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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
最終章 彩で満ちる世界を
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(世界を巻き戻すような力は使えない。だがここにいるルーヴェンという存在一つなら、おそらく叶う。僕自身の命まで使えば、きっと)


 範囲をそこまで限定すれば、同じ対価で覆うことができる。

 互いに一つずつの命を食い合わせるのだ。


「待ってください、ディー! それは――その方法は、大丈夫なんです? 別れのような言い方なんて、そんな……」

「試してみないと分からない。言ったと思うが、僕は死ぬつもりはない。今から、あいつの時間を極限まで遅くする。再構成して存在を維持できないぐらいに、徹底的に削れ!」


 呪力が神呪を維持できなくなった瞬間、命を使って奥の神呪、時を停止させる呪紋を発動させる。

 だがその前にルーヴェンがマナの制御を失い、自分を保てなくなればそれで終わる。


「時よ従え。――刻凪(オーヴァードライブ)!」


 神呪を発動させる。もう後戻りはできない。


「――っ」


 自らに襲い掛かる負荷に、ルーヴェンは再生させた顔に驚愕を浮かべた。そして自らにさらにマナを集め、エルデュミオが制御する神呪そのものへと干渉を計ってくる。


(く……っ)


 ――重い。


 その一言に尽きた。呪紋を維持するだけで、体内呪力が一秒ごとに、ごっそりと持っていかれるのが分かる。


 逆に言えば、それだけの力を持つ呪紋でもある。ルーヴェンもまた、周囲に展開していた光を消し、神呪への対抗だけに全力を注がなくてはならなくなった。


 無防備だ。


「うっ、ああぁぁぁああッ!!」


 叫び声を上げ、リーゼが駆ける。ルーヴェンのマナ制御を崩すため、ひたすらに刃を振るう。フェリシスも同様だ。


 スカーレットは一歩引き、別の呪紋を展開させている。


 そこかしこに生じた体の裂傷の修復が、目に見えて遅くなる。スカーレットはルーヴェンのマナ制御そのものを阻害しているのだ。


 ほんの少し、使用する呪力が減った体感がある。


(だが、崩れるまで持つか、どうか……)


 持たせたい。生き残りたい。自分を失えばリーゼが悲しむのは分かっている。エルデュミオとて彼女と生きる未来を失いたくない。


「エルデュミオ!」


 失った呪力が、急速に補填されてゆく。


 はっとして隣を見れば、ルティアがいた。自らの呪力で周囲のマナをエルデュミオに同調させ、大量に送る媒介の役割を果たしている。


「貴方だけを犠牲にはしません。必ずです!」

「力尽きるときは一緒ですね!」

「縁起でもないことを言うなッ!」


 時がないことを、全員が分かっていた。だからこそ全力で、その一瞬一瞬を駆ける。


「ぅ、あ……」


 苦悶の声を上げ、ふいにルーヴェンが身を捩った。

 持ち上げられた腕が、緩慢に宙を掻く。何かを手繰り寄せようとするかのように。


 そして――ほろり、とその指先が粒子となって崩れ出す。存在が傷付けられすぎて、自分自身という形を維持できなくなりつつあるのだ。


 足掻くようにマナを集め、修復を試みる。しかし修復されたその先から、リーゼとフェリシスの刃は彼の構成物を散らしてゆく。


 そうして修復が間に合わなくなっていった末端から、形が失われていく。


「……どうして、否定するんだ。私はただ、辛いことや悲しいことがない世界を創りたいだけなのに……」

「その世界は、未来にしかないんだ。ルーヴェン」


 たとえ今が、どれだけ辛くても。


「……」


 生まれてこの方希望を持てる状況になかったルーヴェンに、未来を信じろと言うのは酷だ。だからと言って彼の望みに道を譲ることなどできない。


「初めから間違って生じているこんな世界で、未来になんて……。歪んだ先にあるのは、もっと酷い歪みだけだよ」

「いいや。望む未来へ進んで見せる。本当はお前もその役目を負うはずだったんだ。馬鹿が」


 途方もない目標だ。それでもルーヴェンは自らが信じて望む未来へ歩み出すよう世界に働きかけるのに、一般市民より余程恵まれた位置で生まれ落ちた。

 それこそ、始めからだ。


 にもかかわらず、放棄した。自分が辛かったから。


「……ああ。そうか。そんな選択もあったか」

「そうだ。お前が見向きもしなかっただけでな」

「うん。でも……やっぱり私は後悔しないよ、エルデュミオ」

「だろうな」


 理解できても、思い至っても、受け入れられない。信じられない。


「いつか、きっと、私と同じことを誰かが成してくれる。必ずだ」

「させない。しようと思わないように進んでみせる。必ず」


 互いの主張は交わらない。交わらせるための努力をする時間もなかった。

 悔しい。そして腹立たしい。


「……君が。私のために泣くのか」


 正面で見合うルーヴェンが、信じ難いものを見たそのままの、呆然とした口調で呟く。


「違う」


 純粋にルーヴェンのためとは言えなかった。せりあがる感情を止められずにいる主成分は、怒りであったから。


 だが怒りの起因となるのは悲しみだ。成す術のない理不尽への悲しみが、怒りの元となる。


「そうか」


 そして間違いなく、エルデュミオはルーヴェンが迎えたこの最後を悲しく思っていた。それそのもはルーヴェンも理解して、否定はしない。


「負けた私にできることはもうないし、できることがあるならばやはり私は君と敵対するのだろうけど。……君が望んだ道が、叶うといいね」

「成し遂げるさ。僕だからな」

「そうだね。君だし」


 苦笑をしたルーヴェンの顔半分が、ついに崩れる。


「まあいいかと、思ったということは。私はきっと、泣いてくれる誰かが隣に欲しかった、だけなんだろう……」


 吐息のように自らの根底となった思いを口にして、サラリとルーヴェンは光の粒子となり、マナに還って、消えた。


「当たり前だ。馬鹿」


 愛してくれる誰かがいて、愛する誰かにいてほしい。求めることに何の不思議があろうか。

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