①拾ったシャツを防犯用にしました。
「ワイシャツを忘れた!」
駅の改札口で母が言った。
「どっかで買って、外に干しときなさいね」
そう言って母は妹と一緒に駅のホームへ向かって行った。
私、木下かすみは今日から一人暮らしである。
来週から大学生活が始まる。
母達が手伝い、何とか引っ越しを終わらせた。
細かいところは生活しながら整えていく。
家事スキルは人並み以上という自信はある。
あとは防犯対策をしっかりすれば完璧だ。
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帰り道のコンビニに、ワイシャツは売ってなかった。
仕方無い。明日の買い物ついでに買おう。
一人暮らしをする私の為に、母は馴染みの客から服と靴のお下がりをもらってきた。
私の家に、男性がいるように見せかける為だ。
でもワイシャツだけ忘れてきた。
「大人の男がいますよって、アピールするのよ。
父親が出入りする部屋だって思わせた方が良いでしょ」
母は大きなスニーカーと革靴を玄関に並べながら言った。
私はアパートに到着した。
ゴミを出す時間を確認しようと、ゴミ置き場に向かう。
「あれ?」
ゴミ置き場の前に、キレイな紙袋が落ちていた。
深緑と紺色のストライプ柄でツヤツヤしている。
持ち手は金色のロープ。
「落とし物かな?」
私は紙袋を持ち上げ中身を見た。
中は白くてツルツルした布だった。
ビニール包装もなく、ざっくり畳んで紙袋に入っている。
私は取り出して広げてみた。
それは大きなワイシャツだった。
胸元にライオンとアルファベットが刺繍されている。
誰かが着た直後という感じはない。
しかし右肩に乾いた茶色い液体汚れがついてる。
「シミついたから捨てたのかなぁ?」
勿体無い。
シミ取りすれば落ちるかもしれないのに。
新しいの買えば良いって思ったのかな。
よし、じゃあこれは私が借りちゃおう。
私は紙袋にワイシャツを戻した。
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部屋に戻り、私は洗濯用石鹸でワイシャツについた液体汚れを落としてみる。
母と祖母は、私と妹にしっかり家事を仕込んでくれた。
妹は最低限しかやらないけど、私はのめり込んだ。
お金持ちの家の家政婦だった祖母は、家事の一流プロ。
私は師匠と仰いで、色々教わってきた。
その1つが洗濯と裁縫だ。
自分の手で、服が復活する瞬間が最高なのだ。
妹に利用されて、ボタンを縫いつけや、部活のお揃いフェルトお守りを作らされたけど。
タグを見て、漂白や脱水も大丈夫であることを確認する。
私はお風呂場で洗濯用桶にワイシャツを入れて洗った後、洗濯機で脱水した。
一人暮らし始めての洗濯が、防犯用ワイシャツであることに、私は苦笑いした。
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新学期。
私はスマホを確認しながら講義室に入る。
この講義は学生番号順に席が決まっている。
自分の席に向かうと、隣に他の子が座っていた。
派手過ぎず、地味過ぎず。話しやすそうだ。
「おはよー」
「あ、おはよー」
印象悪くない。てか、凄く可愛い子だな。
「もう、サークルとか決めた?」
色々話をしていく中で、通学時間の話題になる。
「親が厳しくてさ。
片道2時間かかるのに、実家から通学してるの。
1限目スタートも多いのに、泣きそう」
エナちゃんは笑いながら言った。
「かすみちゃんは一人暮らし? 学生寮なの?」
「私はカレー屋さん近くのアパートだよ。
歩いて来てる」
「てことは、メゾン・ラビット?」
「え、そうだけど。知ってるの?」
「あ、うん。友達もそこに住んでて……。
ねぇ、知ってる?
あのアパートのベランダにライオンのロゴが入ったワイシャツがかかってる時があるんだって」
エナちゃんは前のめりで話してきた。
「あ、そうだね。たまに洗って干してるから」
「じゃあ、そのベランダってかすみちゃんの部屋なの?!」
エナちゃん、声大きい!
近くの席の人もこちらを見てる。
「そうだよ。
たまに来るから、洗濯してるんだ……」
ここであれは防犯用って言ったら防犯の意味ないもんね。
男子も見てる訳だし。
エナちゃんには後で本当のことを言おう。
「へぇ〜」
エナちゃんはジロジロ私を見ながら呟いた。