・トランプラフ・ 読切版
銘尾 友朗様主催『冬の煌めき企画』投稿作品です。
トランプで遊ぶ男女の物語です。
本当にそれだけです。
過大な期待はせずにお読みください。
夕日の差し込む教室。山城華澄は一人でぼんやりと黒板を見ていた。
ヘッドホンから流れる曲は、もう何周したか分からない。それでも椅子から腰が離れない。
「はぁ……。帰りたないなぁ……」
ぽろりとこぼれる言葉。誰も聞くはずのない言葉。
「何や、お前暇か」
「!」
誰もいなかったはずの教室に響く男の声。
華澄が驚いて顔を上げると、入口から入ってくる同い年位の男子と目が合った。
「暇やったら俺と遊ばへんか」
「遊ぶ……、え……?」
近づいてくる男子に、警戒と恐怖の色を露わにする華澄。
「あ、遊ぶって、何……」
「高校生の男女の遊びゆうたら決まっとるやろ?」
男子はにやりと笑い、堂々と宣言した。
「トランプや」
【・トランプラフ・】
「さって、何にするかいなぁ」
華澄が戸惑っている間に、男子は目の前に座り、荷物からトランプを取り出した。カードをシャッフルし始めたところで、ようやく我に返った。慌ててヘッドホンを耳から外す。
「え、な、何で急にトランプなん?」
「お前暇やろ?」
「ひ、暇とちゃう」
「こんな時間まで教室で音楽聴いとるだけなのにか?」
「う……」
教室の窓から差し込む日差しは、既にオレンジに染まりきっている。
その光が照らす華澄の机には何も置かれてはいなかった。
口ごもった華澄をそのままに、男子はカードのシャッフルを続ける。
「とりあえず『ババ残し』やるか」
「え、『ババ抜き』とちゃうの?」
「ほとんどルールは一緒や。ペアになった数を捨てていく。ただ勝つのは手札をなくした奴やない。最後までババを持っとった奴や」
「えぇ?」
「ほなカード配るで」
「う、うん……」
華澄はとりあえずカードを受け取り、戸惑いながらもルールに従ってカードを処理していく。
「さて一通りカードの整理ができたな。ババは今んとこお前んとこか」
「な、何で分かったん? エスパー……?」
「んぐっ! え、『エスパー』て……」
華澄の一言に吹き出す男子。しばらく肩を震わせる男子の様子に、華澄の顔が赤くなる。
「二人でやっとるんやから、俺が持っとらんかったら自分のとこに決まっとるやろ。自分おもろいな」
「うぅ……」
「さて順番やな。最初はグー! じゃんけんポン!」
「あ、負けた……」
「よっしゃ! 俺からもらうで!」
「ど、どうぞ……」
華澄が差し出したカードから、男子は真ん中を引き抜く。
「だー! 数字か! 普通のババ抜きの感覚でど真ん中に入れとると思ったんになー!」
「じゃ、じゃあ次、ウチ……」
男子の派手な悔しがり方に若干引きつつも、華澄はゲームを続ける。
「ま、ババは持っとるんやから、どれ引いても外れやで」
「う、うん……」
ペアを捨て、手番は男子に移る。
「さて次や。……お」
「あっ」
男子の手には見事ババが握られていた。
「よっしゃ! ババもろたで!」
「と、取られてもた……」
「さぁどんどん引いてけや」
「……っと。……うぅ、また数字や……」
「俺はこれ引いて……。さて、俺は残り二枚や。さ、どっちを引く?」
「う……、こ、こっち」
華澄が引いたのは、
「俺の勝ちや!」
ハートの2だった。
「ま、負けてしもた……」
「よっしゃもう一回やるで!」
「え、う、うん……」
有無を言わせぬ男子の勢いに、華澄は頷くしかなかった。カードが再び配られる。
「おっと、またババはそっちみたいやな。カードを整理して、っと、あれ?」
「あれ? これ……」
お互いがペアの数字を出していくと、華澄の手元にババだけが残った。
「うっわ天和かいな! ついてないわ!」
「……てん、ほー?」
「あ、麻雀知らんか」
耳慣れない言葉に理解がついていかない華澄に、男子が補足をする。
「麻雀でな、配られた時点で手が揃っとる、めっちゃレアな手のことや。くっそー、マジかー!」
「う、ウチの勝ち……?」
「せやで。あー! よりによってこんな負け方あるかぁ?」
「わぁ……」
手の中のジョーカーをきゅっと握る華澄。
「せやけどまだこれで一勝一敗や。次でケリつけるで!」
「う、うん……」
華澄のカードを戻し、シャッフル、再配布。
「さて、今度はよぉ切ったからな。次こそ天和はないで!」
「え、えっと……」
「あ、勝った方から引くから、自分から引いてや」
「う、うん。あ、数字……」
「自分がババ持っとるんやから当然やろ。さ、ババもらうで」
「……ん!」
「残念、数字や。……俺な、この『ババ残し』好きやねん」
「え?」
「ちゅーか『ババ抜き』が好かん。一枚だけ皆と違うとる奴を、仲間外れにして押し付けあうっちゅーのが気に入らんのや。さ、引いてや」
「……」
華澄はペアになったカードを無言で捨てる。
今はカードよりも男子の言葉の続きが気になる。
「確かにババは他のカードとは全然ちゃう。せやけど一枚だけの特別だからこそ、ゲームによっては一番強なったり、何にでもなれたりするんや。他と違うてることは、別に悪いことやないってことや」
「!」
「自分とちゃう奴は、自分にないえぇところを持っとるっちゅーことや。除け者にするより仲間に入れた方がえぇと思うんやけどな」
男子の言葉に、華澄の頬が少しだけ緩む。
「……うん……。せやったら、ええな……」
「何を笑ろてんねん。えぇのか? そんな余裕で」
「え?」
「俺にはもう今どっちにババがあるか、分かっとんねんで?」
男子の意地悪い笑みに、緩んだ頬が強張る。
「う、うそ……」
「無意識なんやろうけど、片っぽのカードをちらちら見とる」
「う……」
「今更目ぇ逸らしても無駄や! つまりこれが……!」
男子がカードを勢いよく引き抜く。
「ババっちゅうことや、ってあれー?」
「……え、ババ、こっち……」
「嘘やろー? 抜かれたい方を見とると思ったのに……!」
「じゃあこれで、うちの勝ち……?」
「せや! 一勝二敗! 俺の負けや!」
男子の敗北宣言に、華澄の顔がまた少しほころぶ。
「お、おおきに……」
「せやけど、これで終わりと思わんことや!」
「え?」
カードを集めながら、男子が言い放つ。
「明日またリベンジや! 今度は別のゲームで勝負や!」
「え、えっと、あの……」
「おーぼえーとけー!」
トランプをしまった男子は、華澄の返事も聞かず、ギャグ悪役のようなセリフを残して教室から駆け出して行った。
残された華澄は呆然とするしかない。
「何やったんやろ、あの人……。あ」
最終下校の鐘。十分もすれば教師が見回りに来るだろう。
いつもならここでため息を吐きながら家路につくのが華澄の日常だった。
だが、今日は。
「……もうちょっとだけ」
ヘッドホンを付け直し音楽を再生する。何度も聴いたはずのその曲が新鮮に感じられるのはなぜだろうか。
「あ、名前、聞かれへんかった……」
親の離婚で越してきた街で、華澄の京言葉は随分と目立った。笑われたりからかわれたりする内に、華澄は人との触れ合いを避けるようになっていた。
それをあの男子は、トランプとちょっとおかしな関西弁でいとも容易く乗り越えてきた。驚いたし恐くもあったが、久々の触れ合いが楽しかったのも、否定しようのない事実だった。
「また明日、か……」
華澄の指が机をそっと撫でた。
胸の中に広がる、冬の寒空で見つけた焚き火のような温かな煌めきの名前を、華澄はまだ知らない。
読了ありがとうございます。
『読切版』とあるように、連載用に書いている作品でした。全五話位の。
ただ二話の途中位で止まってしまっていたので、このまま腐らせるのもあれだなぁ、とちょっといじって出してみました。
続きを読みたいという奇特な方がいらっしゃいましたら、おすすめのトランプゲームと共にお声かけください。そこで詰まってます……(笑)。