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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第二章 水が表す渇望
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「協力していただけますか?」

「仕方ないだろうな。僕としても、魔物が我が物顔で闊歩する世界は避けたい」


 ルティアにはそう答えつつも、エルデュミオの内心は若干違っていた。

 スカーレットに言われた魔術の研究のことを考えていたのだ。


(僕がローグティアに触れて、見た映像の感触だと……。世界の在り方は変わるが、神聖樹そのものが朽ちたわけではない)


 もしもそのとき人が強者で在れるのなら、聖神でも邪神でも大して変わらないのではないか。


 とはいえルティアに言った通り、魔物が闊歩する世界にしたいわけではない。あくまでストラフォードが使う、新しい力としての魔術の研究だ。


 まずは現在、邪神と呼ばれている存在がどのような経緯でそう呼ばれるようになったかを知る必要がある。単純に敗者として貶められただけなら、魔力を使うことにも問題を感じない。


「では、今日訪れた本題に入りますね。わたくしがルチルヴィエラのローグティアを癒す役目を負ったことはご存知ですか?」

「ああ」

「その護衛を、貴方の第二部隊にお願いしたいのです」

「……まあ、それが一番妥当か」


 騎士団は大別してルーヴェン派なので、ルティアが護衛を頼むには信用が置けない部分がある。


 第二部隊も騎士団ではあるのだが、行き場のない貴族の受け入れ先という立ち位置なので、武官派も文官派も関係なく両方いる。


 むしろ問題なのはエルデュミオ自身だ。イルケーア家は中立である。嫡子であるエルデュミオがルティアの護衛に付くことに、公爵が難色を示すのは間違いない。


 とはいえ今後はルティアの支持者に回るわけなので、近く説得に向かう必要があるだろう。


「目的が王座に就いた先にある以上、今すぐにでも根回しを始めたいところだが……。お前に万が一のことがあれば本末転倒だし、僕も行くしかないだろうな」

「え、貴方がですか?」


 ルティアが発した言葉は、純粋に驚きで構成されていた。何度も目を瞬きつつ、エルデュミオを見る。


「お前だって知っているだろう。第二部隊の護衛なんて、ただの張りぼてだ」


 勿論、効果はある。一般市民で部隊を見分けられるほど詳しい者などそうそういないので、通常の厄介者は騎士団がいるだけで避けて通るだろう。


 だが今のルティアには、明確な敵がいる。

 王宮に干渉できる立場の持ち主なら、第二部隊がお飾りであることなど筒抜けだ。むしろ好機ととられかねない。


「と言っても、僕だって荒事は専門じゃない。ルティア、いっそフェリシスには騎士を辞めさせてお前の侍従にしたらどうだ。下層の庶民出のあいつでは、騎士でいたってどうせ大した役には立たないのだし」


 個人の武勇が役に立たないわけではない。だが平民出のフェリシスでは、どこまで昇っても貴族たちに侮られ、疎まれ、いっそ運営に支障が出かねないのだ。


「駄目です。そのフェリシスだからこそ、騎士団で活躍し、報われることに意味があるのですから。その役職に就く才覚があれば、出自など何の関係がありますか」


 だがルティアはリーゼの言った通り、清廉な理想主義者らしい。

 正しきは貫かれるべきという信念を持ち、そのための行動をするし、意思は強固であり、頑固だ。


「なら、お前はより王座に相応しい者が現れたら王を降りるのか。どうして家督を継ぐのが基本的に長子であるのかを理解していたら、そんな発言は出てこないはずだけどな。言っておくが、僕は平民が騎士団長とか認めないぞ」


 優れた者に席を譲る。思想としては素晴らしいだろう。


 だがそれは一歩間違えば争いを呼び起こすだけの行いだ。誰が今その席に相応しいかは、人によって変わる部分も大きくある。


 凝り固まり、悪習となっているのも否定できない。だがその制度のおかげで安定して、力を蓄えられた部分も確実にあるのだ。


 理想と現実をどう擦り合わせていくのか。そこに明確な施策を打てないと、ただ混乱を招くだけになる。

 現状でのフェリシスの出世は、正に混乱を招くだけ、だ。


「必要とあれば、王を降りても構いません。それにそんなに嫌なら、貴方が騎士団長を目指せばよいではないですか。それとも、フェリシスと真正面から競って負けるのが怖いですか?」

「僕が下民如きに負けるわけがないだろう!」


 あまりに屈辱的な物言いに、声を荒げて反発する。それに対して、ルティアもむっとした顔をした。


「人間の能力は、出自などでは決まりません。本人の努力次第で、いくらでも優秀になれるのです。逆に、怠惰に過ごせばその通りの能力しか身につかないでしょう」

「……それはお前が、お姫様だから言えるセリフだ。出自で能力はほぼ決まるし、そうでなくてはならない」


 出自で、というよりもそこで与えられる教育によって、というのが正しいところだ。理解はしていたが、エルデュミオはあえて濁して表現した。


 国の運営を担う貴族は有能でなくてはならないし、有能だからこそ貴族として国政に携われる。平民に劣る貴族など、あってはならない。


 それでももし、平民の方が有能であったなら――?


(……考えたくもない)


 より優れた教育を受けながら劣るのなら、事実、才覚による差が歴然と浮き彫りになるということ。


 貴族として相応しくあるために、エルデュミオは努力をした。その上で、努力も才も敗北するのを認められるほど、まだエルデュミオは強くない。

 なにより、彼にその強さを支えるものを与えてくれる人はいなかった。


「……エルデュミオ」


 エルデュミオが吐き捨てた言葉に滲む苛立ち。それが平民への蔑視だけで構成されているわけではないことに、ルティアは気が付いた。


 だが、宿る怯えにまでは辿り着けない。

 見抜けるほどエルデュミオとルティアの関係は近くなかったし、強者であることを求められなかった傀儡姫のルティアには、実際、想像し難かっただろう。


「……話が、逸れましたね。今は止めておきましょう」

「……そうだな」


 ルティアは踏み込み過ぎることをためらい、強引に話を打ち切った。それにエルデュミオも同意する。


 互いに協力しなくてはならないのは理解している。相容れないのならば、わざわざ溝を掘り進めることはない、という判断だ。


「フェリシスの他に、お前の方に当てはないのか?」

「今すぐ頼れるのは、リーゼぐらいでしょうか……」


 顎に指を添え、考えつつ言ったルティアに、エルデュミオはリューゲルで会った少女の顔を思い浮かべる。


 エルデュミオ自身が彼女の実力を見る機会はなかったが、緊急時、ルティアを任せられるというだけで価値があった。


「リーゼなら、すぐに連絡が付きそうだな」


 そろそろトルトーワから戻り、王都に着く頃だろう。報酬の件と一緒に話をすればいい。


「あ。リーゼと会ったのですね。いかがでしたか、彼女は?」

「生意気で癪に障る娘だ」

「……そうですか」


 はあ、とルティアはがっかりした様子でため息を吐く。

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