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「どー―、どこです。ここ」
目の前に広がるのは、乳白色の空間。そこに時折、色彩を含んだ光が通り抜けてゆく。
「神聖樹とローグティアを繋ぐ『道』だ」
色彩を含んだ光には属性が感じられる。あれらはローグティアを通じて世界に出て、『何か』に成るのだ。
「まずはルティアたちを探すぞ。ここに『色』が付いたものは少ないから、すぐに見付か……ん?」
「ど、どうしました」
マナの扱いに然程長けていないリーゼは目の前の光景そのものでしか情報を受け取れない。エルデュミオが中途半端に言葉を切ったので、不安を感じたらしい。
「人よりはるかに大きな体積で色が多い。これはスカーレットか? どうなっている……」
「分からないなら行ってみたらどうです? どうせ合流するつもりなのですし」
「それもそうか」
近付けばもっと分かることもあるだろう。
リーゼにうなずき、手を取ったまま進む。と、唐突に紅の壁に行く手を阻まれた。
「露骨な妨害ですねえ……」
「これが最善だったってことだろ。どんな僅かな時間でも、稼げるなら無意味じゃない。しかし僕たちまで邪魔をされるのは困る」
スカーレットが全員を一まとめに扱うような、雑な性格をしているとは思っていない。
ルーヴェンだけではなくエルデュミオたちもまとめて弾く仕様なのは、余計な性質を加えることを避けたためと考えるべきだろう。
別の部分にその分の力を振った。おそらくは強度。
(諦めて壁に挑む前に……)
機能するかどうか怪しかったが、ピアスを弾いて連絡を試みる。
「おい、スカーレット。僕だ。壁が邪魔だ、どうにかしろ」
繋げたまま返事を待つ。雑音が酷い。この場のマナが純粋すぎるがゆえに、影響を受けているのだ。
『……ル、デュミオか? 分かった。今扉を作る。三秒以内に潜れ』
「いいぞ。作れ」
エルデュミオが応じた直後、壁に扉ができる。迷わず取っ手を掴んで開き、リーゼと共に潜り抜けた。
その先で景色は一変。目の前に純白の大樹がそびえる、広大な空間に移動していた。
大樹の根元に、ルティアとスカーレットがいる。そちらに歩み寄りながら、姿の見えないもう一人の安否を訊ねた。
「フェリシスは」
「足止めに向かわせています。動きを止めさせれば人間の質量一つ、位置を歪めることは可能でしたから」
話すスカーレットの前方、エルデュミオからすれば後方で、黄金の光が瞬く。紅の壁が吹き飛び、四散。一瞬後には全く違う位置で同様のことが起きた。そんなことが数回連続で起こる。
「うわあ……」
「これは、さぞかし苛々していることだろうな」
そのルーヴェンと直接相対しているだろうフェリシスに、同情心が湧く。
「今はもう、そうでもないと思います」
「スカーレット?」
苦い声音で言ったスカーレットに、言葉の意味を求める。
「私の呪紋を力尽くで破ってくるのは、時間の問題でしょう。創世前に自身が溜め込んだマナで暴走したくはないから慎重ですが……。取り込めるマナはそこら中にある状況ですから」
そしてルーヴェンは必要を迷わない。
対してスカーレットが使えるのは、この地上に生きる物が振るえる力まで。枠を逸脱したルーヴェンと違い、世界の秩序の内側にいる。
「……勝てませんか」
「マシにはなった。それは認める。だが……」
まだ劇的な効果は出ていない。当然と言えよう。
スカーレットの言葉通り、ルーヴェンが移動させられる距離は少しずつ短くなっていく。じりじりと神聖樹に近付いてきているのが、外から見ているとよく分かった。
「おそらく、もうすぐに私の壁を破ってくるでしょう。そうなればここで戦うしかありません」
「ディー。時間を稼げば、どうにかできると思うです?」
「なるのを期待するしかない、と言ったところだ」
クロードたちがどれだけ上手く、早く、多くの人々の心を動かせるかにかかっている。
(不確定な要素に縋って、戦うなど)
策としては失策だろう。だが策など用意できなくとも、やらざるを得ないときはある。
そしてついに、その時が来た。
ちかりと目の前の壁のすぐ奥が光ったかと思えば、膨れ上がった白光が爆発。紅の壁を吹き飛ばす。
「ちッ!」
少しでも衝撃から逃れるため、地を転がって離脱してきたフェリシスが舌打ちをする。深くはなさそうだが、全身に細かく傷を負い、衣服を血で染めていた。
「早くルティアの所に行って癒してもらってこい」
「エルデュミオ!」
自身が足止めに向かったときにはいなかったエルデュミオとリーゼが揃っているのを見て、フェリシスは僅かに希望を見出した顔をした。
「何とかなるか?」
「する。できなければ終わるだけだ。そして僕はその結末を認めない」
「そうだな。――少し頼む、すぐに戻る!」
走るために立ち上がると、フェリシスはルティアの元へと駆ける。代わりにエルデュミオとリーゼ、スカーレットが神樹の前に立ち塞がった。
「……あぁ」
最後に見たときは光の塊でしかなかったルーヴェンは、人の外見を取り戻したようだ。エルデュミオの知る容姿と変わりない姿でそこにいる。
しかし内側はすでに違うものだ。体に納めきれずに、光の粒子と化したマナをはらはらと零しながら、ルーヴェンは足を動かし、進む。そしてエルデュミオたちの少し手前で立ち止まった。
「やっと、ここまで辿り着いた」
ルーヴェンの目が向けられているのはエルデュミオたちの奥――神聖樹だ。
「だが、ここまでだ。先には行かせん」
「……エルデュミオ」
名前を呼んで息を付き、自分に武器を向ける面々を順に見回す。
「最早、問答は無用だね。正直に言って、私にはあまり時間がない。自分のマナを制御できているうちに、創世を始めなくてはならない」
「元々許すつもりもないが。そんな危ういザマで創世なんかに手を出されてたまるか」
どれだけの時間がかかるかなど、誰にも分からない試みだ。答えを知るとしたらそれこそ神だけではないだろうか。
「何も成せずに世界が滅びたら、どう責任を取る」
「必要を感じない。そうであれば、この世界は正される運命になかったというだけさ」
「自らの正義だけが真実か! つくづく傲慢だな!」
「傲慢? 私が? とんだ誤解だ」
ルーヴェンから零れ落ちる光のマナの一部が、その輝きを強くした――ように見えた。
(いや、違う!)
制御しきれずに剥がれ落ちたマナではない。性質を変化させた、ルーヴェンの支配下にあるマナだ。輝きが強くなったのは、硬質化して周囲の光を反射したから。




