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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第六章 空と地で描く謀略戦
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 相手の余裕が気に入らない。エルデュミオは話を変えることにした。


「騎士団の統制は大丈夫なんだろうな? 実際の警備は主に武官派だった連中の仕事だ」

「一部、強硬な者が残っておるのは否定せん。むしろあえて残った連中かもしれん。とは言え、証拠もなくてのう。今後のためにも、そろそろ憂いは絶つべきだと思うておる」

「……煽るのもいいが、処理はしっかりそっちでやれよ」

「無論。陛下の舞台の邪魔はさせん。ストラフォードの今後を左右するからの」


 ローグティアへの干渉による奇跡の演出外交については、主だった貴族たちも話してある。

 ただし実行するのはルティアであり、その干渉によってマナの異変を収めるということにしてあるが。


 聖神の奇跡を与えられて世界を救うのは、瑕疵のない王の方が人々も受け入れやすいだろう。ルティアの発言力が強まれば、自然とエルデュミオへの風当たりも弱くなる。


「しかしヘルムートやルーヴェンから離れてなお、未だルティアに抗おうとするか。大した結束だ」

「優秀な男じゃったからな。ゆえに、惜しい。地位も名誉も己を慕う部下たちも、楔にはならなんだか」


 アイリオスの口調は苦い。彼であれば噂程度には、ヘルムートの置かれた状況を知っていた可能性はある。


「共感した奴がそれだけ多かったというのも問題だ。一足飛びの理想に縋るなんて、夢見がちにも程がある」


 幸運に祝福された者がいないわけではない。しかし多くは叶わないからこそ、起こったときに大きな話題になるのだ。

 自分の身にも起こる想像は楽しいものだが、現実を蔑ろにしてはならない。


 どのような要素にしても、同じ人間でありながら生き易さと難さが極端に違うのがおかしいと思うのなら、それを正す道は未来にしかない。


 過去を振り返れば一目瞭然。もっと酷い差別がそこにはある。エルデュミオが公爵令息として平穏に過ごしていられるのも、常識を改革した初代皇帝のおかげなのだ。


 世界を進められるのは、人々の勇敢な意志のみ。


 歴史を振り返れば、同時に落胆もするだろう。長い歴史を経て、たったこれしか人の社会は理想へ向けて進んでいないのかと。絶望を覚える者がいても無理からぬ歩みの遅さだ。それも否定できない。


 しかしそれでも、理想の世界は先に進んだ未来にしかない。そして理想のために動かなくては進まない。


(人の一生は短く、肉体も精神も強いとは言えない。自分の代で劇的な変化を望む方が無謀だ)


 皇帝がそれを成し遂げたのは、神の助力があってこそだ。

 それよりは、望む未来のための礎となる土台を、僅かでも積み上げた方が建設的だろう。


「次の後釜は、貴方ぐらい現実主義者にしてくれよ」

「ほう。先達を気遣うことを覚えたか。結構結構」

「物事を都合のいいように解釈すると、失敗するぞ」

「多少は己に都合よくも考えんと、精神も参るじゃろう。物事は何でも、適度という均衡が必要じゃ」


 まったく応えた様子を見せず、アイリオスは飄々と言い放つ。本心かどうかはともかく、心配はいらなさそうではある。


「さて。進捗も確認できたことじゃし。儂は次の仕事に移ろうかの」

「期待に添えていたようで何よりだ」

「うむ。本番もよろしく頼む」

「ああ」


 とはいえエルデュミオが参加するのは街中でのパレードのみ。その後は地下のローグティアへと向かう予定だ。


 そろそろ他国のローグティアを巡っているアゲートや、ツェリ・アデラへ行っているシャルミーナや裁炎の使徒から報告が届く頃だろう。


 上手く運んでいることを願うばかりだ。




「お帰りなさいです、エルデュミオ様」

「ああ、戻った」


 屋敷に帰ってリーゼから声を掛けられるのにも、大分慣れた。

 使用人の前で愛称で呼ぶなと修正させてから、ようやくリーゼが間違えなくなるぐらいには。

 もっとも態度は変わっていないので、然程意味はないかもしれない。


 要求すればリーゼが応じるのは分かっていたが、エルデュミオは悩んだ末、そのままにすることにした。


 本物の敬意がないのが虚しいとか、そういった理想を求めての判断ではない。何となく嫌だったというだけの個人感情だ。


「順調です?」

「まあ、そうだな」


 スカーレットの協力の元、アゲートが付けるという目印を捕らえる練習も済んだ。彼ら神人の言う通り、やろうとすれば容易い。ローグティアは自分たちと『同じ』であるエルデュミオの意思を拒まないのだ。

 この分なら、予定通りの演出を行えるだろう。


「じゃあ、丁度いいです。少し休みを取れないです?」

「取れなくはないが、何かあったか?」


 仕上がりが順調とはいえ、責任者が理由もなく休むのは望ましくない。勿論リーゼとてそんなことは分かって言ってきているだろう。


「エルデュミオ様も、一応町を把握しておいた方がいいのではないかと」

「一理ある」


 優先順位は高くないが、余裕があるならばやっておくべき提案だった。

 一日のほとんどを王宮か貴族街で過ごすエルデュミオだ。市民街には疎い。外周区なら尚更だ。


 そしてルティアは、外周区もパレードの道順の中に組み込ませている。

 当然、反対は多かった。心情的にはエルデュミオも反対だ。


 しかし国民の誰一人として見捨てないと宣言した王である。早速自らの言を覆すような真似はさせられない。


「ルティアらしい希望を押し通してくれたからな」

「ですねえ。非難されてたりしてないです?」

「勿論している。だが国としての指針をふらつかせる方が、他国に向けて格好がつかない。それにルティアも、皆が想像していた以上の負担を強いると分かっていて言っている。その上でされた命令だ。多少は不満も抑えられただろう」


 苦労を分かってくれる相手がいるだけで、心が慰められるときもある。


「時間も悪くないな。今から出るか」

「えっ。今からです?」

「昼間は許可を取らないと不都合が生じるが、今は私人だ。パレードが行われるのは昼間とはいえ、何かが起これば夜中に行動することもあるかもしれない」


 町は昼と夜とでは印象が変わる。いざというときに戸惑わないように、備えておくのは悪くない。


「幸い、今日は上司の長話に付き合っただけだしな」


 あとは執務室で書類仕事だ。体力的には問題ない。


「分かりました。じゃあ、行きましょうか」


 すぐに、というのに戸惑いを見せたリーゼだが、それも僅かな間だけ。たった今入ってきた玄関から、リーゼを伴って外へと出る。


 出迎えた使用人たちは、そのまま見送る人員となった。

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