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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第七章 虹が織る歴史の旗
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 被告人不在のまま行われる、邪神教徒と烙印を押すためだけの裁判は一般人の傍聴も受け入れていた。それも聖王が己の正しさを公表したいがための処置だろう。


 特にツェリ・アデラの民の信を得ることは、聖王にとって重要なはずだ。

 例によって神呪で身を隠しながら本神殿へと近付く――と。


「凄いですね。大人気です」

 リーゼの言う通り、傍聴を望んだと思われる人々が列を作っていた。そこから少し離れた所では、『邪神信仰を撲滅せよ!』と声を上げている一団がいる。


「ツェリ・アデラならではだな。他国であれば、もう少し反応も薄いだろうに」

「ここに集まった人々は、人が捧げる信仰の頂点として、聖王を信じています。その信心が裏切られていると目の当たりにするのは、どれ程の衝撃となりましょう」


 聖印を切り、シャルミーナは懊悩とした表情で神殿入り口前の状況を見渡した。


「そこも含めて、現聖王は為政者足り得なかったってだけさ。――行くぞ」

「ええ」


 裁判が行われる法廷は一般区画、大聖堂の真下にある。上にフラマティア神像が設置されているその場所に、意図をもって設置されたのだ。


 神に聞こえる場で嘘を吐くのは罪深いこと。大陸中のほぼすべての人間がフラマティア信徒であることから、信心により正しい証言を得られることを期待しての設計だ。


 ついでに言うなら裁判官も神官なので、偽証は心証がもの凄く悪い。実際にも犯した罪に別の罪状で加算される。軽度の罪ならこちらの偽証の方が重いぐらいだ。


(裁判に出席できなければ、僕の場合は――。求刑がそのまま確定になるだけか)


 勿論、そうはさせないが。


 一般傍聴席は、すでにほとんど埋まっている。今外に並んでいる者はまず入れないだろう。


 その中でエルデュミオたちが位置取ったのは、本来であれば被告人が登場する扉の手前。裁判が始まったら、エルデュミオだけが神呪を解いて参加するつもりだ。


 午後少し前。裁判官が入場したことで、開始が近いと悟った人々が口を噤む。

 場所が場所だけに大声で会話している者は元よりいなかったが、囁きさえも消えて静寂が空間を支配する。


 そんな中、厳かに鐘が鳴り響いた。開廷予定時刻だ。


「ではこれより、邪神審問裁判を執り行う。本来であれば被告人同席の元に真偽を問う場であるが、被告人、エルデュミオ・イルケーアは出席を拒んだため――」

「心外だ。拒んでなどいないぞ。召喚状は届いていないけどな」

「!」


 会場のほぼ全員が裁判官に集中していたため、エルデュミオが扉から入ってきたわけではないことを見た者は、法廷の護衛に当たっている聖騎士数人だけだった。


 彼らの動揺に構わず、エルデュミオは悠然と被告人の席に立つ。

 一瞬で法廷の耳目全てを一身に集め、堂々たるその佇まいはとてもこれから裁かれようという者の姿ではない。


「エルデュミオ・イルケーア伯爵……?」

「勿論だ。僕の影武者や偽者を演じられる人材がいるなら、ぜひ紹介してくれ。好待遇で雇わせてもらうぞ」


 太々しい物言いに鼻白むが、それ以上当人であることを問う言葉は飛んでこなかった。エルデュミオが口にした内容は、どこまでも事実だからである。


「さて。己の都合のために冤罪を吹っ掛け、釈明の機会さえ潰して一方的に邪神信徒認定を行おうという体制にはうんざりだが、僕は法を遵守する性質でな。早速裁判を始めてくれるか」

「――……」


 裁判官は二、三度、言葉を探して口を開閉させた。


 しかしこの場にエルデュミオが姿を見せてしまっている以上、退廷させる術はない。エルデュミオが出席を拒んだという主張も、ただの失言と化した。


「どうやら、不幸な行き違いがあったようだ。では改めて、開廷とする」


 コン、と廷内に良く響く音を立てて、ガベルが鳴らされる。


 これより先は、神に誓って真実のみを述べなくてはならない。――と、されているが、近頃では怪しいものだ。裁判長の席に座っている神官ですらすでに偽りを口にしているのだから。


「被告人、エルデュミオ・イルケーア。貴殿は邪神セルヴィードを信仰し、かの神が為各地のローグティアを魔力化し、その力を邪神に捧げ、世界に満ちるはずのマナを失わせている。相違ないな」

「事実無根だ。調べれば分かることだが、ローグティアの魔力化は僕が生まれる以前から始まっている。存在さえ生じてない僕に、何が出来よう? マナの枯渇については、ここに居並ぶ諸兄の中にも、理由を把握している者は少なくないだろう」


 聖神教会の嫌疑を、正面から全否定する。そして客観的に調べられる事実でもある。


 聖神教会の力があれば、それでも強引に邪神信者にしてしまうことは可能だ。全てのやり取りを無視して、裁判長が判決を口にすればいい。


 ただしそれで大陸の民を納得させられるかと言えば、否である。

 当面は従わせられるだろう。しかし確実に、信者離れを引き起こす。それは組織の弱体化に繋がる行為だ。


 聖なる者は、正しくなくてはならない。


「フラマティア神の元にあってなお、偽りを述べ続けるか。誠に遺憾である」


 しかし伊達に裁判官の席に座っていない。


 エルデュミオが出廷した以上、彼が反論してくるのはもう覚悟せねばならなかった。エルデュミオ同様、互いの主張を全否定する。


 緩く首を横に振り、裁判官は片手を上げた。


「参考人をこれへ。貴殿が邪神に傾倒している事実を知る者から、直に証言を聞かせよう」


 神官が応じて、数人法廷を出て言った。そして数分で戻って来る。

 聴衆に向けて証言を聞かせるのは予定通りなので、近くの部屋で待機させられていたのだろう。


 まず法廷に連れて来られたのは、手入れが満足にされていないことが一目で分かる、みすぼらしい風体の男だった。髪だけは丁寧に赤と青と緑の斑に染めている。


 染めていると明らかに分かるほど不自然であったが。

 とはいえ男の姿は、人々に邪神信者の無様さを印象付けようというなら間違っていない。


「……」


 マダラ役の男を見たスカーレットが、組んだ腕さえ浮かせて数秒固まった。代わりに瞬きだけは回数が多い。そして我に返ると口を押さえて顔を反らし、肩を震わせた。


(アゲートは、見なくて済んで幸いだったかもしれないな)


 あまりの落差に笑うか、怒るか、呆れるか。性格的に怒る気がする。

 万が一、アゲートを見た者から証言を取ってもの凄く似ている人物を作り上げて来たら――と危惧していたが、杞憂で済んだ。


 続いて、参考人としてリューゲルの民と、ツェリ・アデラの住民らしい人々が連れて来られる。

 エルデュミオにとっても予定通りの流れ。黙って進行を待つ。


 だけのはずだった。しかし奇妙だ。法廷に入った瞬間から、リューゲルの住民たちが表情を強張らせている。


『エルデュミオ様』


 それに気付いたのはエルデュミオだけではない。ずっと通話可能状態にしてあるスカーレットから、ピアスを通じて通信が入る。


『フュンフからです。傍聴席中央付近の数人を見て、リューゲルの民の表情が変わったと』

「彼らの関係者か」


 ほぼ吐息に近い小声で聞き返す。


『否、とのことです。間違いなく、彼らの関係者に手は及んでいません。だから中央付近に座らせているのです』

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