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やり直し聖女の恩恵  作者: 長月遥
第六章 空と地で描く謀略戦
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「決まったか? なら、俺は早速楔を打ちに行ってこよう」

「道中で捕まるなよ」


 アゲート本人が捕まったら、ますます厄介になる。


「……気を付ける」


 一拍間が空いたのは答えを変えたせいだ。声が苦々しい。

 神人としてのプライドもあるだろうが、ヘルムートにあしらわれた記憶は新しい。忘却するほど都合のいい頭もしていなかった。


「じゃあ、ルティアの戴冠式は予定通りですね?」

「そうなる」


 正直放り出して動いてしまいたい気持ちはあるが、戴冠式すらまともに執り行えない状況などと内外に思われるのはよくない。ここは泰然と振る舞っておくべきだろう。


(何にせよ、方向性が定まったのにはほっとした)


 自分で意識していた以上に、次々舞い込んでくる事態に混乱していたのだろう。頭に考える余白ができた自覚があるので間違いない。


「スカーレット、アゲートとシャルミーナに支度金を渡しておけ。僕は休む」

「えっ、そんな、大丈夫です」

「国の都合で動くのだから、れっきとした経費だ。仕事に私財を使う必要はない」


 遠慮する素振りを見せたシャルミーナに断言。エルデュミオがシャルミーナに払う分も、国庫から出すつもりだ。


 シャルミーナも聖騎士を解雇されており、収入は途絶えている。わざわざ経済状況を圧迫することなどない。


「……では、ありがたくいただきます」


 先々のことや、確かに国の仕事であるのに思い直して、シャルミーナはうなずいた。

 アゲートは無言だった。スカーレットが机に通貨を並べて説明し始める。不安だ。


「お前、その様で今までどうしていたんだ。まさか盗みの犯罪歴まで加わらないだろうな」

「盗みはしていない。必要があれば金を使って贖った。まあ、あまり機会もなかったが」

「だったらいいが」

「ちなみに、その金はどこから調達したんです?」

「大地から呼び出せばいいだろう」


 人間には縁のない手段を、当たり前のように言ってくる。とりあえず犯罪でないのならいいと、エルデュミオは追及をやめた。リーゼも似たような顔をしている。

 席を立ち、応接室を後にすると私室へと戻った。


(ここで寛ぐのも、随分久し振りだ)


 近衛騎士団第二部隊隊長を拝命して、早数年。すっかり馴染んだ家は、やはり落ち着く。

 帰ってこられた事実もまた、その思いを強くしているのだろう。


(奇跡的だ。……いや、違うか)


 奇跡ではない。関わって、協力してくれた人々の善意や好意、期待。その積み重ねがエルデュミオの命と立場を護り、ここまで支えてくれて来た。


(大丈夫だ)


 どれだけ声高に叫び、前面を飾ろうとも、偽りは必ず剥ぎ取れる。

 最後に残るのは真実のみ。だからどちらの嘘が剥がされて追及を止められるか、そんな戦いだ。


 勿論、負けるつもりはない。




 一見平穏を保ったまま、日付は刻々と過ぎていく。


 晴れた青空の下、常ならば指導に当たる隊長格の大声や、剣や槍がぶつかる金属音が響く訓練場は、ここしばらく足音が支配している。


 五人七列を一グループとした集団が、一糸乱れぬ動きで行進していた。言うまでもなく、戴冠式典の一部に存在するパレードの練習だ。


「うむ。大分様になって来たのお」

「第二部隊にとっても数少ない晴れ舞台だ。真面目にやるさ。逆に、やらない奴には第二部隊に居場所はない」


 仕上がり具合を視察に来たアイリオスに、エルデュミオも隣で応じる。


「ルティア陛下の治世も本格的に動き出すことであるし。式典が終わったら騎士団長も決めたいところよ」

「貴方は平民の起用に積極的なようだが、フェリシスは駄目だぞ。貴族から候補を挙げろ」

「分かっておるよ。まだ早い」

「まだというあたりが不穏だが、分かっているならいい」


 外に目を向けなくてはいけない今、内側でアイリオスと揉めたくはない。ほっとした。


「お主は平民の起用に消極的なようじゃが、必要なのだよ。ストラフォードという国が腐りきらないために。貴族を監視する目と力を持つ実力者というものがな。正す者がいないと、坂を転がり落ちるごとくに腐敗していくのが国というもの。歴史を学ぶがよい」

「……貴方も相当人が悪いな」


 平民から起用された者は、宮中の利害関係への依存が薄い。なにより平民を自分たちと違う生き物だと見なす貴族とは、思考と常識そのものが違う。


 アイリオスは平民の支援者ではない。どこまでもストラフォードの貴族である。

 それでも才を認められて地位を得るのに益はあるし、悪いわけでもないだろうが。


「進退の話のついでだが。先王陛下はどうされている」

「今年の冬は越せないかもしれん。ルティア陛下はまだお若い。近しい血族として、貴殿にはよくよく陛下を支えてもらいたい」

「努力はするが。同じ悲しみはミュリエーラ様と分かち合うだろ」

「味方は多くて悪いことはなかろう」

「味方、ね」


 アイリオスの言葉を、素直に受けとめられずに皮肉気な口調になる。


 傍からでも、今のルティアとエルデュミオは親しく見えるということだ。否はない。ただ、胸を張って認めるには自信がない。


「信じることには、危険が伴う。それは否定せん。だが一人で成し得ることなどたかが知れている。貴殿と陛下は、そろそろもう一歩踏み込んでもよい頃じゃろう」

「……考えておくよ」


 互いが友であるという関係に踏み切れないのは、どうしたところで意見の食い違いが出る相手だと分かっているからだ。


 ルティアたちが望まないだろうことをする自分も嫌だし、それで彼女たちから責められるのは、想像だけで気が重い。

 だがそれらは、エルデュミオの防衛本能が勝手に備えているだけの想像だ。


(存外、ルティアは僕が考えているより強いんだろう)


 エルデュミオと意見がぶつかったとき。ルティアはきっと諦めない。


 議論であれば、互いに納得できる落とし所を見付けるまで粘るだろう。もし業を煮やして独断で動いたとしても、知った瞬間に邪魔をするように動き出す。今回のシャルミーナのように。


 エルデュミオはシャルミーナの行動を邪魔だと思っているし、シャルミーナもエルデュミオの妥協を認めていない。


 しかしそれで関係が変わったかと言えば、そうでもないのだ。拍子抜けするほど。


 リーゼも同様だと言える。彼女も以前と変わらず、エルデュミオの主義を認めていない。それでも理解して、共に居ることを選んでくれた。


 止めるために。もしくは助けるために。あるいは、泣く場所を作るために。


(ここまでされて、退いてばかりなのもな。それは慎重ではなく臆病というもの)


 だからアイリオスにした前向きな返事は、嘘ではない。

 声音からそれを察してか、アイリオスは目を細めてカカと笑う。

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