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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第二章 水が表す渇望
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 目を閉じ、意識を集中しているのが分かる。高揚して体の表面にまで現れた純白の呪力が、柔らかくルティアを輝かせた。


 やがて呼応し、ローグティアも真白の輝きを帯び始める。すると咲いていた幾らかの花が落ち始め、新たに水色の花を咲かせていく。


 枝から落ちたのは、黒ずんだ花びらだけだ。全てを聖神の呪力で満たしたローグティアからは病のような黒ずみが消え、明るさと輝きを取り戻す。


 偶然にも吹き抜けた一陣の風が、再生したばかりのローグティアが放つ、清々しい香りを人々に運ぶ。それで明確な変化をより実感できたのか、ルティアが樹の幹から手を離した瞬間、歓声と拍手が湧き上がった。

 息さえ詰めて儀式を見守っていた人々が、一斉に動いたその瞬間。


 ギンッ!


 拍手の音を貫いて鋭い金属音が空気に響き、溶け消える。ルティア目掛けて投擲されたナイフを、エルデュミオが叩き落した音だ。


 一瞬で、場に静寂が訪れる。誰もが事態を飲み込めず硬直する中、エルデュミオともう一つの影だけが動く。


 ルティアを襲った一撃を防いだ後、そのまま体の向きを九十度変えて側面から斬りかかってきた相手と切り結ぶ。


「あら」


 二撃共に防がれて、どこにでもいそうな町娘に扮した彼女は、意外そうな声を上げた。


「よく気付いたわね」

「定石に過ぎる。応用力を磨いて出直して来い」


 一つの物事が達成され、気が抜ける瞬間。標的を狙った直後、今度は邪魔者を先に排除するための一手。充分に想像ができる範囲であり、想像ができていれば行動にも移せる。

 しかし予想外のこともあった。


(何だ、この馬鹿力……)


 女の武器は大振りなナイフ。それを片手に持ってエルデュミオと切り結んでいる。対するエルデュミオは、標準的な長さと重さの長剣を両手で持って支えている状態だ。


 純粋な力勝負。だというのに押し負けているのはエルデュミオの方だった。刀身の金属がじりじりと顔に近付き、その間にも踵が地面の土を削りながら後ろへと追いやられている。


 エルデュミオは全力だが、女にはまだ余裕が見えた。唇が弧を描き、試すように力の圧を加えてくる。


「エルデュミオ!」

「下がれ!」


 おそらく援護のためだろう。呪紋を構築し始めたルティアに警告を飛ばす。


「僕の援護は必要ない。自分の身を護ることだけに注力しろ。ローグティアを盾にして、こいつの直線状には絶対に立つな!」


 女の左手は空だ。いつそこから投擲具の類が放たれるか分かったものではない。そしてそれを完全に防ぐ自信はエルデュミオにはなかった。ルティアには自分の身を護ることに集中してもらっていた方がいい。


 騎士団とリーゼはと視線を巡らせると、女の仲間だろう、やはり町人に扮した襲撃者たちを相手取っているのが見えた。


 しばらく助けは期待できそうにない。悪ければ時間経過で騎士が倒され、相手にしなければならない敵が増える可能性さえある。


 その様相を見て取り、エルデュミオは相手の正体に察しが付いた。変装を完璧にこなす特殊集団など、早々いない。


「裁炎の使徒だな」


 エルデュミオの指摘に、女は唇の端を吊り上げ、笑う。


三番(ドライ)よ」


 裁炎の使徒に個人名はない。その時の実力順に応じて、十位までの優秀な者にナンバーが割り振られるだけだ。


「誰の命令だ。いや、誰の命令であったとしても、お前たちが今動くことは許されていない。己が重大な違反を犯していることを理解しているんだろうな」

「うふ」


 艶やかに、嘲笑を込めてドライは笑う。その左手が僅かに動いたように見えた――気がした瞬間に、エルデュミオは力任せに剣を押し、その反発力を加えて後ろに飛ぶ。直後、寸前までエルデュミオの首があった位置をナイフが薙いだ。


 ルティアに近付きつつあることに、焦りを覚える。


「あたしはね、生まれてから一度も、そんな契約書にサインをした覚えはないわよ」


 両手にナイフを携え、本来の目標であるはずのルティアから完全に意識を反らした様子で、憤りを隠さずドライは語る。


 もっとも彼女の職業上、振りがどうだろうと油断はできない。


「思想教育の失敗作か。誰だ、こんなのを裁炎の使徒に残したのは」

「あたしは物じゃない!」


 失敗作、という部分に激しく反応し、ドライは叫ぶ。


 ドライは僅かに空いていた距離を詰め、腕を振るう。彼女の力と真正面からやり合うのは不利と判断し、エルデュミオは地面の土に干渉する。


 踏み込みを受けた土は異様に柔らかく変化していて、ドライの体重を支えることなく数センチ彼女の足を飲み込んだ。


「っ」


 バランスを崩した一撃が、力を持つはずもない。僅かに身を反らして刃を交わし、逆にエルデュミオがドライの首を狙って剣を振るう。だがそちらも、瞬時に飛び退いたドライには届かなかった。


 代わりに着地の瞬間を狙ったリーゼの短剣が、ドライの足を切り裂く。


「あッ」


 そこに彼女が来ていることを、ドライは気が付けなかったのだ。エルデュミオ自身、リーゼが手を挙げて自身の存在を主張するまで、間違いなく橋を渡ってきたはずの彼女の姿を捉えられていない。


(リーゼの技能は斥候(スカウト)寄りだな)


 能力の一端を垣間見た。


 どうやら合流できた騎士に周りの相手を任せ、ルティアを助けに来たらしい。レイナードの指揮の下、騎士たちの対応も混乱していない。


「お待たせですね?」

「そこそこな」


 リーゼも裁炎の使徒に阻まれていたのを確認しているので、文句を言うつもりはない。


 リーゼが加わったことで、状況が変化する。腰を抜かしてローグティアにしがみつき、聖句を唱えているクロードは戦力外としても、ルティアは自分の安全を確保する充分な間合いを開けつつも、参戦の構えを見せた。


 前後をエルデュミオとリーゼに挟まれ、ドライは唇を噛み締める。


「捕らえるです?」

「できればで充分だ」


 誰が裁炎の使徒に命じているのかを聞き出すのにドライの口は役に立つが、こちらの危険がない範囲であることが前提だ。犠牲を払って捕らえたところで、彼女は口を割らない可能性もある。――ここまでの会話内容で、その可能性は低い気もしているが。


「……お前らは、いつもそう。平然とあたしたちを使い捨て、見向きもしない。自分たちのためにあたしたちが命を使い潰すのは、当然だと思ってる!」


 完全にドライの命を軽視したエルデュミオの発言は、彼女の怒りに触れたらしい。抑えきれない様子で、溜まった想いをドライは吐き出す。


「ふざけるな! あたしたちだって生きてる。感情もある。人間だ。物じゃない!」


 それだけ聞けば悲痛なドライの叫びに、ルティアとリーゼが動揺したのを感じ、エルデュミオは内心舌打ちをする。


 敵の言葉に揺さぶられていれば、思う壺だ。

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