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やつはとんでもない銀髪奴隷エルフを盗んでいきました


 赤いレンガで作られた建造物、石造りの道で乾いた音を響かせながら歩いて行く人たち。

 いつ見てもほれぼれする、絵画の中に飛び込んだような街並みだ。

 与一たちはホテルからしばらく歩き、大きな噴水がある広場にでた。

 市内に数多くある噴水の中でも特に規模が大きく、空中に放たれる水が広場に虹をかけている。噴水の広場を中心にして四方へ大きな道が伸びており、道の両脇には食べ物や雑貨、武器防具などの道具を売っている店がところ狭しと並んでいた。


「さてギルドに行くか」


 与一がやる気満々で労働の苦しみへ身を投じようすると、腰に装備していたデバイスからコリエルが話しかけてくる。


『与一が働く。元の世界で聞いたらみんな泣きそうですね』


 与一の世界は二〇一○年代の人間が思い描く理想の社会となっている。

 貨幣経済はほとんどなくなり、人間はお金や欲望に縛られずに社会の承認を得たり、自分の人格を高めるために働く。


 一部をのぞいては。


「いや、働かないでいいなら働きたくない」


『泣きそう』


あまりの怠け心にコリエルが思わずゼロポイントエネルギーを使って水を生成しようとした。が、突然、与一は雑踏の中で足を止めた。


「ところで……ギルドってどこ?」


『場所を聞いていませんでしたね』


 隣で一緒に歩いていたアルメラが与一の顔を覗き込む。


「近くに人に聞いてみましょ――アイタッ」


 アルメラが誰かにぶつかった。いや、正確には誰かに体当たりを受けたのだ。

 思わず尻もちをついたアルメラが顔をあげるとそこには、


「おうおうおう! お嬢ちゃん! いてえじゃねえか。骨が折れちまったよ~。治療費よこせやっ!」


「「おおん、謝罪と賠償をしろっ!」」


「す、すみません……」


 そこには世紀末がお似合いな三人組がアルメラを睨みつけていた。

 キツイ視線を浴びせられ怯えるアルメラ。これはいけない。

 だが物事をポジティブに考えてみると、金銭を持っていそうな反社会的な人間が少女を威嚇している。そしてここは法の支配がおよばない異世界、与一たちは金欠。これは素晴らしい。

 未来の世界では犯罪など非常に限りなく少ないのだが、幸運なことに与一はアメリカの大都市で犯罪をして回る凶悪なゲームをやっていたので対処法は知っていた。


 つまり拳か鉛玉で話し合いを行えば良いのだ。


「お、野生の財布だ。捕まえなきゃ!」


『カツアゲは犯罪です。やめましょう』


 与一は心の中で鉛玉ボールを投げたがコリエルにはじかれた。

 長年の付き合いからか、与一がなにをしようとしたのか察したコリエルが止める。もはやどちらが犯罪者かわからない。


 だが敵をボコボコにする大義名分を得た与一は止まらない。

 いたいけな少女を怖がらせた男たちは日本国憲法第一万二千条に違反していることは明白。これは制裁が必要だ。

 財布、もとい世紀末三人組に一子相伝の暗殺拳を叩き込もうと思った与一だが、ここは人が集まる広場だ、暗殺拳を披露するには、ほんのすこしだけTPOへの配慮が足りていない。


「コリエルお前少し黙ってろ。アルメラ、ちょっとコリエルもってて」


「え、あ、はい」


 与一は困惑するアルメラにコリエルを手渡した。これで最低限の安全は保証できる。


「おい、おまえらちょっと路地裏まで来い」


「「「それはこっちのセリフだよっ!」」」


 与一が手招きをして、かかってこいと言わんばかりの態度に思わずツッコミを入れる世紀末三人組。いままで恫喝に抵抗した人間などいなかったのだろう。

 カウンターカツアゲをくらいかけているとも知らずに、与一にうながされるままに世紀末三人組は路地裏へホイホイついていってしまった。


 ポツンと一人と一個、残されたアルメラ。彼女はどうして良いかわからず、辺りを見渡してオロオロしている。すると、


「ご主人様大丈夫かな、どうしましょう――うぐっ」


◆◆◆


 ジメジメした細い道に連れ込まれてしまった三人組。背の高い建造物のせいで光が差し込みにくく、風通しが悪そうな裏路地。地面にはコケが生えており、気をつけなければ滑って転んでしまいそうだ。だがカツアゲの現場としては最高の舞台でもある。


「よう! にいちゃん、いいのか? こっちはナイフがある上に三人だぜ?」


 三人組の一人が気色悪い笑みを浮かべながら、腰に装備していた短剣をチラリと見せつける。しかし、残念ながらそれは脅迫にはならない。

 理由は犯罪ゲームで鍛えていたから? ちがう。最強の人工知能がいるから? それもちがう。

 なぜなら――


「財布が三つとか最高じゃないか。こっちは最高級ホテルに泊まるためのお金がほしいんだよ。コラっ! 財布出せ!」


「ふざけた奴め、おまえらやっちまえ!」


 青筋を立て、ナイフを取り出す三人組。我慢の限界だ。一斉に与一に飛びかかる。三人組よ、それは死ぬやつの飛び方だぞ。


「……おまえはもう死んでいる」


 ――与一は世界最強の武術、バリツを習得していたからだ。


◆◆◆


「こ、これしか持っていません……すいません」


 人が来ない小道で、顔が原型を留めないほど歪んだ男が与一に財布を差し出していた。地面に倒れ込んだ三人組の一人の前に座り込み、財布を奪い取る様子はまるでカツアゲをしているようだ。


 与一は男から奪った……譲り受けた簡易的な袋からコインを取り出し、枚数を数える。中には青銅貨や銅貨、銀貨がいくつか入っていた。ずっしりとした袋はいつも持ち歩くようには思えない。おそらく他の人間にもカツアゲを仕掛けていたのだろう。一般人から世紀末三人組へ、そして最後に与一の懐に。貨幣の集まり具合から世界の非情な食物連鎖の一部を目の当たりにしてしまったようだ。

 袋には思ったより多くの金銭が入っていたが、残念ながら与一にはどれくらいの価値があるのかはわからない。


「これで最高級ホテルに泊まれるかな?」


「ちょっときついかもしれません……それにしてもいったいどこでそんな武術を習ったんですか……?」


「ああ、これはバリツって武術。ハワイでじいちゃんに習ったんだ」


 バリツとはあのシャーロック・ホームズも使っていたと言われている日本の武術なのだ。実際強い。


「き、きいたことねえ」


「これに懲りたらカツアゲなんて野蛮なことはもうやめたほうがいいよ」


「……はい」


 カツアゲされたほうがカツアゲをするなと説教される矛盾。まれによくある。


 ふざけた名前の武術に打ち負かされたことが効いたのか、男は先に倒れた二人に続くように気を失ってしまった。安らかに眠れ。


「これでアルメラになんか買おうかな……ってアルメラどこだ?」


 コインが入った袋を片手に路地裏からアルメラが待っている広場へと戻った与一。予期せぬ臨時収入を得て爽快な気分で辺りを見渡すが、アルメラが見当たらない。 


「コリエル、アルメラどこ行った? ってコリエルもアルメラと一緒かよ……」


 困ったときのコリエルだが、与一はコリエルをアルメラに渡していたことを思い出した。

 これは困ったことになった。状況を整理すると、この世界には奴隷制があり、エルフなどの異人種が奴隷にされている。さらに銀髪のエルフは珍しく、それを広場に置き去りにしていたやつがいるらしい。今までのことを総合的に考えると、


「誰だかわからないが、奴らはとんでもないものを盗んでいったぞ」


 警察、と思ったがそもそもこの世界に警察などあるのだろうか、探そうにも道がわからない。

 万事休すか、困り果てた与一がウロウロしていると、誰かが話しかけてきた。


「……与一さん、どうしたんですか?」



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