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夜のポンコツエルフ

 与一の後方で銀髪ハイウエストスカートのエルフが見下ろしていた。先に就寝したはずの彼女がなぜここにいるのかは謎だが、間違いなくアルメラだ。

闇夜に浮かぶ赤紫色の瞳、月明かりに照らされた白ユリのような可憐な姿。姿形は同じだが醸し出す凛々しい雰囲気は昼間の彼女とは全く違う。


 驚いた声音で口走った与一に対して、アルメラは傲慢な口調で語りかけた。


「質問したいのはこっちだ。どうして私を知っている?」


「知っているって……いやいやいや、今日はずっと一緒にいただろ」


与一が否定すると、アルメラは首をかしげる。とぼけているわけでは無いようだ。

望んだような答えを返してこなかった与一に対して興味を失ったのか、それとも大剣を持ったガンドムントを珍しいおもちゃと認識したのか、様子がおかしいアルメラは鍛錬のために剣を振るっていた剣士に興味の対象を変更した。


「知り合いならちょうどいい、私もたまには体を動かしたい。そこの剣士相手をしろ」


「……構わないが、竜殺しの剣とショートソードしかないぞ」


 ガンドムントが困惑しながら剣を彼女に見せる。明らかに対人用ではないことは明白だ。これでは子供のチャンバラにしかなりそうにない。


「困るなら私は木の枝でいいぞ」


アルメラは挑発しているのだろうが王国の騎士は気に留めない。どちらかと言うと変なやつに絡まれて困った時の表情をしている。初対面で奴隷やっています、などと言っていた相手がいきなり決闘の真似事を申し込んでくるのだから無理もないが。


「いいだろう少し相手をしてもらおうか。ちょうど与一に王国最強の騎士の実力を見せたかったところだからね」


「守護霊は無しでやろう」


「別に使ってもいいぞ」


「冗談、これでも王国最強の騎士だ」


 与一はアルメラが余裕のある表情で使用許可を出している守護霊とはなにか疑問に思ったが、それを聞く間もなくガンドムントが彼女にショートソードを投げ渡した。


彼女が剣を受け取り、刀身を確認すると、


「ひどい剣だ、守護霊に頼ってロクな使い方をしていないだろう。剣が泣いているぞ」


「……? そんなに刃こぼれはしていないはずだが?」


 ガンドムントが不審に思うのも当然だ。刃こぼれなど目視では確認できないのだから。


「それは貴様の腕が情けないからだ」


 ガンドムントの言葉を意に介さず、アルメラは刀身に息を吹きかけた。

 その直後、彼女の息を吹きかけた剣の変化を感知して超科学文明の人工知能が驚嘆する。


『し、信じられません……彼女の剣の素材の構造が変わっていきます』


「エンチャントだと……っ! 治癒魔法しか使えないと聞いたが」


「昼の私はそうだろうな」


 アルメラによる異次元のマジックに頭を強打されたような衝撃を受ける騎士と人工知能。一方で与一は、


「ごめん、違いが全くわからない」


「刀身が単結晶構造になりました」


「日本語で説明して」


「つまりとても丈夫になったということです」


 与一たちがいた世界の二千年代辺りでは単結晶構造の材料をジェットエンジンや医療用メスなどの耐久性や精度が要求される場面で利用している。


「はえー、すっごい」


 コリエルが与一に説明をしている最中にアルメラとガンドムントの戦いの火蓋が切られていた。


「つあっ!」


 ガンドムントがこれまで無数の魔物の血を吸ってきた大剣を振り下ろした。

 アルメラは強化されたショートソードで彼の剣を受けるが、すべての衝撃を相手にせずに外側へと流す。

かわされた大剣は地面に接触する直前でピタリと静止した。あまりの速さで彼の剣が暗闇に溶けていくほどだが、それでもまだ大質量の大剣を制御する余力があるのだ。

しかし、


「背中の傷は剣士の恥……だったかな?」


アルメラが人差し指で騎士の背中をなぞる。

 銀髪のエルフはガンドムントの視界から消え去ると同時に彼の背後に回り込んでいた。


「なっ!?」


 驚愕の表情を隠せない王国最強の騎士。


「一回死んだな」


「いつの間に背後に回ったんだ? 見えなかったぞ」


 闇夜に紛れて背後に移動するアルメラの姿は離れて見学していた与一でさえ視認できなかった。


「手加減はしなくていいぞ」


「くそお」


 アルメラに言われなくとも全力で大剣を振り回すガンドムントだが、横に縦に避ける彼女の身のこなしに翻弄されてかすりもしない。

 いくら大剣とはいえそこらの人間が扱う剣などとは比べ物にならない。人外と言えるほどの速さで斬撃を繰り出しているのだが、不幸なことに銀髪ハイウエストスカートのエルフはそれ以上の化物だった。


「大剣を使ってその素早さは感心だな」


「その余裕も今のうちだ!」


 強がるガンドムントだが、その姿はまるで猫に遊びでいたぶられるネズミだ。


「アイツこんなに強かったのか、なんで捕まってたんだよ……」


『これは本当にコスプレ監禁プレイ説が出てきましたね……』


「そこだっ!」


 ガンドムントの目が一瞬だけ光る。

 微かにスキを見せたアルメラを見逃さなかったガンドムントは殺気を込めた突きを放つ。

 反則ではあるが一矢報いなければ彼のプライドが許さなかった。

 しかし――


「――降参だ」


 ガンドムントの喉元にアルメラのショートソードが突き立てられていた。

 彼の突きは完全に見切られていたのだ。その事実に経験したことがない屈辱が王国最強の騎士を襲う。


「さすメラ」


 勝負は決した。与一はどちらも達人同士の域に達していたように見えたが、彼はそう思っていないようだ。


「くそおおおお」


 地面に拳を打ち付けるガンドムント。


「小回りのきかない大剣で決闘したのにそこまで悔しがるとは舐められたものだ、それを考慮しても人間としては素晴らしい腕前だ」


「お前本当にアルメラなのか?」


「私は私だ」


 与一に興味なさげに答えるアルメラ。彼女の関心は自尊心をズタズタにされた騎士にあるようだ。

 ガンドムントは気を取り直して、


「……取り乱してすまなかった。アルメラ殿、また腕をあげたらお手合わせをお願いしたい」


「まあ暇つぶしになるだろうからな、構わない。いつでも待っているぞ。貴様、名前は?」


「ガンドムント」


 その名を聞いてアルメラの眉がピクリと動く。


「なんだガンドムントか。それでは守護霊は使えないな。先代は元気か?」


「……? ああ」


 彼の返事を確認すると、口角をあげるアルメラ。


体を動かして気が済んだのか、少女は跳躍してホテルの屋根に飛び移った。

常識からかけ離れたアルメラの脚力を目の当たりにした与一は自身の目を疑う。コレも異世界のなせる技なのだろうか。


「おーい、どこへ行くんだ?」


「散歩だよ、朝には戻る。剣は少し借りる」


 そう言うと銀髪のエルフは単結晶化したショートソードとともに、その髪とハイウエストスカートをなびかせて夜の闇の向こうへと姿を消していった。


「あの強さなら大丈夫だろう」


「そうだな、眠いし寝るか」


『不思議な生物や魔法など信じられないことばかりでしたね』


「魔法が次元転移装置の代わりにならないかな~」


 様子がおかしいアルメラが気がかりではあったが、与一たちは各自の部屋へと戻り、異世界の夜と別れを告げた。


◆◆◆


 チュンチュンと縄張り争いでもしているのか、ベランダからけたたましい鳴き声とまぶしい朝日が与一の顔を撫でる。

与一がこの世界にもスズメが居るんだなぁ~、などと思いながら異世界の朝を迎えるために体を起こすと、柔らかい感触が彼の手に当たった。


「ん?」


 与一が豊かなさわり心地のする方へと視線を移すと、そこには乱れた銀髪と一緒に衣服がはだけたアルメラが寝息を立てていた。


「ぬおおおおお! なんでここにアルメラが?」


 ベッドから転げ落ちる与一。衝撃の度合いはドラゴンに襲われるよりも、魔法があることよりも、異世界に来てから経験したどんなことよりも大きい。


 そんなことなど知らずにアルメラが与一の叫び声で目覚める。


「ふあ~、おはようございます。って、あれ? なんでご主人様がいるんですか?」


「なんでって、ここは俺の部屋のはずだけど」


『早朝にアルメラが窓から帰ってきてそのままベッドに入りました』


 寝床の脇においてあったデバイスからコリエルが報告する。

 考えられるのは散歩から帰ってきたアルメラが膨大な部屋数のせいで自分の部屋がどこかわからなくなり、探すことが面倒くさくなったので与一が寝ている部屋に来た可能性が高い。


「……! あ、あはは~実はわたし寝ぼけてよく出歩くみたいなんです。恥ずかしい」


 自分のあられもない姿に気が付き、顔を赤らめながらさり気なく、気がついていないふりをして急いではだけた服を整え直し、ボサボサの髪を慌てて手で直そうとするアルメラ。


「昨夜は寝ぼけていたのか?」


『そうは見えませんでしたが……』


 信じられない出来事に幻覚でも見ているのではないかと疑う与一。すると彼の視界の端に昨夜のショートソードが置いてあった。

 与一は剣をアルメラに渡して確かめてみることにした。


「ちょっと剣に息フーってしてみて」


「……んん?」


 アルメラはなにを言っているのかわからなかったが、言われたとおりに剣に息を控えめに吹きかける。


「ふー」


 なにも起こらない。


『……なにも起きないですね』


「うん、ポンk……普通のアルメラだ」


「……?」


 のんきに首をかたむけるアルメラ。

 このままではラチがあかないので与一はこのポンコツエルフに尋問をすることにした。


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