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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第七章 虹が織る歴史の旗
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「神樹は僕と共に在り、マナに記憶された言葉は神々の耳にも届くだろう」


 実際のところ、フラマティア神がそこまで細心の注意を払って世界を隅々まで見ているとは思っていない。

 だが、別に構わないのだ。要は相手が畏れを思い出してくれれば。


「フラマティア神の元で、改めて訊こう。お前は、僕と会ったことがあったか?」

「あ――、ありません! 申し訳ありません、小金を握らされて、嘘をつきました!」


 勢い良く首を左右に振り、膝を付いて頭を下げる。


「じゃ、邪神信者でもありません! この裁判中だけ、そういう役をやれと依頼されて……」

「結構」


 意図的に声を柔らかくして男の言い訳を遮る。さらに追及しなければならない案件が増えて、今ここで聖神教会の権威を必要以上に落とすことは本意ではない。


 やましい部分は、全てジルヴェルトに持って退席してもらおう。


「さて、裁判長」

「なに、なんだ。私は何も知らない! これは何かの間違いだ!」

「間違いか。大変結構。神の懐は深い。己の過ちに気付いて道を正そうとする者は、寛大な御心で受け入れてくださることだろう」


 思わず口走っただけの言葉を拾われて、裁判長はがたがたと体を震わせる。その目は大きく見開かれ、彼の迷いを表していた。


「さて。もう充分だろう。ここまでの証言から、判決を下してもらえるか」

「は――、判決、は」


 裁判長は目を泳がせ、法廷内を見回す。


 そこにある目の多くは落胆の色を見せ、事情を察した少数は一歩引いた冷ややかさを湛えていた。同じく事情を知る共犯者たちは、誰もが俯いて目を合わせない。


「は、判決を言い渡す。エルデュミオ・イルケーアにかけられた嫌疑はいずれも根拠に乏しいとして、撤回する! 以上、閉廷である!」


 早口で言い切ると、裁判長はそそくさと法廷内を後にしようとした。壇上を下り、逃げるような足取りで扉に向かうその途中。


 どうっ、と神殿中に振動が走る。


「!?」


 地下にまで伝わってくるとなると、相当である。そしてその正体にはすぐに察しが付いた。

 一瞬ごとにマナが薄くなっていく。


(創世の種!)


 ルーヴェンの実父がいる地、そしてセルヴィードの力を弱めるフラマティア信仰の本拠。この二つの理由から今回はツェリ・アデラへの襲撃はないのではと考えていたが、そんなことはなかったようだ。


「ディー様!」

「上へ行くぞ」

「はい」


 駆け寄ってきたリーゼたちと合流し、証言台から下りて出口へと向かう。扉の前に立っていた聖騎士が、自然と道を空けた。


 法廷を出てすぐ、皆にかけていた隠蔽のための神呪を解く。独り言を延々呟いているように見られたくなかったためであり、必要でもあった。


「シャルミーナ。話の分かる聖騎士を動かして、防衛を始めろ」

「そういたしましょう。エルデュミオ様はどちらへ?」

「ローグティアの所へ。用が済み次第、僕も防衛に参加する。フュンフ、案内しろ」

「承知しました」


 事態が一刻を争うのは分かっている。それでもやるべきことに取られる時間は変わらない。


「では、エルデュミオ様。また後程」


 シャルミーナは無駄な問答を差し挟まない。築き上げてきた信用の結果だ。そのことをありがたく感じる。


「ああ」


 道が分かれたところで早速別れ、シャルミーナとは別の道を行く。


 エルデュミオ同様ツェリ・アデラで動かせる人員などいないリーゼは、そのままついてきた。エルデュミオにとってこの地が不利であり、前回ヘルムートに追い詰められたときのことも尾を引いているのかもしれない。


「ローグティアでどうするです?」

「まずは魔物を呼んで防衛に協力させる」

「はいッ!?」

「魔物への意識を変える機会になり得るだろう。起こった事態は少しでも有利になるよう使わないとな」


 普通の感性の持ち主であれば、命を助けられれば感謝の気持ちが生まれるものだ。


 長年敵対してきた関係上、急に好意的になれるはずはない。エルデュミオもそこまでは期待していない。


 だが個に関しては別だ。『敵』以外の意識が僅かにでも生じれば上々である。


「それは、楽しみなことですね」


 本心だろう相槌を打ってきたスカーレットに一度目線を送ったが、エルデュミオは何も口にせず前方へと戻す。


 スカーレットの第一目的は創世の種の件を収めること。しかしあわよくば世界の魔力化も狙っている。

 人々が少しずつでも魔神に心を寄せるのは、彼にとっては大歓迎だろう。


(神呪が魔神のものである都合上、セルヴィードへの信仰心を高める必要はある。だが)


 初代皇帝がやった徹底的な排除を、今のエルデュミオは望んでいない。


(皇帝は己や、同様の立場にある神樹の寵児のため、聖神に都合の良い世界にするしかなかった。だが僕が望むのは――……)


 思考の七割ほどを今後に向けての物に使いつつ、エルデュミオはフュンフの後に付いて行く。

 フュンフは迷わず突き進み、ややあって辿り着いた一つの扉を開いた。


 そこは吹き抜けになった小さな庭園となっており、中央にローグティアがそびえ立っている。


「ああ、ここまで来れば覚えがあるな」


 かつてエルデュミオも一度、この場所に来たことがある。


「感慨にふけるのはまた次の機会に。今は一刻を争います」

「分かっている」


 事実、こうしている間にもマナが減衰しているのが分かる。どれだけの創世の種を投入してきたのか。

 ただ、その速度は緩やかになりつつもある。シャルミーナたち聖騎士が迎撃を始めた成果だろう。


 エルデュミオは神呪を構築し、ローグティアに触れた。


盟魔の共応(マナ・シンフォニア)――。魔物たちよ、聞け。そしてもし、今このローグティアによって刻まれる僕の声を聞く者がいるのであれば、聖獣たちも」


 使う神呪こそ魔神のものだが、本来人間はどちらでもない存在。それは神人たるスカーレットによって明言された事実。


 ましてエルデュミオは神樹の寵児。最も純粋なマナで構成された人間と言えよう。

 だからその言葉は、聖獣にも届くはずなのだ。ペガサスが応じたように。


「己が戦力になれる自信のある者は、今すぐツェリ・アデラに集え。そして世界のマナを喰らう敵を駆逐するのに協力しろ」


 一方的に要請すると、ローグティアから手を離す。そしてスカーレットを振り向いた。

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