ポチテの木、コーケの実
「アルメラと言います」
銀髪エルフの少女、アルメラ。エメラルド色の瞳で与一を見つめて自己紹介すると、大切に育てられたことがわかる。立ち振舞や言葉の発音からかすかににじみ出てくるのだ。もっとも大切に育てられたせいで今の状態になっているのかもしれないが。
「かわいい名前だね」
「そ、そうですか? ありがとうございます……エヘヘ」
可愛いと言われ、照れるハイウエストスカートの少女。与一ににやけた顔を見られないように顔を伏せるがガッツリ見られている。どこか抜けていようだ。
そんな彼女の心中など気にもせず与一が自分の名を名乗り、アルメラに自身の相棒、コリエルを見せる。
「俺は与一。こっちが人工知能のコリエル」
『こんにちは、いつも与一のやらかしをフォローしています』
「コリエルの仕事を作ってあげているだけだから……俺がやらかさないとコリエルがニートになっちゃうから……」
与一が震え声で反論するが全く説得力がない。しかし本当のことだから仕方ない。
ちなみに与一のやらかしトップスリーを紹介すると。
三位、南極で遭難したが見事に生還した人たちをマネて、夏休みに手作りボートで南極から日本まで航海しようとしたが、そもそも日本が夏のとき南半球は冬だった。当たり前のように遭難して海の藻屑になりかける。
二位、世界一滞空時間が長い紙飛行機を実現するために衛星軌道上から地表に飛行機を飛ばそうとしたが、間違えて紙飛行機と一緒に大気圏に突入して流れ星になる。
一位、とある人物に憧れてアマゾンで生のまま川魚やカタツムリを食べる。ついでにカタツムリから分泌された体液を顔に塗りたくる。さらに現地で刺青に使われる染料、ウィトを体中に塗り、結果ナスみたいな外見になる。
逃げていった男の荷物を持てるだけ持って歩きだす与一たち。
「で、どっちに行けばいいの?」
『少し歩いて近にある川にそって歩けばおそらく街が見えてきます』
与一が道を聞くとコリエルが地面に光で矢印を表示した。それに従って進むと徐々に巨大な大木から背の低い木々へと景色が変わっていく。いつの間にか横に川が流れており、川幅はかなり広かった。川を横に往復するだけでも一苦労しそうだ。
歩いていると明らかに果実が実っている木が増えてくる。それも一つや二つではない、形が違う木の実が大量に与一たちの視界に入ってきた。
「それにしてもやたらと木の実が多いな」
「これはポチテの木です。葉っぱを食べるとパリパリしておいしいですよ」
与一がつぶやくとアルメラが近くの木に生えていた葉をもぎ取り、彼に渡してきた。用心して食べてみると薄く切ってフライされたじゃがいものような心地よい食感と共にちょうどいい塩味が口いっぱいに広がってくる。非常に美味で元の世界でもなかなか食べられるものでは無いレベルの高さだ。
「これ完全にポテトチップスなんだが……」
与一の手が止まらない。このまま放っておけばポチテの木が絶滅する。
『とりあえず餓死することはなさそうですね』
「しょっぱい物をたべるとノド乾くな。この川の水って飲めるかな?」
『お腹を壊すかもしれません、やめましょう』
与一がポチテの葉をむしる手を休めずに喉を潤すために川へ目を向けるが、コリエルが慌てて制止する。前科があるのだろうか?
「それならこっちの木の実をどうぞ、中に飲める液体が入っているので」
アルメラがまた別の木からヤシの実によく似た物体を与一に渡してきた。
「なにこれ?」
「コーケの実です」
木の実に穴を開けて中に入っている液体を飲んでみると、なんと甘い炭酸水だ。口内の油分を洗い流す爽快感、炭酸と一緒に弾けて鼻をくすぐる華やかな香り。元の世界にもある有名なあれだ。
「なにこれ、コーラだッ!」
『信じられません、すごい偶然ですね』
「ヤバいぞコリエル、ポテチとコーラがあるならもう元の世界に帰る理由の半分以上が消え去ったぞ……」
『そんなことで帰る理由が消えるんですか……もし私に目があったら泣いていますよ』
「ちなみにもう半分は異世界転移物を見ることだ」
『ええ……』
ずっと一緒にいて遭難を助けて、大気圏突入時に守り、アマゾンまで付き合って行き、何度も命を救った人間の執着する物がポテチとコーラと異世界転生小説だった時の気持ちはどんなものなのだろうか。かわいそう。
「いや、それもこの世界を支配してここの人間に書かせるか? タイトルは異世界にポチテの木をもって行ったら神とあがめられた件、とかどうかな?」
『ノーコメント』
かわいそう。
「そう言えばさっき言っていたコスプレってなんですか?」
黙々とポチテとコーケをむさぼる与一に忘れていた質問をこの機会に聞いてみるアルメラ。聞きたいことがあるのは与一たちだけではないのだ。
「ああ、コスプレってのは……なんて言えばいいのかな、まあ変な格好をして楽しむ遊びだよ」
「へ、変な格好……」
顔が引きつるアルメラ。変な格好がかなり心に刺さったようだ。ちょっと目に涙が浮かんでいた。
さすがに与一も気が付き、食べる手を止めて誤解を解こうとする。
「ああ、でも君はすっごくかわいいよ」
「あ、ありがとうございます。与一さんもかっこいいですよ! コスプレですね!」
可愛いと言われ、すぐにアルメラの表情はほころぶ。コロコロと表情が変わる銀髪のエルフはまるで子猫や子犬のようだ。
ふとアルメラにコスプレと言われ、自身の服を見た与一は気がつく。このままだと銀髪のエルフよりも目立つではないか、と。
「そうか、この世界の服を手に入れたほうがいいかもな」
代金は後で払うことにして、持っていた荷物からフード付きローブを借りて身につけた与一とアルメラ。フードは顔を隠すには十分な深さがある。これならアルメラの外見もそこまで目立つことはなくなるだろう。
「どう、コリエル? 似合ってる?」
『いい感じに厨二病が出てますね』
これで心置きなく町に入れるので、川に沿って深い森の中を明るいほうへと進んでいく。
どうやら彼女は植物に詳しいようだ。いろいろな木の実の種類を教えるだけで非常に驚く与一を見て気を良くしたのか、新しい果実が目に入るたびに得意げに与一に説明してくる。
植物の種類はバラエティ豊かで、一見するとなんの変哲も無いヤシの実の中に元の世界で言うカレーやチャーハンと非常によく似た果肉?が入っていたりするのだ。
ついに森を抜けて開けた場所と人が往来していそうな道を発見した。森で見つけた木の実を食べながら道を進んでいくと、そこでも自信満々のアルメラに与一は道端にあるいろいろな草木の種類を教えてもらいながらしばらく歩くと五、六階建てのビルくらいの高さの大きな石造りの城壁が現れた。
「結構街は近かったな」
『人里はもう少し距離があります』
城壁は人間用に使うには巨大すぎるが、森にいた怪物から防衛するためのものなら納得できる。
「いいか人間に変なことされたらすぐ言うんだぞ。すぐにそいつを蒸発させるから」
「いえ……そこまでは」
『大丈夫ですよ、人間が一人消えることぐらいどうってことないですから』
「なんでだろう、急に胸が苦しくなってきた」
歩いていくと門で道が遮断されていた。下から見上げればあまりの高さに首が痛くなってしまうほどの強靭な鋼鉄の門だ。
与一たちが見上げていると城壁の上から鎧を装備した男が顔を出してきた。
「そこの者、何者だ?」
「別の国から来ました。入れてください」
「特別通行証は?」
「無いです」
「じゃあダメだ、明日まで待て」
男はドラゴンが暴れまわる場所で野宿しろと言ってきた。
……殺す気か。