れないが、リューゲルではすでに町の八割は探索を終えたと聞いている。担当している警備軍からは、同様の記紋術具が発見されたとの報告は来ていない。


 以前も不思議に思ったものだ。なぜ、マダラがわざわざ前回の時間軸をなぞるようにリューゲルにいたのか。


 リューゲルにいたのは、むしろ記紋術具を取り除くのが本題だったのではないか。生贄の件は来がてらのついで。そのような気さえしてくる。


 主義思想はともかく、彼はローグティアを害そうとはしていない。それはマダラがローグティアに触れたときの様子から分かる。


「ルーヴェンにとっても神聖教会が不都合で、襲ったマダラたちに便乗したとか……? いや、そもそも強化法はただの推測だ。世界のマナが魔に寄れば、魔物が強化されるのは道理……」


 なによりどうしても、エルデュミオにはルーヴェンが主体で何か行動を起こすようには思えないのだ。裁炎の使徒に使われているという方が、まだ信じられるぐらいに。


「ともあれ――エルデュミオ様。どうか、ルーヴェン殿下には油断なさらないよう、お気を付けください」

「そうだな。お前の言葉が事実であるなら」

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