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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第一章 黄金が視せる啓示
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「後ろの奴がセルジオか?」

「……ああ、確か、そんな名前だった」


 ちらりと横目でセルジオを見てから、男はうなずく。


 状況から見て、加害者は二人。被害者の方が圧倒的に多いにもかかわらず、誰も動かない。動けないのだ。

 彼らの両手両足は、緑の縄らしきもので縛りつけられていた。


(……植物の蔓、のようにも見えるが……)


 光の色がいつも見ているものと違うせいで、質感が掴みにくい。


 自分の想像に、まさかだろう、とエルデュミオは否定する。どう考えても蔓をそのまま使うより、加工された縄の方が強靭だ。わざわざ蔓を使う理由がない。


「それで、お前は? ここで一体何をしている。そこらに転がっている者たちは、さらわれた町の住人か」

「質問が多いな……。まあいい。俺は……適当にマダラとでも呼べ。ここにいる人間たちは、察しの通りこの町の連中だ」


 まるで己とは違う存在を指すかのような、人間たち、という物言いが引っかかった。


「ここで何をしているか、か。見て分からないか? ローグティアに、神聖樹に、正しき姿を取り戻させてやるのだ」


 いっそ無防備にエルデュミオたちに背を向けて、マダラは愛おしそうにローグティアの樹を撫でる。


「具体的には?」

「ここにいる者たちの血肉には、すでに充分な魔が宿っている。その全てを、ローグティアに贈ろう。そして我が神へとマナを捧げる」

「邪神の狂信者か。通りで金目当てにしては奇妙だと思っていた」


 目的が命――生贄という名の人殺しそのものであるというのなら納得できるというもの。

 ローグティアが生えている周辺の町で確保した方が、色々と都合がいい。


「魔神の信徒であることは否定しないが、狂っているとは心外だ。お前たち聖神の徒とて、己に害悪だからと魔物を殺し、有用だからと皮や角を剥いで使うではないか。残虐性に大して差はないだろう」

「必要か不必要かと、種の違いは大きなところだ」


 他の生物の命を奪い、己の糧と成すのはこの世界の生き物すべてに共通していること。奪っている事実を忘れてはならないが、殊更に悪だと責められることではない。


 だが不必要な殺しは環の外の話だ。中でも同種族に手をかける歪み具合は、相当だと言えた。


「聖神の徒は、俺にとってはお前らの言うところの魔物と同じ。問題あるまい?」

「理屈はそうだな。では僕も心置きなく、敵対者を屠るとしよう」


 エルデュミオは腰の剣を抜く。

 人質にされている民間人を忘れているわけではないが、それ以上にマダラを倒すことを優先するべきと判断した。


 ここに至るまで一言も発さず、感情一つ浮かばない瞳で他者の首に刃物を突き付けたまま微動だにしないセルジオの様子は、明らかにおかしい。


 もしセルジオが操られているような状態であった場合、マダラを取り逃せば他の場所で同様の事件が起こるだけ。


 刃の切っ先を向けられて、マダラは唇の端を吊り上げ、笑う。


「遠慮しよう。俺に、お前とやり合う益がない」


 言うなり手に持った杖を地面に打ち付ける。


 あらかじめ杖に仕込まれた呪紋が発動して大地に流れ込み、注がれた魔力によって法陣が輝く。捕らえられている民間人全員を包むほどの広範囲で、魔術が発動した。


「っ」


 目が眩むほどの閃光が、呪紋法陣から立ち昇る。


 目を閉じて光の衝撃をやり過ごし、再び瞼を持ち上げたときには、状況は一変していた。

 マダラ以外の全員が、全身に蔦を絡ませて立ち上がっている。


「う、うあ……あ」


 呻き声に混ざって、パキパキと小さな音が響く。それは皮膚が硬質化し、樹皮のように変質していく音であった。


(な――、何だこれは。これも、魔術か)


 人間が別のモノへと変じていく様を目の当たりにして、エルデュミオは呆然と立ち尽くす。


 木人と化した民たちは、肩に頭に、腹に色取り取りの花を咲かせていく。そこで変化は一通り完了したらしい。変化に伴って響いていた異音が止んだ。


「うぅ……あー……」


 不気味に呻き、蠢くそれらを、知らずに元人間と判別できる者はいないだろう。


「残念だが、ここは引き上げよう。まったく。負けたからといって盤をひっくり返してすべてをなかったことにして、やり直しを強いるなど――反則技もいいところだ。そうは思わないか?」

「今の貴様の話か?」

「それは誤解だ。目標より成果は上がらないが、目的には適う。ではな、神樹の寵児。また会おう」


 言い終えると同時に、マダラはマントを翻す。それにも魔術がかかっていたのか、彼の姿は目の前から隠されてしまう。


「ちッ」


 苛立ちと共に舌打ちをするが、どうしようもない。


「エルデュミオ様、いかがいたしますか」

「呻いて蠢いているだけなら、警備軍の帰還を待つなり残っている連中を連れてきて処置を行わせるところだが……」


 武力に秀でた者は、賊の討伐に出ていて町にいない。マダラがそれを知って実行に移したのは間違いないだろう。


「ううぅ、ぁあー!」


 一体の木人が蔦を振り上げ、またある一体は硬質化した爪で側にいた木人に掴みかかった。互いに傷つけ合い、もしかすれば殺し合い、自ら生贄の役を果たそうとしている。


「ローグティアに魔力を吸わせるわけにはいかない。スカーレット、傷を付けずに無力化しろ!」

「……努力いたします」


 魔物化した人間と対するなど初めてだ。命令に対して曖昧な返答をしたスカーレットも同じだろう。


 とりあえず、剣の刃を返して近くの木人へと駆け寄り、胴を打ち据える。腕に返ってきたのは金属に近い反発だった。


「ぅえ……っ」


 表皮は硬いが、内側は人のときと変わらないのかもしれない。よろけてたたらを踏み、数歩分下がった木人は、腹を抑えて苦しげな声を上げた。


 だが、それだけだ。顔を痛みに歪めながら、己を攻撃してきたエルデュミオに向かってくる。


「っ……」


 その光景に、怖気が走った。


 彼らは今、邪神の生贄になることを強制されている。体が傷付くことなど怖れないし、むしろ望んで向かってくるほどだ。


(くそ、面倒な!)


 外側が固い敵の内側が柔らかいのは、倒すときには狙っていくべき弱点だ。しかし無力化しようというときには一気に厄介になる。


 スカーレットの様子を見ると、彼も木人同士で傷付け合うのを止めるのが精一杯のようで、無力化させるなど程遠い。

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