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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第六章 空と地で描く謀略戦
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「しかし、どうやって魔物を引き入れたんだろうな?」


 フラングロネーアの結界は修復されている。フェリシスの疑問はもっともだった。だが、それに対する答えもエルデュミオは持ち合わせていた。


「だから、魔物ではないんだろう」

「普通の獣です?」

「いや。聖獣の類である気がする」

「聖獣!?」


 抜け落ちているうえ、元々保有しているマナもそう強くない気配がしている。しっかり探らないと感じ取れないぐらい、属性としても弱い。


 だが間違いなく聖神の呪力だ。

 レア・クレネア大陸において、聖獣を見かけることはほとんどない。存在そのものがおとぎ話のような扱いだ。


(考えてみれば、妙な話だ。魔物はどこででも見かけるのに、聖神に依った生き物はいないとは)


 大陸の端にそびえる大山脈の先にも、人の暮らす地があるのは分かっている。たまに無謀な冒険者が越えてくることがあるからだ。


 あるいは大陸の果て、海を越えた先にもまた大陸があるのだと語る学者もいる。海を棲み処とする魔物にレア・クレネアでは見慣れない道具や衣服の類が引っかかっていることがあるから、それもおそらく確かなのだろう。


 今のレア・クレネア大陸では、それらの文明に直接辿り着くことはない。だがそちらでは、聖神に依った生き物が魔物のように闊歩しているのだろうか? と考えたことはある。

 だがもし、そうではないのなら。


(世界は元々、魔神の方に近しいのでは?)


 だからといって現状が変わるわけではないし、真実が明かされることもない。

 解き明かすことに興味がないとは言わないが、やったところで特に実りもないので、手を付けることはないだろう。


 ただ、そんな考えが頭に過っただけだ。

 世界の神秘に踏み込む想像は脇に追いやり、エルデュミオは今手元にある獣毛へと思考を戻す。


「聖獣に襲われたら、衝撃ですね?」

「そうだな。人々の印象として、聖神教会の言い分に説得力が増す。悪くない手段だ」

「……聖獣を従えられるのは、やはり聖神教会だからか」


 レア・クレネア大陸で暮らす人々にとって、フラマティア信仰はとても身近だ。こうしてフラマティア神に連なる生物に牙を向けられるだけで、動揺を覚えるぐらいには。


 事態の経緯を理解しているフェリシスですらそうなのだ。一般の人々への影響はどれほどになるか。

 エルデュミオはわざと大仰に、呆れた息をつく。


「神官を神聖視するのも大概にしておけ。奴らが先日、フラングロネーアを魔物にどうやって襲わせたかを忘れたのか」


 マナを与えて暴走させただけだ。従えたというより、強制したと言った方が正しい。同属の扱われ方にスカーレットやアゲートが怒りを覚えたのもそのためだ。

 魔物が己の意思で協力していたのなら、違う反応だっただろう。


「聖獣にまで、同じことをすると?」

「奴らは世界の在り方そのものから気に食わず、神の真似事をしようとしているんだぞ。聖神に依った生き物だからと遠慮するものか」


 フラマティア神とセルヴィード神が共闘していることは、向こうも分かっているはず。明確に敵だ。


「だが、せっかくだ。その企みはこちらが利用させてもらおうじゃないか」

「悪い顔になってますよ」

「だから、お前はどうして一々無礼なんだ」


 相手を陥れることを考えていたわけなので、無理はないと言えるが。


「具体的にどうする?」

「まずは、相手の潜伏先を見つけるところからだ。裁炎の使徒を動かすようルティアに要請してもいいが……。少し迷うな」


 騎士団同様、こちらに打撃を与えるために残っている者がいないとは限らない。正にその瞬間を作れるかもしれない内容を頼むことになる。全面的に信用して使うのは避けたい。


「じゃ、わたしとフェリシスで探します」

「ああ。フラングロネーアのことなら、警備軍時代からよく知っている。任せてくれ」

「分かった。任せる」


 自身の進言を素直に受け入れたエルデュミオへと、フェリシスは意外そうな顔をする。だがすぐに表情を引き締めて、力強く請け負った。


「必ず」

「言ったな? 襲撃地点と時間、これの正確な情報を持ってこい。お前たちの仕事いかんによって、民への被害の程度が決まると心しろ」


 無になるとは言わない。その言い回しに、当然リーゼもフェリシスも気が付いた。


「わざわざ実行させなくても、先に潰した方が安全ではないです?」

「短絡的な見方はよせ。僕たちの目的はストラフォードの正当性、及びルティアの神聖性を高めて国の状況を改善することだ。それが最終的に国を、住む国民を守る。十人を護って千人を殺したいなら別だが」


 十人を護ることに価値がないなどとは思っていない。それでも、千人を選ぶ。平等だからこそ、数を取るべきときもあるという判断だ。


 ルティアの意思と主張とは乖離している。だからこそ、エルデュミオは自分だけの判断として実行するのだ。


 たとえ被害が出たとしても、懸命に護って見捨てなかった結果だと、彼女には言い切らせるために。


「それは嫌ですけど、でも」

「大丈夫だよ、リーゼ。千人を護って、十人も護る。俺たちに求められているのがそのための手段だ。だろう? エルデュミオ」

「馴れ馴れしいぞ」

「王宮の外なら身分や役職以上の敬意はいらないと、君が言ったことだぞ?」


 身分は埋めようのない開きがあるが、役職としてはほぼ同格だ。そしてストラフォードでは、職務中は役職の方が優先される。そうでなければ命令系統が混乱するからだ。


 そういった実務に支障をきたしかねない面もあり、余計に身分で就ける役職が左右されるのだが。


「……好きにしろ。元々お前から敬意なんか感じたこともないしな」

「敬意を払える人柄でもなかったから、仕方ない」

「お前……。ルティアがああだからって、貴族皆が不敬に寛容だと思うなよ」

「思っていないから安心してくれ。俺も人は見るよ」


 事実、宮中でのフェリシスの態度は、今エルデュミオたちへ対しているものとは大分違う。むしろ職場とプライベートで態度の変わらないエルデュミオの方が珍しいかもしれない。


 そしてそれは、フェリシスが『エルデュミオは大丈夫』と判断した、ということでもある。

 苛立ちと共に舌打ちをしたが、諦めた。どうにも落ち着かなくてむず痒くはあるが、それほど不快に感じているわけではない。


「だが、冗談で言ったわけでもない。俺は未来の千人も、現在の十人も両方護りたい。そのために力を尽くす。だから、君も力を貸してくれ」

「始めからそのつもりだ」

「そうだったな」


 成し遂げるための手段と働きを、フェリシスとリーゼに求めたのだ。

 ただし叶わなかったときは、切り捨てることも想定に入れて。


 腹の中身は締めあげられるようだし、考えると吐き気もする。それでも、命じるのは自分でなくてはならないと分かっていた。


「さて、ここはもういい。案内に戻れ。僕の時間は貴重なのでね」

「分かった。行こう」


 うなずき、本来の目的に立ち戻る。

 地理を理解しておくことは、どんな局面でも有効だ。

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