②何故か皆さん私を敬遠します。
おかしなことが起きてる。
エナちゃんにワイシャツのことを話した翌日から、私は学生に避けられている。
物凄く敬遠されている感じ。
廊下を通ると、勝手に端に寄って空けてくれるの。
中にはお辞儀してくる人もいる。
先日は先輩ぽい男子から「かすみさん! お疲れ様です!」て言われちゃって。
私の名前知ってる? 怖っ!!
あと離れたところから聞こえるヒソヒソ声。
「可愛過ぎん?」
「レベル高い」
「〇〇に似てなくね?」
見た目のことを話されるのは、高校生の頃から慣れてる。
祖母も母も昭和の働き方をしてた時は、顔採用で受付嬢やエレベーターガールをしてた。
加えて、物凄く面食い。
コイツの顔が欲しいと、狙った男から頂いたそうだ。
私には父親がいない。
ちなみに、妹とは父親が違う。
祖母と伯母と従妹含め計6人で暮らしてたの。
でもここは都会の大きな大学よ。
もっと可愛くてオシャレな女の子は沢山いるのに、パーカーとデニムとスニーカー姿で、日焼け止めくらいしか塗ってない私に反応しすぎ!
■■■■■
私はアパート近くのコンビニでアルバイトを始めた。
今日は講義の後、夜までバイトだった。
深夜帯担当は、近所に住むお爺さん。
私のことを孫みたいだと、優しくしてくれる。
「暗いから気を付けて帰りなよ」
「大丈夫です、近くのアパートなんで!
佐々木さんもお疲れの出ませんように」
「木下さん、駄目だよ。
若い女の子が安易に家の場所を教えたら。
今のは聞かなかったことにするよ」
佐々木さんは険しい顔をした。
「深夜に怖いことがあったら、ここに駆け込んできなさい。
家から一番近い交番はチェックしてるかい?
110番するか迷う時は、ここに電話しなさい。
ウチの電話番号は店長から聞いてるよね?
俺は元トラック運転手で、夜通し高速走らせてたから、夜は強いんだ。
ありがとうね」
佐々木さんの言う通りだなと思いながら、私は外灯で明るい道を歩く。
アパートのエントランスの明かりが見え始めた頃、私は気付いた。
人影がスマホを建物に向けている。
写真を撮っているように見えた。
ヤバい!
今、アパートに入らない方が良い!
私はスタスタとアパートと人影の間を進む。
チラリと見たけど、男のようだ。
背は165cmの私とあまり変わらない。
黒いウインドブレーカーを着てる。怪しい。
ドキドキしながら近くの角を曲がる。
時々振り返りながら、もう一度アパートに近付く。
人影はなかった。
サッとオートロックを解錠して中に入る。
廊下と階段は建物内にあって、私がどの部屋に入るかは外から見えない。
カンカンと2階まで昇り廊下に出た。
すると、廊下に男が1人立っていた。
黙って上階に行けば良かった。
その男は私の部屋の前に立っていた。
私の心臓は強く鳴り響く。
男がこちらを振り向く。目が合ってしまった。
とても背が高い。
先程のスマホ男と同一人物ではなさそう。
「もしかして、こちらの部屋の……?」
「いえ、知人です!」
咄嗟に嘘が出る。
長身男は不思議そうに私を見つめる。
「でも、お留守でしたよ?」
「鍵を借りてるんです!
疑うなら今ここで電話しましょうか?」
私はパーカーのポケットに手を入れ、スマホを握りしめる。
男は私とドアを何度か見た後、身体をこちらに向けた。
私はビクッと身体を震わした。
「ごめんなさい! 間違えていました!
ここ、まだ2階でしたね!」
男は上半身が床と平行になるくらい深々と頭を下げた。
「びっくりさせてごめんなさい。
あの、チャイム何度か鳴らしたんで。
知人の方にもお伝えください」
男は身体を低くしたまま私の横を通り、階段の方へ走って行った。
昇ろうとする姿が見えた。
私は慌てて部屋に入り、鍵をかける。
照明スイッチをオンにして、部屋の真ん中で座り込んだ。
そして深呼吸しようと試みる。
母か祖母か、110番か、バイト先か。
どこかに連絡した方が良いだろうか。
キッチン横にあるモニターホンのライトが点滅している。
留守中に誰かが訪ねてきた合図だ。
私は録画された画像を見る。
不審者みたいなら、警察に相談しよう。
録画は2件だった。
どちらも同じ人物で時間もほんの5分前だ。
先程の男がこちらのカメラを見ずに映っている。
怪しい様子はない。
友達の家に遊びに来てチャイムを鳴らして待っている。
私は少しだけホッとした。
念の為に、画像は残しておこう。
洗面所に行き、手を洗いながら考える。
このアパートは同じ大学に通う女子学生が多いと聞いていたけど、女子限定ではない。
だから男が出入りすること自体は駄目じゃない。
スマホ男も、ただエントランスを撮影していただけかもしれない。
このアパートは外観も内装もとても凝っている。
明かりが灯ったエントランスはまるでホテルロビーのように美しい。
大学には建築学部もある。
彼は学部生なのかもしれない。
とりあえず、近くの交番の場所は地図アプリでチェックしておこう。
私はスマホを触る。
ふと、もう一度モニターホンの画像を見てみる。
「この人、凄く格好良いなぁ。美形……」
私が母なら、きっと彼を部屋に招き入れてただろう、と思った。