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「以上だ。フェリシスは人に呼びに行かせるから、お前たちはローグティアの近くにいろ。案内はスカーレットができる」
「分かりました」
「では、リーゼ。僕たちは父上の元へ行くぞ」
「近くこの時が来るのは分かっていましたけど。やっぱり緊張するですね……」
「緊張? イルケーア公爵に何か……?」
ルティアが見せた戸惑いに、ああ、とエルデュミオとリーゼは揃ってうなずく。ルティアにはまだ話していない。
接触する時間も短かったので、悟れずとも無理はない。
「実はですね、ディーと正式に付き合うことになりまして」
「――ええ!?」
素直に驚愕の声をあげられた。いっそ初めての反応かもしれない。
「そう、ですか。わたくし、貴方には袖にされてばかりですね」
(そういえば、最悪、相手に困ったら僕と結婚するつもりだったんだったか)
ほぼほぼ冗談。残っている本気度も、逃げ道のためとエルデュミオは解釈していた。しかし今のルティアの表情を見るに、そうとばかりは言い切れないのかもしれない、と思い直す。
それでも、エルデュミオの答えは変わらないが。
「お前に相応しいのは僕じゃない。僕はお前の臣下だ。伴侶にはなれない。ただし、臣下ではいる。命尽きるまで、お前とストラフォードの元に在る」
「……はい」
エルデュミオが今誓える最大を口にすると、ルティアも静かにうなずいた。
「わたくしも、貴方が仕えるに相応しい主であるように努めます。――おめでとうございます、リーゼ。エルデュミオの相手は大変だと思いますが、どうか幸せになってくださいね。わたくしはいつでもあなた達の味方です」
「ありがとう、ルティア。必ず幸せになるし、します」
未来、ルティアが自分がエルデュミオと結婚していれば――などと思わなくて済むように、だ。
「では、わたくしは失礼させていただきますね」
「ああ、よろしく頼む」
立ち上がってルティアは優雅に一礼すると、部屋を出た。
「では、私もこれで」
「ああ」
そのあとについて、スカーレットも立ち去る。フェリシスと合流したのちは、すぐに行動してくれるだろう。
「僕たちも行くぞ、リーゼ」
「わたしを呼んだのはそっちが本題ってことでいいんです?」
「本題はそうだが、ルティアはお前に見送られたかっただろうし、お前もルティアを見送りたかっただろう?」
最後にする気はもちろんないが、なりかねない危険をはらんだ戦いへと赴こうとしているのは間違いない。
「ですね」
ルティアが出て行った扉の方を見たリーゼは、やはり心配そうだ。
「本来なら、あいつを送り出すべきではないんだが」
何しろ王だ。
「世界が滅びたら、王だとかなんだとかも言ってられないですよ?」
「そういうことだ」
そして本人も迷わない。
(困ったところのような、誇らしいような、だな)
両方が本当だからより困る。
聖神殿の中を歩けば、普通に挨拶をする者が増えた。リーゼに対しても同じだ。少なくとも、聖神殿内での受けは悪くない。
本神殿を出て、ヴァノンが泊まっている聖星の燈火へと足を運ぶ。
エントランスで目的を告げれば、すぐに通された。あらかじめ、エルデュミオが訪ねてきたら通すようにと伝えられていたらしい。
「さすが、無駄のない合理主義者ですねえ」
「まあ、無駄は嫌うな、父上は」
リーゼの感想は否定できない。
案内された部屋の前に着き、案内係の従業員が去ってからエルデュミオは扉を叩く。
「どなた様でいらっしゃいますか」
「エルデュミオ・イルケーアだ。父に取り次いでもらいたい」
「お待ちしておりました。少々お待ちください」
エルデュミオの名乗りを受け、侍従がすぐに扉を開く。
「どうぞ、中へ」
「失礼する」
侍従が開けた道を通って、奥の部屋へとそのまま入った。しっかと扉を閉めてからヴァノンの元まで歩み寄る。
誰に聞かれても然程まずい話をするわけではないが、習慣というものだ。
「父上、お時間をいただき感謝します」
「構わん。私にとっても重要な話だ」
「はい」
エルデュミオもヴァノンも一人の人間、個人であることは間違いない。しかし同時に継いできた『家』そのものであることも事実なのだ。
ヴァノンはリーゼへと目を向け、息をつく。
「以前も連れていた娘だな」
「はい。リーゼ・ファーユと言います」
どうするのが正解か迷った様子を見せてから、リーゼは頭を下げ、挨拶するに留める。
「邪神信徒の汚名を払拭して聖王となり、お前の名誉は回復した。己の価値を、今更問うまでもあるまい? それでもその娘を選ぶのか。それが公爵家に生まれ、これまで享受してきた権利に報いるだけの価値を生むのか」
国民の税によって育まれ、強大な権力を与えられるエルデュミオには、ストラフォードに対して果たすべき義務がある。
分かっているから、リーゼと仲を進めることをためらった。
だが、今は違う。
「はい」
きっぱりと断言をした。
ぴくりとヴァノンの眉が動く。意外そうに。
事実エルデュミオの答えは、ヴァノンにとって意外だったのだろう。
「ならば答えろ。その平民の娘が、どのような利を生む」
「僕という人間を支えてくれます」
「……」
そして返されたエルデュミオの答えに、ヴァノンは沈黙した。
「それが、利か」
「ここまで時間をかけて繋げてきた家と、それを今後維持して発展させる、僕という存在がより盤石になります。そして僕は、これ以上の利はないとも断言できます。なぜなら僕が、リーゼ以外を求めていません」
自身の安寧以上に利益のある婚姻など存在しないと、エルデュミオは言い切った。
「父上。貴方が心配してくださったように、僕は決して強くない。人を切り捨てることを飲み込める精神性を、正しく強さだとも認めたくない。だから僕は、僕に必要な女性を選ぶ」
たとえこの先何が起ころうと、リーゼを想えば踏み止まれる気がした。そして踏み止まらなければならないとも覚悟している。
両方の気持ちが違わず同居しているのは、リーゼを愛しているからに他ならない。




