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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第八章 無が降り積もりし景色の先
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 聖王のローブから馴染みのある騎士服に着替え、エルデュミオは町の東門近くでリーゼ、フェリシスと合流した。シャルミーナは万が一のために守備役として残らせている。


「ストラフォードの騎士服ですけど、いいんです?」

「本当は良くないが、信頼できない防具に身を任せるわけにはいかないからな」


 慣れない装備で挑みたい相手でもない。


「それは仕方ないですね」


 自身も冒険者として危険な目にあうこともあっただろうリーゼは、形式より実を取ることをあっさりと納得する。


「では、行こう。ラトガイタの民も心配だ」

「――聖王陛下、ご武運を。そして無事のお戻りをお待ちしております」

「ああ、任せておけ」


 聖印を切り見送る門衛に堂々と返して、エルデュミオは用意されていた馬に跨った。スカーレット、リーゼとフェリシスも同様にする。

 四人の準備が整ったところで、馬に軽く合図を送った。


 間違いなく名馬に分類される馬たちは、初めて出会った人間にも臆することなく軽やかに走り出す。観光地となっているかつての帝城を抜ければ、もう国境だ。


 念のために速度を緩めたが、やはりと言うべきか、不要だった。


(ここは外れてほしかった予想だがな……)


 国境にあってしかるべき関所が、機能していない。


「な……なんです、これは」


 一時国境近くまで迫った光のドームは、今はその規模を減少させている。ただし王都の中心で輝きを増し、存在感は一層強まっていた。

 そしてドームが飲み込み、去って行ったその後には。


「土地が死んでいる、としか言えないな……」


 怒りと恐れ、声に両方の感情を込めてフェリシスは目の前の光景をそう表現する。


 土は乾いて灰色に変色し、狩れた草花の残骸が風に吹かれて飛び散っていく。積み上げられた石で造られた頑健な関所は、まるで何百年と放置され、野晒しとなった果てのようにその姿を欠けさせていた。


(分解されて、マナとして持っていかれたか)


 ルーヴェンの目指す創世が途中で失敗すれば、世界中がこの姿になることさえあり得る。


「ここ……。人もいたはずですよね?」

「先々への覚悟もするために、見ておくべきだろうな」

「……はい」


 ごくりと唾を飲み込み、リーゼはうなずく。半ば崩れた門を潜ると、そこにはこの関所で働いていたのだろう人々が倒れていた。


「エルデュミオ。俺が調べる」

「……分かった」


 万が一のことを考えてだろう。フェリシスはエルデュミオを制すると倒れたままの男性に近付き、側らに膝を付いた。


 まず様子を窺い、次に呼吸を確かめる。そして顔を上げて振り向き、告げた。


「生きてはいる。だがマナの欠乏が酷い。自然回復までは持たないかもしれない」


 光のドームはマナを大量に奪い去って行ったが、原因が去った後は再びマナが流れ込んでいる。世界を巡る流れの通りに。


 しかし土の有様が示すように、それですぐに回復するわけではない。


「ディー……」


 判断を求めるリーゼの呼びかけに少し迷って、決めた。


「先に進む。王都のローグティアを使って、この地にマナを呼び込もう。おそらくそれが一番早くて無駄がない」


 目に付いた一人一人にマナを与えていくのは不可能ではない。しかし時間がかかり過ぎる。

 エルデュミオはラトガイタに生えているローグティアの場所すべてを知っているわけでもない。


 ローグティアの近くは栄えるので有名な大都市の幾つかは分かっているが、王都を放置してそちらに向かうのが正しいとは言えない。


(いつどうなるかが分からないんだ)


 今目の前のラトガイタ国民を見捨てることになろうとも、世界に及ぶかもしれない脅威を優先して、王都へ向かう。


「分かりました。なら間に合わせるために急ぎましょう」

「この様子なら、道中止めてくるような人間もいないだろう。馬には少し無理をさせるが、最速で行く」


 地に伏す人々を残し、馬の元へと戻る。


「ディー」

「!」


 その途中、リーゼにそっと手を取られた。

 いつの間にか握っていた拳に、過剰な力が入っていたのにそれで気付く。意識をして力を抜いた。


「貴方の判断が正しいと思ったから、わたしもフェリシスも従うのです。その結果がどうだろうと、負うべき咎は皆同じです。だから、自分だけのせいにしないでくださいね」

「ありがとう。だが実際に問題が起こったら、僕が強行しただけだと言ってくれた方が気は楽だ」


 負った罪の重さが、人数で変わるわけでもないのだから。

 エルデュミオの答えに、リーゼはぐぐ、と眉を寄せた。葛藤している。


「わたしの気持ちが全然楽じゃないですけど、考えてはみます。考えるだけですよ?」

「ああ、そうしてくれ」


 そっとリーゼと指を絡めて繋ぎ、手を離す。


「勿論、皆を助けるためだったと言い切れるよう、最善を尽くすがな!」


 馬に跨り、街道を駆け出す。王都へ向かって一直線だ。

 国中から集められたドームの輝きは眩く強く、美しく。――そして、禍々しい。

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