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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第八章 無が降り積もりし景色の先
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 どこまでも死の風景が続く中を駆け抜け、数日かけて王都アンドラへと辿り着く。その数日で、光のドームはまた少し変化していた。


 マナが物質化し、繭の様な物が形成されているのだ。同時に規模はまた少し小さくなって、城を覆う程度になっている。

 そして今も、縮小は続いていた。


「小さくはなったが、減った感じは一切ない。凝縮されているだけだ。油断するなよ」

「こんな量のマナ、人に扱い切れるのです?」

「さあな。しかし少なくとも、今のところは暴走させていない」


 エルデュミオの目には、完成へ向けて着々と行程を進めているように見える。


「急ぎましょう」

「ああ」


 現状を最も正しく把握しているだろうスカーレットから言葉少なに促され、エルデュミオはうなずき、繭の表面へと手を伸ばした。

 意識を集中し、感覚を研ぎ澄ます。


(繭そのものに攻撃的な気配はない。純粋なマナに近いままでもある)


 人の意思が介在して繭の形をとっている以上、完全に純粋とは言えないが。

 念のために直接触れるのは避け、剣を納めたままの鞘を突き刺した。


 手ごたえは軽い。そのまま人が通れるだけの穴を抉じ開ける。

 卵の殻に酷似した脆さで細かく砕け、破片は地に落ちる。同時に再構成が始まり、できた穴を塞ごうとしていく。


 閉じる前にと中へと入った。全員がエルデュミオの後に続く。


「中のマナ濃度が耐えられないほど濃かったら……と思っていたが、そこまでではなかったな」

「原因はこの繭だ。集めたマナはすべてこれに使われている」


 あまりに膨大なマナがすぐ近くにあり、そこから僅かながら吸収もできている。だから空間そのものにマナがなくても、すぐに人体がマナ欠乏に陥ったりはしないのだ。


 中心地である城内は、町の外よりは幾分かマシに形を保っていた。ただし、人が倒れたまま動けずにいるのは変わらない。


 警備の騎士も、行き交う文官も、使いの途中らしきメイドも日常の姿のままで倒れている。意識もなさそうだ。


「ルーヴェンたちがいるのは、この繭の中心ですかね」

「多分な。まあ、迷うことはなさそうだ」


 エルデュミオが視線を上げると、リーゼとフェリシスもそれに倣って天井を見た。

 とくり、とくりと脈打ちながら、繭に流れるマナが一定方向に進んでいるのが見える。


「うわ」


 思わずといった様子でリーゼが声を上げた。顔は盛大にしかめられている。

 白い半透明な管を通る虹色のマナ。色はまったく違うのに、どこか血管を連想させる。


「あれが集まっている場所が中心だ。行くぞ」

「はい」


 入口の大ホールからY字階段を上って二階へ。そこから通路を通って、更にもう一階上へ。突き当りにある、ここまで通ってきた中で最も威容を凝らした大扉を躊躇なく開く。

 謁見の間の最上段。王座に座った金色の何かが、こちらを見た。


「――」


 言葉を、発したのかもしれない。しかしそれを聞き取れた者はいなかった。


 光の糸で編まれかけているそれには、目も鼻も口もない。全体的なフォルムこそ人型だが、細部は作りかけで存在していないのだ。


 ただしこうしている間にも、天井から降りてくる虹色のマナによって、少しずつ編み上げられていっている。


「……ルーヴェン、なのか。それが」


 疑問が思わず問いかけの形になったのは、光の側に控えている人物がいたからだ。


「そうだ」


 ルーヴェンの方へと向けていた体をエルデュミオたちへと向け直し、ヘルムートは短く肯定の言葉を紡ぐ。


 そして大股で階段から降りてくる。剣を抜刀し、立ち塞がることをためらわない構えだ。

 多勢に無勢であろうとも、一切頓着していない様子で。


「事は効率的に進めたはずなのだがな。貴様らの効率化の方が上だったか。しかしそれも些細なこと」


 前回のルーヴェンは、広範囲から気付かれ難い量のマナを集め、必要分を確保することに成功していた。


 それを思えば、今回ラトガイタで急遽集中して奪ったのはエルデュミオたちの妨害が間違いなく効いていたという証である。


 だがヘルムートの言う通り、そこで生じた差はこうして埋められつつある。


「見れば分かるだろうが、殿下の変態にはもうしばらくかかる。それまで私に付き合ってもらおう」

「お前に付き合ってやるのは、俺とリーゼで充分かな」

「ですね」


 相手が時間稼ぎをしようとしているのに、付き合ってやる理由はない。


「ディーとスカーレットは、あれを止めてください」

「分かった。ヘルムートは任せる」

「必ず。――では、行くぞ!」


 真っ先に駆けだしたのはフェリシス。そのあと、フェリシスの身体に半分隠れるようにしてリーゼが続く。エルデュミオとスカーレットは、彼らの左右からルーヴェンへと走る。


「はッ!」


 対してヘルムートは剣に風の呪紋を乗せ、切り裂いた軌道に沿った風刃を広範囲に飛ばす。


 エルデュミオたちが身を低くして風刃をやり過ごす中、フェリシスだけは呪紋で盾を作って直進する。そしてそのまま接近し、剣で打ち合う距離まで一気に詰めた。


「ッ!」


 フェリシスが打ち下した剣を受け止めたヘルムートは、僅かに顔を歪める。


「さすがに、アイリオスが育てた人材はお飾りとは違うか」

「誰と比べてなのかはあえて言及しないけれど。己の知る努力だけが貴いというその思考は狭量だよ、ヘルムート。アイリオス殿がお前に団長の位を与えたのは、多くを知り、理解することで、お前の視野がもう少し広がるのを期待したからだというのに」


 実力を惜しんだからこそ、成長を求めた。

 だが、ヘルムートが応えることはなかった。


「アイリオスか。彼には感謝している。おかげで私はより多く、殿下に有益な力を得ることができたのだから」

「……その感謝は伝えずにおこう。分かっているだろうし、悲しむだろうから」


 ヘルムートが自ら与えられた居場所を切り捨てたことも、それによって失われた命のことも。


「あの爺が、そんな感傷を持つか」


 フェリシスの言葉をヘルムートは鼻で笑う。


(間違いなく、表には見せないだろう)


 だがエルデュミオの見解もフェリシスと同じだ。アイリオスは冷静な判断を優先する軍人であり政治家だが、感情を捨ててはいない。


 むしろ抱いた感情のために冷静な判断を実行するタイプだ。


 フェリシスとリーゼがそうしてヘルムートを足止めしている間に、エルデュミオとスカーレットは階段を駆け上がった。


 だがルーヴェンにもヘルムートにも動揺はない。


(通されたか)


 ならば害されない自信があるということ。気を引き締めてかからねばなるまい。

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