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魂に刻まれているもの

 王家の歴々も有事の際には頼るという凄腕の占い師の予約が取れたのは、家族会議から一か月経ってのことだった。

 くれぐれも本人だけで来るようにと固く言いつけられ、リリーナは近くの路地で馬車を降りると一人で恐る恐る約束の場所へと向かう。


 そうと知らなければ気にも留められないであろう、何の変哲もない簡素な民家に見える建物の前に立ち、リリーナは深呼吸を繰り返した。

 頑丈な扉にしつらえられたノッカーを些か心許ない強さで叩いて返事を待つ。

 約束の日時は間違えていないはずだ。留守にしているとは考えにくい。

 ならばノックの音が小さくて建物の中の人物に聞こえなかっただろうか。

 もう一度強めにノックしてみるか、日を改めて出直すか迷っていると扉が音もなく一人でに開いた。


「えっ」


 リリーナは驚きのあまり、ノッカーを叩いた手と扉とを不思議そうな面持ちで交互に見やった。次に恐る恐る周囲を見回したが、リリーナの為に扉を開けてくれたと思しき人物の姿も見当たらない。

 これが魔術というものなのだろうか。

 存在を知ってはいても生まれて初めて目の当たりにする不思議な現象に驚きつつ、リリーナは静かに深呼吸を繰り返した。


 まさか扉が勝手に開くとは思ってもみなかった。しかし開いたということは入ってもいいという意思表示だろう。そう解釈すると、リリーナ一人くらいなら通れるほどに開いた隙間から中へと入った。

 また誰かがそうしているかのように扉はゆっくりと閉まり、静寂だけがその場に残された。


 中は薄暗い明かりが等間隔に灯された狭い通路が続いている。

 扉を開けた時に奥の部屋が見えてしまわない為だろう。一本道だが大きくカーブする通路を抜けると、ドレープが美しいラインを描く厚手のカーテンが幾重にも張り巡らされた空間に出た。

 天井付近に浮く白い球体が照明のようだが、何を光源としているのかぼんやりとした淡い光を放っている。部屋には香が焚かれているらしく、不思議な匂いが立ち込めて雰囲気作りに一役買っていた。



 リリーナの顔を見るなり、肉感的な身体の線を強調するかのようなデザインをした濃い紫色のドレスを纏った占い師は、その妖艶な顔に笑みを浮かべる。

 室内の雰囲気と相俟って占い師の年齢は良く分からない。若い女性にも見えるし妙齢の女性にも見えた。ただ言えることは、ずいぶん美しい容貌をしているということだけだ。


「いらっしゃい美しいお嬢さん。どうやらずいぶんと面白い魂を持っているね」

「魂……ですか?」


 面白い魂、と聞き馴染みのまるでない言葉にリリーナは目を丸くする。

 思わず自分の背後を振り返ってみるが、魂など見えるはずもない。そんなリリーナの様子に占い師はますます面白そうに笑い、小さく手招きをした。


「ようく見てあげるから、怖がらずにこちらへおいで」

「は、はい」


 占い師の座る椅子の正面に置かれた椅子を示され、リリーナは意を決して近寄った。すると椅子は誰の手も触れてないのに勝手に動き、リリーナがおっかなびっくりで座ればちょうどいい位置に動いてくれる。


 扉の件と言い、彼女は魔術が使えるのだろうか。この国では魔力自体を持つ存在が非常に稀少であり、自らの意のままに魔術を使いこなせる存在ともなれば、その価値たるや計り知れない。

 なるほど確かに、王家に召し抱えられるに値する理由はあった。


 そうすると今度は、国家の生ける至宝ともいうべき存在が何故王城に住まわずに、街中で身を隠すように暮らしているのかの疑問が湧いて来る。

 だが今は彼女の事情をあれやこれやと詮索する場ではない。興味がないわけではないが、せっかく与えられた時間を無駄にしたのでは何の為に約束を取り付けたのか分からなくなる。

 それに、こうして詮索されることがいやで彼女は隠れるように住んでいるのではないか。少なくとも全く違う話を目的にやって来た、初対面の相手に話したいことではないだろう。

 そう思えば質問する気も失せて行った。


 占い師から見ると何が映っているのだろう。

 落ち着きを取り戻したリリーナは、テーブルの中央で存在を激しく主張する柔らかそうな紫色の布に主のごとく鎮座する大きな水晶玉をのぞきこんだ。

 もちろん、リリーナに特殊な何かが見えるはずもない。水晶玉の表面全体に歪んだ状態で映る自分の顔がそこにあるだけだった。


「先に話はある程度聞いてるけど、あんたの縁談が全然まとまらないんだって?」

「……そうです」


 声をかけられ、慌てて占い師に視線を向ける。

 改めて他人から言われると、自分の魅力のなさを指摘されている気がして恥ずかしく思えて来た。リリーナは占い師の言葉を肯定しながらも居たたまれない気分になった。


 いや、これまでの婚約者候補にとっては実際にそうだったのだろう。リリーナとの婚約がほぼ決まりかけていようと、より素敵な令嬢と巡り合えたからリリーナはふられた。それだけのことだ。

 それをさも自分以外に問題があると騒ぎ立て、占い師を頼るなんてお門違いも甚だしいのではないだろうか。


「まあ、そう自分を責めなさんな」


 まるでリリーナの心を読んだかのように占い師はテーブルの上に頬杖をつく。

 やはり彼女には何かが見えているのか。水晶玉の少し上の空間を優しく撫でさするように動かしては目を細めた。


「心配しなくても、お嬢さんに落ち度は全くないよ。美人さんだし、魂も綺麗だ」

「ありがとうございます」


 また魂について言及された。

 でも褒められたことには変わりなく、素直にお礼の言葉を返す。――魂を褒められたことなどないから、ひどく不思議な感覚ではあるのだが。


 占い師はリリーナの反応に満足そうに目を細める。

 何故だろう。

 今日が初対面のはずだが、とても気にかけてくれているような気がする。


「ああ、せっかく足を運んで来てくれたのにお茶も出さずにすまないね」


 普段滅多に客が来ることなんてないから。


 占い師はそう言いながら立ち上がった。座っている状態では気がつかなかったが意外と背が高い。と同時に、スタイルの良さが一段と強調されて思わず見惚れてしまう。


「すぐ帰りますから大丈夫です」


  リリーナが声をかけた時には、すでに占い師の姿は奥の部屋に消えていた。

 長居するつもりはなかったのに余計な気まで遣わせてしまった。リリーナは肩で小さく息をつき、そのまま部屋の中を見回す。


 部屋の中央に置かれたテーブル以外の家具は、香と思しき陶器の器が乗せられた背の低いチェストがあるだけだ。ほかに取り立てて目を惹くようなものは何もない。飾り気のまるでない状態を通り越して殺風景とすら言える。けれど不思議と、彼女はここで日々の生活を送っているという息吹は感じられた。


 奥からは柑橘類のそれだろうか。爽やかな匂いが部屋に焚かれた香に混ざって漂って来た。

 しばらくして、白いカップを二つとシュガーポットを乗せた銀のトレイを持って再び部屋へと戻る。カップの一つをリリーナの前に置いてから自分の椅子の前にもう一つを、そして中央にシュガーポットを置いた。


「どうぞ。安いハーブティーを自分好みにブレンドした茶葉だから、お嬢さんの口に合うかの保証は出来ないけどね。あと砂糖は好みでどうぞ」

「お心遣いありがとうございます。いただきます」


 占い師が腰を下ろすのを見届けた後でカップを手に取った。

 ハーブと言っていたが何の香りだろう。どこか異国情緒を感じさせる気がするし、少なくともリリーナの知らないフレーバーだった。砂糖は好みでと言われたが、入れない方が良さそうに思える。


「さすがに伯爵家のお嬢さんに毒を飲ませるような不遜な真似はしないから、そこは安心しておくれ」


 茶葉の香りを嗅ぐリリーナは、出された紅茶を警戒していると受け取られたらしい。

 リリーナはそのつもりはないと否定し、茶葉について尋ねた。

 自分でブレンドしたと言う割に占い師はあまりこだわりはないようだ。何かを思い出すようなそぶりを見せはしたものの、すぐに諦めたのか肩をすくめる。


「東国の茶葉が入っているのは覚えてるんだけどね。あとは……確かレモングラスも入っていたかな」

「そうなんですね」


 一口飲むと匂いだけでなく味も爽やかな飲み口だった。癖もなく心まですっきりと晴れて行く気がする。彼女なりにリリーナを気遣ってくれているのかもしれない。


 カップを両手で包み込み、中で揺れるオレンジがかった琥珀色の液体を眺める。

 何か話した方が良いだろうか。

 とは言え、何を話せば良いのか思いつかない。


 婚約が破談続きになっていることにリリーナの落ち度はないと言われた。

 魔力を持つ彼女なら、リリーナの未来すら視ようと思えば視えるのだろうか。

 でも、もしも視えるのだとしても、それを聞き出そうとするのはルール違反な気がする。


 未来を知りたいか知りたくないかと言われれば知りたい。だけど、自分自身の力では知りうる術のないことだ。

 それでも、婚約関係が円満に成立する日が来るかどうかを教えてもらうくらいなら。


 ふいに占い師が手を伸ばす。そして葛藤するリリーナの唇に人差し指をそっと押し当てた。

 まるでとっておきの秘密を話すような、楽し気な様子で口を開く。


「あまりもったいぶって困らせるのも可哀想だし結論から言うとだね。お嬢さん、あんたの魂には月の紋章が深く刻まれているから、魂に太陽の紋章を持った相手としか結ばれない運命なんだよ」



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