漫才「相方代理の誘拐劇」
(ツッコミが腕時計を見ながら焦っている)
ツッコミ「まだ来ないのかよ、アイツは……! もうネタ番組のオーディション始まるってのに……」
ボケ 「(走ってくる)大変ですよ、先輩!」
ツッコミ「おい! なんで連れてこないんだよ、アイツを」
ボケ 「ひどい下痢でトイレに籠もってて、出られないそうです」
ツッコミ「なんでこんな大事な日に!」
ボケ 「前祝いとか言って、昨日飲んでたからじゃないですかね」
ツッコミ「え? アイツ、酒飲めないぞ」
ボケ 「常温放置した一週間前の牛乳を2リットル」
ツッコミ「今は夏! なぜ飲んだ! しかも2リットル!」
ボケ 「ハッ! 待って下さいよ、もしかすると……ですけど、下痢の原因ってそれだったりしますかね!」
ツッコミ「俺って名探偵?みたいな顔で言うなや! 原因は牛乳確定だよ! チクショー! あ、そうだ! お前、俺と即席でコンビ組んでくれ!」
ボケ 「先輩と、ぼくが? え、ムリムリ。絶対ムリですよ」
ツッコミ「お前だってお笑い芸人だろうが。やってくれよ。俺たちのネタ、何回も見てるから覚えてるだろ。今日やるの、誘拐のヤツだよ」
ボケ 「だいたいの流れは分かりますけど、細かいセリフとか覚えてませんよ! それにぼく、アドリブとか弱いんで。緊張しちゃうんですよ……」
ツッコミ「先輩の頼みだと思って聞いてくれよ!」
ボケ 「後輩の頼みだと思って全力で断らせてください!」
ツッコミ「なんでちょっと偉い感じなの!? なあ頼むよ、前も遅刻してオーディション一回すっ飛ばしてんだよ、今度やったら事務所クビになるから」
ボケ 「あ! 先輩が一度クビになって、事務所に入り直したら、ぼくの方が先輩で、先輩が後輩ってコトになりますか…?」
ツッコミ「マウント取ろうとすんな!(奥から呼ばれる)はーい! 今いきまーす!(ボケの手を引っ張り)いいから、来い! 最初は、例の挨拶からスタートだからな! ポーズ決めて、コンビ名を名乗るんだぞ!(笑顔で)はいはいどーもー、よろしくお願いしまーす。時代の寵児、ソーシャル・ディスターンス!」
ボケ 「……(ノリノリでポーズを決めているツッコミの横で、目が死んでいる)」
ツッコミ「(ボケを肘で突いて)えーとね、ソーシャル・ディスタンスというコンビ名でやらってますんで名前だけでも覚えてね、まー、仲良くやっていきましょー」
ボケ 「ディスターンス!」
ツッコミ「この流れで名乗ったら、俺と距離を取りたいのかって思われちゃうよね。うん、テンパッてるのは分かる、落ち着いていこうな。あのね、俺、一回さあ、誘拐犯ってやってみたいんだよね」
ボケ 「あの……警察に捕まるからやめた方がいいですよ」
ツッコミ「本気の忠告ありがとう!」
ボケ 「誘拐という犯罪は、身代金の受け渡しが逮捕されるポイントだと昔から言われていて、現代は科学の進歩によりネット銀行の振り込みなど直接受け渡しをしない方法もありますが、それでも警察はサイバー犯罪対策に力を入れているので身元がバレる可能性は大いに……」
ツッコミ「ガチの忠告! うん、これはね、ネタだから。お芝居の上での、誘拐犯だから。いい?」
ボケ 「それなら、まあ、かろうじて」
ツッコミ「かろうじてなの? まあ進めるよ。(電話を持つ手つきで)もしもし? いいか、お宅の息子を預かった。返して欲しければ一千万円の……」
ボケ 「ぼく、独身なんで、子供いないんですけど」
ツッコミ「お芝居だから! 子供がいるという前提でお願いします! 続けるよ! いいか、お宅の息子を預かった。返して欲しければ、一千万円の……」
ボケ 「息子じゃなくて娘じゃダメですか」
ツッコミ「息子にしといて! 先に進まない!」
ボケ 「成長した娘が花嫁衣装を着て、結婚式でその姿を見たぼくが泣くところまでイメージできてるんですけど、それでも息子にしろと?」
ツッコミ「そこまでイメージしてるんなら、娘一択しかないな! 分かった! 娘にしよう! それでいいから! いいか、お宅の娘を預かった。返して欲しければ、一千万円の……」
ボケ 「五人姉妹のどの娘ですか?」
ツッコミ「五人! 設定細かいな! えっと、じゃあ、長女でいいや、長女を預かった!」
ボケ 「長女はアメリカに留学中ですが」
ツッコミ「アメリカ!? えーっと、そんなら、ここはアメリカ! 日本じゃなくてアメリカが舞台の誘拐です! いいですか!」
ボケ 「うちの娘には護身術のために空手を習わせていて、黒帯も持っているんですけど、誘拐犯の人は空手何段なんですか?」
ツッコミ「話が進まん! もう……(オーディションの審査官から何か言われる)えっ? もう時間切れですか! マジですか~。(ボケに向かって)ボロボロだったの、お前のせいだぞ!」
ボケ 「だって、先輩がムリに……」
ツッコミ「え、合格ですか? ありがとうございます! このコンビで、本番でも頑張ろうな!」
ボケ 「丁重にお断りします」