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君と僕が捧げる時間

作者: 永季想現

 黒い電車が走っていく。

 発車音も聞こえない駅から離れた向かい。純喫茶の窓越しに電車を見ていた。

 別に電車が好きというわけではない。興味もない。今走っていった電車の名前すら知らないし、知る気もない。

 それでも、見ていたのか彼女を待っているからだ。

「ブラックコーヒーです」

 店主のお爺さんが机にコーヒーを置くと、コーヒーの芳ばしい香りが鼻をくすぐった。

 老夫婦で営む年中無休の純喫茶。大人数は入れない木造の飾り気のない店内。天井に吊るされた蕾を型どったような照明器具は、むき出しでは明るすぎる光を見事に柔らかくしている。流れる音楽は聴いたこともないが落ち着く。

 和む。

 コーヒーと付け合わせの豆菓子食べゆったりと過ごし、時々窓の外を見る。

 白い電車が走っていった。

「そろそろか」

 平日のこの時間はほぼ毎日変わらない。

 17時半頃にこの純喫茶に入り窓際の席でコーヒーを飲みながら彼女を待つ。黒い電車、次に青、次に白い電車が到着して3分ほど経つと彼女が現れる。おおよそ18時。

 日本の電車は正確で時間を守る。時計を見なくても時間が分かる。誇るべき日本の凄さだ。

「ごちそうさまでした」

 お会計を済ませ店の外で待っていると、彼女が手元で手を振り向かってきた。

 少し薄い黄色人種らしい肌の色に、茶色で艶のある肩まで伸びるストレートヘヤー。白いカットソーのシャツと黒いタイトスカート。服はビシッとして化粧も綺麗。毎度の事ながら仕事帰りにしては整っている。 

「お待たせ」

 そういう彼女はいつも笑顔だ。

「お待たされ」

 いつもの返事。

「それじゃ、帰ろっか」

 そして、いつも通り彼女を家まで送り届ける。



「昨日のニュース見た?」

「あの番組面白かった」

「この動画にハマってる」

「そろそろ秋だね」

 なんてことない会話をしながら、夕日が落ちていく商店街をいつも通り並んで帰る。

 夕暮れの商店街は特に活気があるわけでもなく、年中シャッターが閉まったお店も目立つ。季節感を感じるのは通りの街灯に地元スポーツチームの旗を掲げているときくらいだ。

 それでも2人で歩く商店街は楽しく、代わり映えしない店の商品をなんとなく覗いてみたり、ちょっと買い食いしたり、まるで学生の恋愛のような初々しい時間。


「じゃ、また明日」

 手を振り家に入っていく彼女に手を振り返し、ドアが閉まるまでその姿を見届けた。

「ふぅ」

 瞬間、少し息が漏れた。

 彼女と過ごしている時間は楽しい。だけど、送り届けてから自分の家に帰るまでのこの時間が嫌いだ。

 駅から彼女の家まで40分。その後自分の家まで20分。余計なことを考えるには十分すぎる。

 付き合って1年は経つ。同棲も良いんじゃないかと伝えたが、結婚まではしたくないと断られた。なら、結婚と言いたかったが結婚できるほど生活に余裕もないし、さすがに早い気もしてる。

 彼女は僕と居たくないのか? そんな思考に気持ちが引っ張られる。

 些細な不安は幸せを不満に塗り変えていき、その時は楽しんでた純喫茶の待ち時間すらも不満に入れようとしてしまう。

 そんな自分の心の狭さとか、色々向き合ってしまうこの時間が嫌いだ。自分が、イヤになる。



 臨時休業

いつもの純喫茶の入り口に、縁をピンクで塗った年代を感じさせるデコレーションした紙が貼られていた。

 年中無休とはいえ、何かあれば休むこともある。当然の権利だ。しかし、その理由が"夫婦でデートに行きます"となっては驚いたような微笑ましいような。

 とはいえ、困った。

 純喫茶で待つのがいつものパターン。こうなったのにも理由がある。

 駅構内に並ぶ店で適当に時間を潰して彼女が来るのを待つと最初は言っていたのだけど、彼女から申し訳ないからゆっくり出来るところで待ってほしいと言われ、探し当てたのがあの純喫茶。

 それからも時々駅構内で待っていたときは、どこか嫌そうというか目が合わないというか、気持ちがどこかにいっており、純喫茶で待つといつも通り嬉しそうにしてくれるのでそこが定位置となった。

 なんというか、結婚したら尻に敷かれそうだ。結婚できるなら喜んで尻に敷かれるけども。

 そんな妄想を写すように、純喫茶のガラスに嬉しそうなやれやれ笑みが浮かんでいる。こいつはどうしようもない奴だ。


 ホームの階段から降りてくる人が見える。……位置にある駅構内の本屋で待つことにした。

 適当な雑誌を立ち読み顔を隠し、サプライズ風味にするため純喫茶のことはSMSで伝えなかった。

(今何時だ)

純喫茶では電車が時間を教えてくれるが駅構内ではそれが分からない。テツヲタなら分かるのだろうけど、聞きなれない発射音だけで時間が分かるほど電車に興味などない。

 仕方がないのでスマホを取り出し画面を見た。

 17時40分。

 まだ20分もあるのかと落胆気味に画面を見ていたら、ホームの階段から彼女が降りてくるのが見えた。

(あれ? なんで)

 今日は早かったのだろうか? いや、日本の電車は正確だ。もし遅れるような事があったとしてもここは駅構内。嫌でもアナウンスが聞こえるはず。

 戸惑い思わず思考に耽ってると声をかけそびれた。だが、そんな僕に気付かず、彼女は駅の出口とは反対側に向かっていく。

 気持ちがざわつく。純喫茶までの時間を引いて15分程度。もし毎日これ程早く来てるのなら、なにか理由があるはず。これだけ時間があるなら早く合いたいと僕なら思う。

 もしかして……

 そこで思考を遮断した。

(なに考えてるんだ……僕は) 

 最近不安になり過ぎてる。別に気にするほどの時間じゃない。15分でやれることなんて無いに等しい。きっと僕が純喫茶でゆったり過ごすように、彼女も仕事帰りの疲れを癒せる場所で過ごしてるに違いない。

 適当な理由で納得させ本屋を出たら彼女が入り口に向かう姿が見えた。

 そこで自分の浅はかさを思いしる。

 そこにいた彼女はいつも通りだった。

 思い返すとホームから降りてきた彼女はいつもより顔色が悪く疲れて見えた。服は電車で揺られたからか着くずれていたし、ビシッとした彼女の印象とは少し違う。

 彼女は毎日僕に合うための準備をしてくれていたのだ。 

 それに引き替え僕はどうだろうか? 毎日何の準備もなく純喫茶でボケッとコーヒーを飲んでいるだけ。彼女の努力に気付くこともなく、帰り道の時間に不満をもち、今日に至ってはあらぬ想像まで……

 僕はすぐに走り出した。


「お待たせ」

 いつも通り純喫茶の前にいる僕に、彼女がいつも通りの笑顔で言う。

「お待た、され」

「息切れてるけどどうしたの?」

「いや、ちょっと、喫茶店で臨時休業で、ここら辺少し回ってたら、遅くなって」

「そっか」

 ふふんと笑い、

「それじゃ、帰ろっか」

 いつも通り彼女は言う。

「せっかくだし今日はどこかに寄ってかないか」

「え、いいけど。珍しいね」

「今日はそういう気分でさ」

 少し驚きつつも嬉しそうな彼女に僕も嬉しくなる。

「どこに行く」

「そうだな~~~」

なんてことない会話を交わし2人並んで帰っていく。毎日変わらない帰り道。


「じゃ、また明日」

 いつも通り手を振り家に入っていく彼女。手を振り返し、ドアが閉まるまでその姿をいつも通り最後まで見届けていると--

「いつも送ってくれてありがとうね」

 ドアの隙間から彼女が飛びっきりの笑顔を向けてくれた。

「やりたくてやってることだから」

 笑顔で返し、ドアが閉まる。

「帰るか」

 いつの通りの帰りの道。いつもと違うのは、この帰りの時間が嫌いじゃなくなったことだ。

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