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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第七章 虹が織る歴史の旗
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 翌日、戻ってきたフュンフと共にエルデュミオは本神殿へと向かった。


 神聖樹が『ヒト』として最適化して作り上げられたエルデュミオの美貌は、変装などの小手先の技では誤魔化せない。なので今回も神呪に頼ることにした。


 人通りが少なく、また多くの視点から死角になる経路をフュンフが採っているので、いっそツェリ・アデラ侵入時より気楽かもしれない。


「一応、客人扱いで泊めているんだったな?」

「はい。限定されていますが、部屋から出ることも可能です」

「出来る限り穏便に済ませようという気配があるな」


 己の行いに大義がないことを分かっていて、罪悪感も抱いている。良くも悪くも、聖王も普通の人間ということだ。


 一般区画を抜け、神殿の中枢へと移動する。業務を行うための公的区画からは少し外れた場所に、客室は設置されていた。


 辿り着くのに問題はなかった。しかし当然ながら扉の前には見張りがいる。陣取った聖騎士二人が都合よく両方席を外すことはあり得まい。


「あれを擦り抜ける当てはあるのか?」

「勿論です。行きましょう」


 あっさりと肯定してフュンフは平然と近付いて行く。自前で隠密の呪紋と技能を併用しているので、ここまでは良い。


(だが扉は……って)


 扉に呪紋を書きつけ、発動させる。それを確認してから、フュンフは堂々と扉を開いた。聖騎士たちに反応はない。部屋の中からもだ。


 おそらく彼らには、扉が開かれたことそのものが見えていない。

 手招きするフュンフに従い、エルデュミオは部屋の中へと入る。


「こんな呪紋があるとは知らなかったぞ」

「公開していません。知る者が増えれば情報は漏れやすくなり、対策を立てられてしまいます。これも現状の使い手は裁炎の使徒(イグニス)でも私と、私に教授したアインスだけです。他のナンバーはまた別の手段を講じているはずですが、私が知っているものも限られています」

「それぐらいでなければ、裁炎の使徒などやっていられないか」


 うそ寒い気持ちは追いやり、エルデュミオは部屋へ意識を戻す。


「どう接触するか。驚いて悲鳴でも上げられたらたまったものじゃない」

「お任せください。すでに数回接触を持っていますから、同様にすれば悲鳴までは上げられないでしょう」

「任せる」


 妥当なので、フュンフの進言をそのまま許諾する。


 一歩前に進み出たフュンフの纏う幻影が、大きく揺らめいた。それに気付いた数人がはっとして、自分以外の人々にも異変を教え合う。すぐに注目が集まった。


 全員、表情に驚きはない。慣れたとまでは言えないが、見知った現象、といった気配がある。

 人々に認識が行き渡ったところで、フュンフとエルデュミオは姿を現した。


「――!!」


 フュンフの来訪は予想していただろうが、エルデュミオは想定外だったに違いない。一番近くにいた女性は、悲鳴を上げかけた口を寸での所で自ら押さえる。


「皆、とりあえずは無事で何よりだ。手酷い扱いは受けていないか」


 受けていないと分かっているが、改めて訊ねる。確認一割、話の切り口として使ったのが三割、相手に取り入るためが六割だ。


「は――、はい。伯爵様が交渉をしてくださったのだと聞いています」


 答えたのは、中央付近にいた年長の女性。と言っても、二十歳かそこらだ。


 見覚えがあった。間違いなく、リューゲルで生贄にされかかっていた十人の一人だ。向こうもエルデュミオを覚えていたのだろう、誰何の戸惑いはない。


「効果が出ているようで安心した。では、訪れた本題に入ろう。――ここにいるフュンフから聞いているだろうが、改めて要請する。お前たちにはこのまま裁判に出て、僕の潔白を証明してもらいたい」

「はい、伺っております。仰る通り、真実の証言をいたします」


 迷いなく女性はうなずいた。周囲の反応も似たようなものだ。


(……意外だな)


 彼女たちの言葉にも態度にも、後ろめたさは見えない。おそらく嘘はない、と判断した。

 だがだからこそ、気になる部分がある。あえて揺さぶりをかけるセリフを口にしてみることにした。


「お前たちは巻き込まれただけの、罪なき一般人だ。本来ならばすぐにでも解放してやるべきなのだろうが……」

「いいえ、どうぞ、お気遣いなく。わたしたちは確かに力なき庶民ですが、人としての恩義を忘れるほど恥知らずではありません」


 不当に拘留されている状態からなど、一刻も早く抜け出したいだろう。しかも彼女たち自身には無関係なのだ。

 その不満の度合いを調べようとして、返ってきた答えに少し驚かされる。


 彼女たちは理解している。今自分たちが逃げ出せば、事実がどうでも不利な証言をする証人をエルデュミオが奪ったということにされるのだということを。


 エルデュミオを見詰める瞳に迷いはない。自分たちの安全よりも、エルデュミオのための不遇を受け入れている。


「イルケーア伯爵。貴方様は、最後までわたしたちを殺す選択を採りませんでした。その貴方様の言葉であれば、信じられます」

「――……」


 それは、彼らの身を慮っただけの行動ではなかった。


 勿論、そう言った気持ちが皆無だったわけではない。だが主な理由はローグティアの魔力化を防ぐためだ。言ってみれば、エルデュミオ自身の都合である。


 もし逆の必要があれば、エルデュミオは彼女たちを殺していただろう。


(だがそうしていたら、僕はきっと今ここで、窮地に立っていた)


 聖神教会が用意した『マダラ』とアゲートが別人である証明も出来ず、行った非道だけが取り沙汰される。

 己の行いは返ってくるものだ。良きことでも。悪しきことでも。


(父上。貴方の言が、大方にして正しいのは分かる。僕もそう思う。だが同時にもう一つ、相反する気持ちもあるのです)


 ――合理的な正しさなんかクソくらえ、と。


 情を切り捨てられなくて、何が悪いのか。それが生物として必要のない要素であれば、いい加減人間から退化して無くなっていいだけの時間は過ぎた。


(今抱いたこの気持ちを、忘れないようにしよう)


 たとえこの先どのような必要がありどのような選択をしようとも、人を助け、己が助けられようという現在と、人を切り捨て、己が殺された過去のことを。


 身命に刻むと、心に誓った。


「感謝する。では当日までは、とにかく聖神教会に従っておくように」

「はい」


 相手を油断させるためでもあるし、彼女たちの身の安全を守るためでもある。


「フュンフ、戻るぞ」

「承知いたしました」


 入って来た時と同じように姿を隠し、扉の開閉も幻影で誤魔化して部屋を後にする。

 後は当日を待つばかりだ。

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