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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第七章 虹が織る歴史の旗
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「まあいい。長旅で少し疲れてもいる。まずは一杯、茶でも飲みながら報告を聞くとしよう。……しかし」


 言ってから、揃った人員を数えてエルデュミオは眉を寄せる。


「スカーレット。お前、茶を入れた経験は?」

「もっと淹れやすくされた物なら。茶葉からは無理です」

「だろうな」


 スカーレット本来の立場を考えれば納得であるし、エルデュミオが記憶している限り、彼が茶を淹れたことはない。


「シャルミーナ、お前は?」

「自分で飲むために淹れることはありますが、おそらくエルデュミオ様の口には合わないかと。ああ、茶葉はヴァスルール様が厳選して購入されていた物があります」


 近くエルデュミオが来ると分かっていたので、用意したのだろう。フュンフの万能さに隙はない。


(フュンフがいれば、淹れさせるんだが)


 これまでの経験上、彼の腕には期待できる。しかしいないものは仕方ない。


「まともな物が飲みたいなら、僕がやるしかなさそうだな」

「え。ディー様お茶とか淹れられるです? それも貴族としての務めです?」

「違う。前回があまりに酷かったからだ」


 気分を落ち着けるための飲食で、なぜ気持ちをささくれ立たせなくてはならないのか。

 名指しされたリーゼは、事実なので反論はせずに、しかしややむっとした様子で唇を曲げた。


「前回が酷い言われようだったので、練習はしたですよ。試してみますか?」

「ほう。面白い」


 リーゼが淹れられるなら、身分上それで問題ない。

 自ら挑んできたリーゼにエルデュミオは挑発をするような笑みを作る。


「言っておくが、お前と同じ理由で研鑽を積んだルティアの腕は中々のものだったぞ。期待していいんだろうな?」

「……ルティアにお茶とか振る舞われるんです?」

「腕を振るう場がなくてつまらなさそうだったから、相手になってやっただけだ」

「ですか。じゃあ、やっぱり遠慮します。ぜひ、ディー様が見本を見せてください」


 どことなく、リーゼにはためらいと、消沈した様子が見て取れる。

 予想はつくが、エルデュミオはリーゼの感情に触れるのを避けた。――今はまだ。


「確かに、本物を知っておくのは悪くない。と言っても、僕の腕も大したものじゃないけどな」

「では、食卓でお待ちしていますね」


 言って、シャルミーナは早々に場を離れる。


「では、私も」

「失礼しますね」


 エルデュミオに向けて呆れたような苦笑を向けてきたスカーレットと、気を取り直したらしいリーゼもくつろぎに向かう。


「……」


 腑に落ちない。

 自身で買って出たことであるし、否はない……はずなのだが。


(何だ、この外れくじを引いたような気持ちは)


 やはり侍女や侍従の真似事などするべきではない、と痛感する。

 その仕事を専用でやる者がいるということは、相応の理由があるものなのだ。




「――さて。では改めて、ツェリ・アデラの状況を聞こうか」


 全員の前にカップを並べ終え、席に着いたエルデュミオは早々に切り出した。それからすぐに手を伸ばして、自分で一口。


(ん。悪くはない)


 近頃は実践していなかったので習った直後よりも劣っているが、飲めなくはない。


「……成程。言うだけあって、美味しいですね」

「まあ、本当に」


 リーゼとシャルミーナからは好評だ。スカーレットは特に感想を口にしなかったが、求めてもいないので問題ない。


「ああ、失礼しました」


 訊かれた質問とまったく関係のない感想を最初に口にしたことを詫びてから、シャルミーナは本題へと入る。


「聖神教会は自分たちの正しさを広く証明するため、各国の貴人を招いています。遠方の方ももう二、三日で到着して、裁判が始まるかと思われます」

「必死なことだな。その証人たち、まとめて僕らの正しさを知るようになるだけだというのに」


 とはいえ、それで劇的に何かが変わると思う程エルデュミオは楽天家ではない。

 大義や正義は重要だが、それだけでは人は動かない。安定と利益も必要だ。


(まずは聖王の評価を地に落とし、聖席の総意を持って解任させる。とりあえず、ここまでを目標としよう)


 その空いた椅子には、近いうちにエルデュミオ自身が座るつもりだ。

 汚名さえ払拭できれば、神樹の神子という神聖性は聖神教会にとっても悪くない人材のはずなのだ。


「リューゲルの民はどうしている? こちらの望む証言は引き出せそうか?」

「おそらくは……」

「頼りないな。どういう状態だ。人質の危惧などはどうなっている?」


 シャルミーナの言い方は、可能だとは思っているが不安、という様子だ。割合的には七対三だろうか。


「人質を実際に取ることはしなかったようです。脅す材料として口にされた気配はありますが。しかし本神殿にて参考人として滞在――という名の拘束をされている方々に、確認はできません」


 匂わせるだけで十分に効果を発揮する。

 ただ、それでもシャルミーナの心理は正当な証言を引き出すことが可能である、という方に傾いていた。


「無事を証明してみせたのか」

「はい。ですが直接会わせるのは難しく、手紙のやり取りに留まっています」

「当人を連れてくるわけにはいかない。そこが限界だろう」


 ツェリ・アデラの町の中にいるということは、敵地のただ中にいるに等しい。余計な心配が増えるだけだ。


「だが、そうか。言葉で脅すに留まったか」


 罪人でもない一般の住民を強制的に連れ出すなど、無論許されない。


 現状では合意の上で協力しているという形になっているので、国としても口を出しにくい。しかし本意でなかったとリューゲルの民から証言が得られれば、正式に抗議を行うよう準備は進めている。


 だが考え得る限りに最悪まではいっていない。ここでも聖王の迷いが見て取れる。


 親だから、子どもを庇いたい。己の失点を隠したい。しかし他人を傷付けたいわけでもない。そんな心境ではないだろうか。


 とはいえ、その中途半端さをヘルムートが許容するとは思えない。そして本人の意識はともかく、エルデュミオからすれば聖王の行いはすでに一線を越えている。


「深い親交のある間柄なら、手紙の真偽は分かるだろう。だが絶対の安全を確認できたというには弱い。だからおそらく、か」

「はい。心の底からの安心を勝ち得ることができていません。皆様、今も不安と戦っていらっしゃるでしょう」


 人間は悪い方の想像をするものだ。不安があるのならより顕著になる。

 そして今回、その傾向はエルデュミオたちに不利に働く要因だ。

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