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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第七章 虹が織る歴史の旗
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「スカーレット。先日各地のローグティアに目印をつけて、干渉しやすくしただろう。あの楔をこのローグティアに打て」

「確かに、その方がいいかもしれません。ただ、一つ忠告を」

「何だ」


 立ち位置を変えてローグティアに触れつつも、スカーレットの顔はエルデュミオを向いたままだ。呪紋を行使しつつ口を開く。


「ローグティアや神聖樹は、エルデュミオ様の求めに応じるでしょう。ただし、己のための加減をしません。たとえ自らが枯渇して均衡を崩そうと、最適化した『意思』である神樹の寵児に従ってしまう。貴方の方で加減をしてください」

「肝に銘じておく」


 一時神聖樹を枯渇させてでも、行う必要がある時も来るかもしれない。だがそれは世界と天秤にかけた、やらなければ世界が終わる、ぐらいに追い詰められたときだけだ。


 不要に力を引き出し過ぎてはいけない。それはどこかの誰かを困窮させ、殺すことになるだろう。


(ただでさえ、今は世界からマナが奪われているんだしな)


 そういう意味では、こうして創世の種が前線に出てきたのはありがたい部分もある。マナを回収する機会だ。

 厄介ではあるので喜べはしないが。


「よし。上に戻るぞ」

「はい。状況が気になりますしね」

「シャルミーナは敵がどういうものかを知っている。その上で防衛準備を進めていたんだ。少しは効果が出るだろう」

「あとは、我らの想像以上の力をルーヴェンたちが付けていないのを願うばかりですね」

「……そうだな」


 シャルミーナの感覚頼りの話になるが、前回ルーヴェンは『神のよう』な者を作り上げるところまで成功している。


 必要なマナを回収するための猶予はあるかもしれないが、技術開発のための時間は必要ないということだ。


(なんなら『それ』が出てきてもおかしくないわけか)


 考えるだけでぞっとする。かと言って目を逸らすわけにはいかない。

 防犯の備えでもある曲がりくねった通路を抜け、本神殿の外へと出る、と。


 ずううぅぅぅむっ。


「うお!?」


 大質量の何かが地面に落下し、地に足を付けていた人間たちを揃って一瞬宙に浮かせるほどの衝撃が襲って来た。


 見れば外壁に張り付いていたと思われる巨大スライムの半分程が、鋭利な爪によって切り離されている。その上半分が地面に叩きつけられたところのようだ。


 人ならば手を出しあぐねる巨体をものともしないのは、相手も同等の巨体の持ち主であったため。

 腕を振り浮いた姿勢のまま、地竜はエルデュミオを見て視線を固定する。


 エルデュミオに地竜の個体識別は難しいのだが、相手の挙動は知っている相手に対するそれだった。なので、もしやと思って訪ねてみる。


「お前、アゲートが連れてきた奴か?」


 フラングロネーアを襲った、あの地竜ではないだろうか。


 周辺の情報を得るために、盟魔の共応はまだ続けている。そのおかげで地竜にもエルデュミオの意思が伝わった。


 こくり。と首をゆっくりと縦に振る。動作だけは少し可愛らしい。


「そういえば、お前たちには約束していたな……」


 同胞を使い捨てにした犯人を差し出してやる、と。


 ここに元凶が現れるとは限らないが、可能性はある。そうでなくてもアゲートに協力したことから見て、地竜は事態を理解していて元から協力的だということだ。


(となるとあともう一体、似たような約束をしたやつがいるが……)


 そちらはつい先日の出来事なので、すぐに思い浮かべることができる。

 地竜の逆側、魔物には近寄りたくないと言わんばかりの位置取りで、光が瞬く。


 振り返ってみると、そこにはペガサスの群れが空を駆けながら地上のマナ喰い擬きたちを攻撃していた。背中に人影らしき存在を乗せた個体もいる。


 外壁に上って応戦している聖騎士たちも、しっかり統制が取れていた。上位の役職にある者たちの混沌ぶりが嘘のようだ。


(悪くない展開だ。さて。僕はどこに応援に行くべきか……)


 四方のマナを探り、一番危うそうな場所を調べる。幸い、どこも今すぐ破られそうな気配はない。

 そう安堵した瞬間に、異質な力の凝縮を感じた。


「!?」


 それは、エルデュミオが生まれて初めて知る種類の力だった。


(マナに近い。だがマナではない。これは――)

「エルデュミオ!」

「!」


 力を探るのに集中していたエルデュミオへと、スカーレットから警告の声が飛ぶ。半ば反射的にその場を飛び退いた。


 直前までエルデュミオがいた位置を、白光が駆け抜ける。

 ほんの瞬きの間。高速で通り抜けて言った光の束は、外壁を軽々と貫通し大穴を空ける。


 その先から、悠然と歩み寄ってくる者がいた。


 中肉中背の背格好に、榛の髪と金の瞳。彼は依然と変わりない様子で、唇だけで僅かに笑みを表現する表情を浮かべていた。


「やあ、エルデュミオ。久し振り」

「ルーヴェン……!」


 気負いなく声を掛けてきた、従弟だった青年の名を呼ぶ。


「なぜだ、ルーヴェン」


 その顔を見た瞬間、エルデュミオの口はとっさに疑問を口にしていた。


「なぜ?」

「前回、お前は失敗したはずだ。突き進んだ果ても知ったはずだ。なのになぜ、今またその道を選んでいる!」


 ほんの少しだけ、期待していた。迷ってもいた。


 ルーヴェンは抗えずに従っているだけではないだろうか、と。エルデュミオの知るルーヴェンであれば、むしろそちらの方が納得がいく。


「君は不思議なことを言うね」


 エルデュミオの問いに対して、ルーヴェンは苦笑のような表情を作った。ただしその瞳は雄弁だ。

 怒りを湛えてエルデュミオを見据えている。


 ルーヴェンからこうも強く敵意を向けられたのは初めてだ。感情の強さに戸惑いを覚えた程である。


「目的があって前回上手くいかなかったのなら、問題点を解決して成功しようとするものだろう?」

「……お前の目的とは、なんだ」

「あれ? おかしいな。ヘルムートは君に話してしまったと言っていたけど」

「聞いた。だが、お前も同じなのか。本当に」


 世界を作り直すという妄想じみたことを、本気で実行するつもりなのかと尋ねる。


「ああ、それは勿論。何しろ始めに目指したのは私だからね」


 平然とルーヴェンは認めた。

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