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「私はただ、使命を悟っただけだよ。誰もやらなかったから、私が担った。それだけのことだ」
ぱぱっ、と連続して、瞬くように光が煌めく。
ルーヴェンの周囲を舞う数十にものぼる結晶から、光線が放たれた。
「水流壁!」
フェリシスの治療を終えたルティアが、後方から呪紋を放つ。うねる水流がエルデュミオたちの前を走り、光を遮断した。
光は性質上、水に弱い。拡散させてしまえば熱も速さも失って、ただの光と化すのだ。
生じた水の壁をついでに目晦ましにも使って、エルデュミオは駆ける。剣にはすでに灰塵の炎を宿してある。
「ルーヴェン――ッ!!」
突き抜けると同時に、その名を叫んで剣を振り被る。感情に任せたのもそうだが、叫んだのは意図的に注意を引き付ける意図もあった。
同じく水の壁で移動を誤魔化したリーゼが、ルーヴェンの側面に回っている。
ルーヴェンの目は、意識は、エルデュミオを見ていた。その目が攻撃の意思を持って眇められる。
足元で、鋭いものが収束する音がした。
そしてルーヴェンを中心に円を描き、光の柱が立ち上る。
「ちッ」
「わッ」
エルデュミオとリーゼは、揃って足を止めて後退を余儀なくされた。声を上げたことでリーゼも知覚されてしまい、ルーヴェンの目が彼女の方を見る。
だがそれだけだ。
存在に然程の興味を示さず、正面を見据える。
そして一歩、一歩と前に進む。自分から一定の距離に光の柱を間断なく立ち昇らせながら、ゆっくりと。しかし確実に。
「私は成し遂げなくてはならない。ここに来るまでに犠牲となった者たちのためにも」
「成し遂げさせるわけにはいかない。この先に生まれる犠牲を止めるために!」
一度下がってしまった足を、エルデュミオは再び前へと出す。
(力尽くで押し切るつもりか)
ルーヴェンにとって、エルデュミオたちと戦って勝つことは必要ではない。神聖樹に辿り着き、創世さえ始められれば彼の目的は達せられる。
だがルーヴェンの歩みを止めるためには、彼の周囲を護る光線を超えなくてはならない。とはいっても、無策で突っ込むのは危険すぎる。
(なら、呪紋だけでも届かないか!?)
神呪を構築し始めてすぐに気付く。充填されていく力の輝きが違う。
こちらに来てから、まださしたる時間は経っていないはず。心を動かした人は僅かだろう。
それでも、感じ取れるぐらいには変化している。
「鳴動の嵐崩!」
通常、天と地で繋がって出来上がる竜巻を、水平方向で発生させた。
只人であれば抗いようもない暴威だが、これだけでは届かないのは容易に予想できる。
「フェリシス、水を使え!」
エルデュミオの意図をフェリシスもすぐに察した。即座に呪紋を構築して放つ。難度の高い類のものではないので本当に一瞬だ。
「水雫!」
それは攻撃のために作り出されたものではなく、ただ水をその場に生み出す呪紋だ。主な用途と言えば、緊急時のための生活呪紋。
生じる水量は注がれた呪力量に比例する。そしてフェリシスは常の用途ではあり得ない呪力を注いで発動させた。
大量の水はエルデュミオが生み出した竜巻と混ざり、光を拡散させ、その威力を弱める。
高速で回転する速度をそのままに、風の刃はルーヴェン本体へと衝突した。
「――」
ルーヴェンはその暴威を、自らの体で受け止めた。
風に切り裂かれた全身は、すぐさま周囲からマナを取り込んで修復されてゆく。そんな状態でも足を止めない。
押し返される足は始め後退し、ややあって足踏みのようになった。続いて、じりじりと前進へ変わる。
(くそっ。本当に化け物だな!)
フェリシスが生み出した水が底をつくと、竜巻も衝突した光が生む爆発の衝撃によって力を削がれていく。エルデュミオは神呪を維持するのを止めた。
同時に、既に構えていたリーゼとスカーレットが近接戦の間合いへと踏み込もうと試みる。
その体の周囲は水の膜で覆われていた。ルティアの防御呪紋だ。
完全には消えずとも、エルデュミオの神呪を相殺したことで光の壁は一瞬密度を薄めている。
激しい水蒸気を立ち昇らせつつも、リーゼとスカーレットはルーヴェンへの肉薄に成功する。
ルーヴェン自身の戦闘技術は高くない。リーゼとスカーレットの刃から逃げる術はないが、効くかどうかが不明だ。
(前回、僕の灰塵の炎は斬るには至らなかった)
その時よりもさらにマナを取り込んだルーヴェンに、果たして届くか。
僅かにでも効けば、まだ勝機はあるが――
左右からリーゼとスカーレットの刃が迫る。二人の刃が体に触れた瞬間に、ルーヴェンは爆ぜた。
「ちッ」
「わッ」
至近距離にいた二人は避けようがない。攻撃を止めて飛びのいたものの、ルティアが張っていた水の結界はすべて消失させられた。
無防備で光の支配領域に留まるのは自殺行為。ルーヴェンが再び周囲に光を展開しきる前にと、大きく後退する。
対して、自らを構成するマナを放ったルーヴェンは、二回りほど小さくなった。さらにその表面は凹凸のない、のっぺりとした人型。
そんな状態から、この場に満ちるマナを吸収して再構成していく。
歩みはやや遅くなったものの、前進は止まらない。
「止められない、ですよ……っ」
「諦めるな、リーゼ!」
「分かってますけど!」
ルーヴェンの前進に合わせて、後退しつつあるのが現実だ。思わず背後の神聖樹との距離を確認してしまう。
(ここまでか)
普通の方法ではルーヴェンを止めることはできない。すでにマナそのものでしかなくなりつつあるルーヴェンは、制御を失わない限りいくらでも再構成してしまう。
ただの攻撃では駄目なのだ。――ならば。
「スカーレット。万が一の時は、後を頼む。僕ほどじゃなくても、適任はまだ世界にいるだろう」
「どうするつもりだ」
エルデュミオの不穏な言葉にリーゼが勢いよく顔を向け、スカーレットは眉を寄せた。
「あいつを止める」
文字通りに。
次に構築を始めた神呪は、時間を司るもの。二重構造にして、片方には呪力を流さず構築しておくだけだが、もう片方はすぐに発動するようにした。




