氷のケモミミメイド
城下町に入った与一たち。馬車で通り抜けた市場は非常に賑わっており、森でアルメラが教えてくれたポチテの葉やコーケの実以外にも見たことのない色鮮やかな食べ物がたくさん店先で並べられている。そのほかにも見たことのない民芸品や屋台、それに武器防具やファーストフードの店が道の脇で並んでいる。まるで博物館を馬車で通り抜けているようだ。与一が思っていたよりは文化力が高い。
見上げれば石造りの大きな城が与一たちを覗いている。こんな景色は与一がいた世界でもなかなか経験できなかっただろう。
「おおー、なかなか大きな街だ」
「大きなお城ですねー」
新鮮な光景なのか、アルメラも感心してあたりをキョロキョロ見渡している。
「あのお城は国王、ジョン様の城だ。私はそこで親衛隊長をやっている」
「親衛隊に聞くのは気がひけるけど、評判はいい?」
「もちろん全員がいいとは言わないが他の国よりは良いと言われている。もっともその評判も王女様の美しさで支えられているのでまったく油断はできないけどね」
「ええ……」
国家規模のサークルの姫のお陰で国を運営できる。その事実に与一はめまいがするが、そのうち姫に彼氏ができてサークル(国)が崩壊しそうだ。
「最近は忙しくて姫さまの相手をしていられないので退屈しているんだ。だから土産に他の国の話をしてあげたくてね」
「なんだこんな優秀な騎士をもっているなんて姫さまは恵まれているな」
「そこまででも無いさ、巷では姫さま回収しナイトなんて言われているレベルだからね」
笑いをこらえようとするが吹き出してしまう与一。
ガンドムントも苦笑する。
「なんでそんなあだ名が付いたの?」
「脱走癖があるんだ。趣味の薬草学の研究のために森へ行くたびに僕が迎えに行くことになっていてね。さすがに最近は物騒だから森には行かないと思うけど」
『王女様が出かけるような場所まで危険な魔物が出現しているんですか、いったいなにが起きているんでしょう……』
流石に王女が危険な場所に行くとことを許されるとは思えない。ここ数日の間に何か大きなことがあったのだろう。与一たちはとんでもないときに異世界転移してしまったようだ。
「昨日までは大丈夫だったんだけど……原因はここら辺の魔物の頂点に君臨しているバフォメットと呼ばれる魔物くらいしか思いつかない。バフォメットは豊かな知性とありとあらゆる魔法を使いこなすここら辺では最強の魔物と言われている。ただ誰もその姿を見たものはいないから伝説の話だけどね。バフォメットの姿を見て生きて帰った者はほとんどいないから」
「誰も見たことがないのになんでいるってわかるんだ?」
「たまに森に入ると焼け野原になった場所があるんだ。そこには人間や魔物の焼けた骨だけが残っていて、バフォメットを怒らせてしまった者が焼き殺されているとみんな噂している」
火を噴くドラゴン、エルフの少女。この世界に来てから感じていた違和感がやっと気がつく与一。
「……ずっと気になっていたんだけど、やっぱり魔法があるんだよな、それにちらほら特殊メイクとは思えない格好をしている人たちもいるしな」
街を歩く人間の中に鱗や大きな牙を持った人型の生き物が平然といる。しかし、回りにいる人間は特に気にせず歩いていた。きっとこれが普通なのだろう。
『非常に興味深いですね』
「もしかしてアルメラも魔法とか使えるのか?」
「私は簡単な治癒魔法しか使えません」
しょんぼりとアルメラはシルクのような銀髪を揺らしながら顔を横に振る。
「治癒魔法しかって……十分すぎるだろ」
「ここは首都だから異種族も良く来るんだ、いろんな種族が見れるから酒場にでも行ってみるといい。いろんな魔法が使えるやつがいる」
「案外昔のファンタジーを作った人たちは別の世界に迷い込んでも戻ってきた人たちなのかもな」
与一たちが話していると、コリエルが石造りの道の下をスキャンしたようだ。
『地下に上下水道が通っていますね』
「ここでは魔法で水を引いているが君のところでは違うのかい?」
「魔法のおかげか、異世界の癖に生意気だぞ」
「魔法はこの国で生活していればわかるよ」
◆◆◆
「ここが国一番の宿か、すげええええ! どうやって作ったんだ」
与一たちがガンドムントに案内された宿は予想していた物より何倍も豪華だった。
大理石の床、開放感のある三百人は収容できる空間に受付があり、休憩用にきらびやかな装飾が施されたソファ、高い天井には大きなシャンデリア。数階建ての宿泊用の部屋がどこまでも続いており、王宮と言われても簡単に信じてしまう規模だ。
沢山の従業員が働いていて人間のサービスだけを見るなら日本のトップクラスのホテルと肩を並べられる。
「うわ~、すごいですね!」
心なしかアルメラの目もキラキラ輝いているようだ。
『お金がかかっていることが分かりますね』
「部屋は二人で一緒に泊まるかい?」
受付で手続きを行っているガンドムントが与一に聞いてきた。
「いや、二つでお願いします」
ガンドムントの財布を思うと与一の心がナイフで刺されたように痛む。こんな高級なところだとは思わなかったのだ。しかたない。
「大丈夫、経費で落とす」
「ホテルトレステーラにようこそ、お客様」
ガンドムントが受付を済ませると奥からメイド服を来た少女が現れて与一にお辞儀をした。
「彼女はイリス。なにか用があったら彼女に言ってくれ。君たちの専属メイドだ。ただ少し癖が――」
「うわああああああああああっ! メイドさんだああああああ!」
ガンドムントの声を遮り、喜びと驚きが混じった声で叫ぶ与一。
あでやかな栗色の髪と青い瞳を持った少女。長い髪を頭の後ろでまとめて凛とすましている姿は美しく、街に出かければ何人の男が声をかけてくるのか想像がつかない。
そして特徴的なのは彼女の頭にちょこんとついている獣の耳だ。与一が街で見かけた異人種と似ているが可愛さは比べ物にならない。
「耳! キツネ耳が付いてるっ! モフモフ!」
興奮が冷めない与一を呆れた目で見つめて、メイドのケモミミ美少女はとんでもないことを口走る。
「お客様、他のお客様の迷惑になるのでその汚い口を閉じてください」
「へあっ!?」
与一に衝撃が走る。いまの言葉は本当に彼女の口から出たのだろうか。
ガンドムントも額を抑えて困った顔をしている。
「こういう性格が好きな客もいるんだ」
「わかる」
与一が親指を立てる。
「気に入ってくれてよかったよ」
最悪の第一印象で始まったと思ったガンドムントも安心。その後も与一が色々と質問をするが口汚い言葉で罵られて終わる。コレが氷結魔法か。この世界は一部の文化力がカンストしているようだ。
すると執事服を着た初老の男がこちらに近づいてきた。
「おかえりなさいませ、ガンドムント様、お客様」
白銀の狼のような白髪と悠久の歴史を感じさせるシワを顔に刻み、低く渋い安心する声。迷彩服を着れば一流の兵士に、コック服を着れば三つ星レストランの料理人、スーツを着れば大企業の取締役をイメージさせる。
執事服を完璧に着こなした男はガンドムントに挨拶をすると、与一たちを見て深々とお辞儀をしてきた。
「やあセニオリブス、出迎え御苦労」
ガンドムントに会釈をすると、セニオリブスは目立たないようにフードをかぶっていたアルメラに微笑みかける。彼女がエルフだと気がついているがなにも言わないようにしているようだ。
「……ありがとうございます」
アルメラが小声でつぶやく。
「与一、彼は執事このホテルの執事兼支配人だ。困ったことは彼がほとんど解決してくれる」
「なんなりとお申し付けください」
「食事の準備はしてあるのでいつでもお申し付けください」
イリスに豪華な通路の奥へと案内され、与一はこの世界で初めての晩餐を経験することになった。
「見せてもらおうか、王国一のホテルの食事とやらを」