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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第八章 無が降り積もりし景色の先
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 フェリシスとて、今のエルデュミオの状況は理解している。無駄に心証を悪くするような真似を考え無しにするような人間ではない。


 好ましくなくてもやる必要がある、と判断したからの行為のはずだ。


「は」


 声の相手が扉から少し離れた気配がして、ややあってから外側から開かれた。


「お目通り戴き感謝します、聖王陛下」


 神官の目もあるからだろう。恭しく挨拶を述べてきたフェリシスの態度に、何とも言えない気持ち悪さを感じる。


 神官はすぐに頭を下げて扉を閉め、自身は退出した。


「回りくどい言い回しは時間の無駄だ。外には響かない程度の声量で、普通に話せ。僕もそうする」


 所属する場所が変わったので、エルデュミオにとっても今のフェリシスは他国の客人。丁重に扱うべき相手である。


 効率以上に気持ちの悪さが勝っているのが実のところだが、建前は崩さずにフェリシスに要求した。


「普通か。王宮内での普通ですか? それとも、友人としての普通かな」

「……外での普通でいい」

「じゃあそうしよう」


 友人、とは呼び返せなかった。どうにも気恥ずかしい。


「それで、何の用だ」

「俺たちストラフォードの軍は君の就任式を祝いに来る陛下の護衛のため、正式にツェリ・アデラに留まる許可をもらっているわけだが」

「ああ、僕が許可を出したし、聖席の皆からも異論は出ていない。それで?」


 普段荒事とは縁遠いツェリ・アデラだ。人的被害まで出した襲撃による動揺は拭い切れていない。他国のものとはいえ、自分たちを護ってくれる軍の存在は、むしろ歓迎されている。


 そこにはもちろん、新たに聖王となったエルデュミオの出身国だからという信用も加算されての感情だ。


 帰るときにはリューゲルの民も連れて行ってもらうつもりである。今の彼女たちは客人として町の方の宿に泊まってもらっている。本神殿よりは気も安らぐだろう。


「ただ待っているのもどうかと思って、ツェリ・アデラの近辺を哨戒を兼ねて巡回しているんだ」

「抜け目のないことだ。悟られるなよ」


 名目に掲げた言い分も嘘ではないのだろうが、一番の目的は入る機会などほとんどない、自国外の地形の把握だろう


 エルデュミオの忠告に、フェリシスは柔らかく笑みを浮かべた表情を動かさない。全く違うのに、それでもアイリオスを彷彿とさせる。


「ついでに少し足を延ばしてラトガイタ方面も見てきたんだが、奇妙なものを見た。その報告だ」

「奇妙なものとは?」

「呪紋法陣の一部のようだ。ただそれが現れていたのは数分で、その後は確認できていない」

「よく現れた所に行き会ったものだ。大した豪運だよ」


 常時存在しているわけではないものと出会う確率は、そんなに高くないはずだ。


「日頃の行いの賜物かな」

「言ってろ」


 否定しきれないところが面白くない。残念ながらエルデュミオにはフェリシスのような持ち運がない所も含めて。


「そういう訳で、ラトガイタではすでに次の何かが起こっているかもしれない。気を付けていてくれ」

「分かった。監視を強化する」


 人の目で他国の領土を俯瞰するのは難しい。しかし幸い、エルデュミオには空から監視ができる魔物や聖獣という伝手がある。


(しかし……。もし何かがすでに起こっているのなら、使者として送った神官の身が気になる)


 元々ラトガイタの様子を窺うための使者なので、本人も異変を感じたら伝えてくるだろう。もし連絡が途絶えるようなら、すぐに向かう必要がある。


「手が欲しくなったら声を掛けてくれ。そのためにもツェリ・アデラにいるんだし」

「勿論そうする」

「ああ。――置いて行ってやるなよ、リーゼのことも」

「っ」


 唐突に出されたリーゼの件は、不意打ちだった。つい息を飲み、動揺を露わにしてしまう。


「……どうして知っているんだ。公表はしていないぞ」

「リーゼの態度を見ていれば分かるだろう? 君の方からは読み取れなかったが。反応してくれてよかったよ」

「ちッ」


 生粋の貴族であるエルデュミオは、相手に教えるつもりの情報以外を隠すのに慣れている。そこまでの警戒をする人生を送って来ていないリーゼとは違う。


 そしてフェリシスが言葉以外からも情報を拾い上げる術を心得ているのは、さすがというべきだろう。


「まだ口外するなよ。正式な公表は就任式の後だ」

「周囲に言いふらすつもりはないさ。俺が言ってるのは君とリーゼだけの話だよ」

「……そうだったな」


 すぐに公の方を気にしてしまうのは、過剰になれば悪癖だ。個を軽んじられているようで、リーゼとて面白くはあるまい。反省する。


「何となく、今の君はリーゼを危険から遠ざけようとする気がしたから。他人の俺から忠告をしようと思って」

「なぜそう感じた?」

「さあ。俺も君も騎士だから、かな」


 護ることを常に考えている職業ゆえに、そして守らなければ失われることを知っている職業ゆえに。


「けど、リーゼは喜ばないぞ」

「知っている。わざわざ言われなくてもな」


 彼女を護ろうと遠ざけようとしたり、口を噤んだり、やや無理を押したりして不服を訴えられた経験が脳裏を過ぎる。

 同時に、フェリシスの言い様が少し面白くない。


「俺とリーゼは仲間だから」

「先読みするなよ。不愉快だ」

「悪い。ただ、不愉快の原因は当たりだろう?」

「……」

「それに、仲間を大切に思うことまで口を出される筋合いはない」


 いちいち正しい。


「お前、僕を言い負かしにでもきたのか?」

「必要とあれば」

「ああ、そうだろうな、お前なら」

(まったくもって不遜だ!)


 そういうところが一部の者に称賛され、一部の者からは煙たがられる要因だ。


「まあ、これ以上はそれこそ俺が口を挟むことじゃないから言わないが。後悔する選択だけはするなよ」

「……そのつもりだ。いつでもな」

「それはそうか」


 後悔すると分かっていて、その道を選ぶ者は少ないだろう。

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