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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第二章 水が表す渇望
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(先が思いやられる)


 ルティアの善性は美徳だ。しかし突け込まれる弱点でもある。正に、クロードに功績を掠め取らせることを意にも介さなかったように。


 当然道理に悖る行いをする方が悪いのだが、やる人間がいる以上、防衛をしなくてはならない。


「ルティア。僕は町を見回ってくる。ふらふら部屋の外に出るなよ」

「はい」


 さすがにその辺りは心得ているのか、ルティアは真剣な表情でうなずいた。


 部屋を出ると、扉の前に立つ女性騎士二人が敬礼をしてくる。長旅の直後で疲れているはずだが、彼女たちに不満の色は見えない。


 第二部隊に所属している者は、多かれ少なかれ劣等感を持っている。家にとって、社会にとって己の存在意義がないことを思い知ってきているからだ。


 そんな彼らにとって、今回の王女の護衛という任務はやり甲斐のある仕事である。そうして懸命に勤めるだろう人物を、エルデュミオも選んだつもりだ。


 宿を出て少し道を歩けば、人々の活発な営みを見ることができた。

 王都から王女が騎士の護衛付きで訪れたとあって、浮足立った気配はある。同時期に聖席が滞在していることも、不安に拍車をかけているだろう。


 しかし、それだけだ。リューゲルとは違って、町の平穏が脅かされている気配はなかった。


(リーゼの話では、前回も邪神信徒がいたわけではないようだが……)


 彼らにしてみればどこのローグティアから干渉しても構わない訳で、居合わせなくても不思議はない。

 むしろ警戒されたストラフォード国内での活動は、最低限に留めるのが普通だ。


 そして聖神側の記憶保持者を油断させるつもりならば何もしてこないだろうし、仕掛けてくるなら必殺を狙ってくる。


 とりあえずローグティアの状態を見ようと、湖へと足を向けた。


 外周の縁に立つだけで、報告にあった異常はすぐに確認できた。水位が下がり、長い時間水に浸かっていたと見られる橋の脚が露出している。


 それほど大きな変化ではない。これを軽視せず、報告に上げてきた者は有能だ。

 澄んだ湖面が陽の光で輝く様を眺めながら、ふと考え込む。そのエルデュミオの背後から、人の足音が近付いてきた。


 こちらに接近を知らせる意図で、わざと草の音を立てていると分かる。

 そういうことをする相手に心当たりがあったので、思考を止めて振り返った。


「ルティアの方を見ていなくていいのか」

「怪しい人間はいなさそうだったので、騎士の護衛があればあまり心配しなくても大丈夫だと思うですよ。あれでルティアも、ちゃんと戦えますし」


 ルティアに武術の心得など何一つなかったはずだが、冒険者であるリーゼが言うのならそうなのだろう。


「……というか、貴方も来るなら来るって言って欲しかったですね」

「お前がやるべきことが変わるわけではないんだし、必要ないだろう」

「心の準備とかあるですよ! それにしばらく会わないのを前提にした忠告が、すっごく恥ずかしいです!」


 言葉の通り少し顔を赤くして、リーゼは文句を付けてくる。


「まあ、やきもきしながら過ごすよりは良かったんですかね」

「お前に心配されるほど落ちぶれてない」

「するですよ。どこかで失言してないかとか、失態演じてないかとか」

「……お前、本当に無礼だな。僕の身を案じているのは本心だろうから聞き流してやるが」


 心配されるということは、相手に力量不足を疑われているということでもある。他人に侮られていると思えば、非常に不愉快だ。


 だがどうにも怒りきれないのは、なぜなのか。くすぐったいような面映ゆさがある。

 エルデュミオが冷静に受け止めているのを見てから、リーゼは笑う。


「そうそう。わたしで無礼に慣れるといいですよ」

「余計なことを考えるな」


 エルデュミオがリーゼの行動を『躾なければならない』と判断したとき、リーゼはそれを受け入れるのだろう。それを含めて練習だと言っているのだと分かる。


 リーゼとて痛い思いなどしたくないだろうが、エルデュミオも同じだ。彼女に傷を付けることを望んでいない。


 それでもやるだろう自分も分かっている。だから嫌だった。

 殴られる方は勿論、殴る方とて心が痛いときはある。


「必要があるならやる。だが、わざわざ僕にお前を傷付けさせる真似をするな」

「……えと」


 一瞬虚を突かれた顔をして、リーゼは答えるべき言葉に迷う間を空けた。


「そ、そう……ですね。加減は頑張ってみるですよ、はい」


 やや気まずそうに俯きつつ、エルデュミオの意思を汲んだ返答をする。その耳が若干赤い。


「それはそうと、さっきルティアも戦えるというようなことを言っていたが、今でもそうなのか? 時間は巻き戻っているんだろう。肉体が積んだ経験が残っているものなのか?」

「体の方はダメですね、戻ってます。でも経験は覚えているので、習得は色々速いですよ」

「自分の能力ぐらいは試すか。……しかしそれなら、現段階のルティアにはあまり期待できそうにないぞ」


 何しろルティアの十七年は、姫君としていかに美しく優雅であるかに費やされている。


 侵入者から逃げたときに走っているはずなので、旅慣れ、戦い慣れしていたのだろう前回の最期との落差には気付いているだろうが。


「怪しい奴はいなかった、と言っていたな。前のときも聖神教会は来ていたのか?」

「それが、分からないのですよね……。少なくとも、会ったりはしていないです」

「ふむ」


 無理もないのかもしれなかった。


 前回のルティアやリーゼは追われる身で、隠れながらルチルヴィエラに来たのだ。公務として、堂々と訪れた今回とは始めから展開が違う。


(クロードは相応に見栄を気にしていた。聖神教会がローグティアの異変を治められなかったなどという風評を流さないためにも、訪れていても存在を公にしていなかった可能性はある)


 同時に、今回接触してきたのはある程度勝算があるためだろう。

 例えば、リューゲルでエルデュミオがやったことを知っている、などだ。


「聖神教会との連携はどうなっていたんだ?」

「かなり悪かったです。わたしたちが勝手に動いてローグティアを癒していくのが気に食わなかったみたいで。聖王を差し置いてルティアが聖女って呼ばれ始めた頃からはもう、最悪でしたね」

「……だろうな」


 どうやらルティア一行には、各所に対する配慮ができるタイプの人材がいなかったらしい。


 下手を打っていた自覚はあるのか、リーゼの言葉はやや早口で紡がれた。早く喋って終わらせたい心理が現れている。


「そうこうしているうちに、聖神教会が壊滅してですね」

「は? か、壊滅?」

「です。で、その後聖騎士をやっていたシャルミーナと合流してですね、一緒に旅をすることになったです」

「そいつも記憶持ちか」

「そうだと思うですが……。まだ連絡が取れてなくて、断言はできないです」


 位階にもよるが、聖騎士という立場では確かに連絡を取るのは難しいだろう。


 王族であるルティアに私的な手紙など出しようもないし、自由に動けない身の上でこちらに来て、フェリシス経由で伝えるのも難しい。一冒険者でしかないリーゼも反対の理由で同じである。

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