猫を助けたと思ったらドラゴンに襲われている
「のぉぉぉおおおお!」
樹齢千年はくだらない大木が高層ビル群のように生い茂る森で、装飾されたこぶし大の石ころをもった少年が人間とは思えない速度で走っていた。それもそのはず、彼の背後からはナパーム弾に勝るとも劣らない炎を吐き出しながら追いかけてくる怪物がいるのだ。
逃げている少年がいた世界で高性能な乗り物に搭乗する際に着用するパイロットスーツを装着して、メラメラと燃える木々を避けながら疾走する。
大木の影に隠れて怪物が来ているか確認。どうやら逃げ切ったようだ――
――と、安堵して空を見上げるとよだれを垂らしたトカゲの完全上位互換が巨木に爪を立てて少年を見下ろしていた。
「あ、これ死ぬやつ?」
巨大なトカゲが口から灼熱の業火を吹き付ける。
『フォースフィールド展開』
少年が持っていた石ころが機械的な音声を発した瞬間、見えない力場が少年を炎から守った。
「ナイス、コリエル!」
怪物が吐き出した炎の中を力場で防ぎながら避難し、近くにあった大木の根本の洞穴に隠れる。
「はぁはぁ、なんでこんなことになってるんだっ!」
『与一が働かずに食う飯は今日もうまいぜッ! と言いながらバイクを飛ばしていたら、突然、道路に飛び出してきた子猫を助けるためにガードレールにぶつかり大ジャンプをした後、まぶしい光に包まれて再び周囲が確認できるころにはここに居ました』
「俺もそこまでは覚えている。で、外にいるやつなに?」
『……わからないです、あえて言うならドラゴン、ですかね?』
与一がコリエルと呼ぶ喋る石ころと会話をしているうちに、隠れていた大木がミシミシと唸り声を上げて倒れた。正確には唸り声を上げていたのはドラゴン(仮)の方なのだが。
ドラゴンが目の前で咆哮する。与一の足元にある小石が空気の振動で動くほどだ。
「なんでもいいからなんとかしろおおおお」
『了解、生命の危機と認定。ゼロポイント・ジェネレーター起動』
コリエルから青白い光が発生する。
「武器選定任せる! 撃てっ!」
同時に石ころをドラゴンへとかざすと、
一瞬、閃光が石ころから怪物へと放たれ、森の木々が傾くほどの爆発が起きた。
森が揺れ、爆発で吹き飛んだ木や何かわからないものが落ちてくる。
『目標、活動停止』
「停止、と言うか原型がわからないほど爆発四散しているんだが……」
『すこし威力が強かったようですね』
タンパク質が焼けたような匂いが漂う森で焦げた木なのか、ドラゴンの残骸なのかわからない物をかき分けながら小さな洞窟から顔を出す与一。
炎が回って来たので与一は歩き始める。
「で、ここはどこなんだ? ワープしたのか? それならもう一度ワープして帰ろう、コリエル現在位置は?」
たまに事故で別な場所に飛んでしまうことがあると、与一は聞いたことがあったのだ。
『わかりません』
「え? 新しい植民惑星に飛んじゃった? それなら空の星の配置を確認してここがどこなのかを――」
鈍い与一も嫌な予感を感じ始めていた。心臓がバクバクと暴れだし、嫌な汗が吹き出てくる。
『現在、ここは私のクリスタルメモリに登録されているすべての植民惑星の星空に該当しません。未知の惑星です』
クリスタルメモリ、コリエルに搭載されているメモリだ。性能は二千十年代のものとは比べ物にならない。圧倒的な容量を生かして元の世界の莫大な情報を、それこそハッキングから今晩のおかずまで対応しているのだ。
「っ! ええええええええ!」
『さらに悪いニュースを話してもいいですか?』
「な、なに?」
『先ほどから観測している物理定数が地球、いえ我々の宇宙と違います』
「つまりどういう事」
『つまりここは……別世界です』
「ぽああああああ」
体からは汗が、口からは魂が抜ける。
「帰ろう、今すぐ帰ろう!」
「その気になればまた別世界に行くことは可能かもしれませんが、元の世界にたどりつく可能性は限りなくゼロに近いです。元の世界に行けたとしても宇宙空間に放り出されて終わりでしょう。まずはちゃんとした時空転移装置が必要です」
「はああああ……今週のアニメはまだ消化してないのに」
『果たして生きて帰れるかどうか……』
「大丈夫、大人しく待っていればきっとじいちゃんがむかえに来てくれるはず……」
別の世界だろうが自分の世界は腐ってもシンギュラリティを経過してかなり立っているのだ、別に異世界だろうがどこだろうがちょっとコンビニ行ってくるわ、みたいな感じで迎えに来てくるだろ。と与一は考えたのだ。
しかし、
『ひとつ重要なことをいってもいいですか?』
「なんだよ」
『この世界は我々のいた世界とは違う、おそらく無数にある異世界、パラレルワールドです。今この瞬間もほんの少し違う世界が無数に枝分かれして生まれているはずです』
「だからなんだよ」
「つまり異世界に迷い込んだ私たちが今もたくさんパラレルワールドで生まれています。もし、おじい様たちが私たちを迎えにこようとした時、無数にいる異世界に迷い込んだ私たちの誰を助けるのですか?」
「――めろ」
手が震える。
『もしかするともう私たちによく似た別の誰かを救出しているかもしれません』
「やめろぉぉおおおおおお」
手に持っていたコリエルを目の前の木に投げつける与一。
『おそらく元の世界には私のコピーがいるのでそのような事はしないと思いますが』
「本当にそういうことは言うな! 泣きそうになるだろ!」
目に涙を浮かべ、ブチ切れる。
「なんとか私たちだけで帰る手段を見つけなければいけません」
「じゃあ人のいそうな場所までいくか」
与一は涙を拭い歩きだした。
『人がいるのでしょうか』
「道がある。宇宙人かもしれないがいないよりマシだろ」
与一が指差す先にかすかだが車両が通ったあとがある。
『とりあえず元の世界のマイナス百年くらいまでの文明レベルだと良いですね技術を渡しても扱えると思います』
「……」
与一が道の前で足を止めた。
『なにをしているんですか?』
「自動運転車が来るまで待ってる」
『車はありません』
整備されてない道らしきもの、人工知能にはこの世界に車が存在するとは考えられなかった。
「じゃあなにがあるんだよ」
『大きなトカゲ馬……がそこに、ついでに人も来ていますね』
道の先からガラガラと音を立てながら車両がこちらへ向かってくる。
かなりの速度だ。
「トカゲ馬……? まぁちょうどいいや、乗せてもらおう。おーい!」
コリエルが言う通り、二足歩行の馬くらいの大きさのトカゲがホロをかぶった馬車を引いていた。
与一が手を振り、止めようとするが、何か様子がおかしい。
目をこらすと馬車を操縦している男が何か口をパクパクさせている。
「――げろ――ぉおおおお」
「なんか言ってる」
『逃げろ、と叫んでいます』
「ていうか馬車に乗った人の後ろから追いかけてきてる変なのって、なに?」
『全長は約二十メートル、有翼飛行、大きな角が頭に二本、先ほどと同じように神話に出てくるドラゴンに非常に似ています』
ドラゴンが飛行しながら光沢のある鱗を輝かせ、馬車を追いかけている。今にも追いつかれそうだ。
「ちょ、チョちょっと、これはヤバいだろ! コリエル、ゼロポイント・ジェネレーターはちゃんと使えるか?」
『幸いなことにすべてのシステムが正常です。生命の危機が迫っていると判断したので、すべての機能が無制限に使えます』
「マジかよ、元の世界では一生使う事は無いと思っていたパワーが使えるなんて異世界転移も悪くないな!」
『使いすぎてこの惑星を破壊しないでください』
「わかってるよ。コリエル! ゼロポイント・ジェネレーター解放ッ!」
『ゼロポイント・ジェネレーター解放』
コリエルから光線が放たれ、ドラゴンを爆音と雷が落ちたのかと思う程の地響きとともに破壊する。
爆発で近くにいた馬車も吹き飛ばされ車輪がバラバラになったが、男性は生きているようだ。
……これは助けたというのだろうか?
「な……なにが起こったんだ?」
馬車から吹き飛ばされた男が目をパチクリさせながら周りを見渡している。
「なあコリエル、この化け物の肉って食べられるかな?」
与一が馬車へ駆け寄ると同時に腹がなった。
先程のドラゴンより力を調整できたせいか肉片が残っている。
イケるか? そんな考えが与一の頭の中を駆け巡り始めた。
だが現実はそう甘くないようだ。
『肉片を光学スキャンしてみましたが、未知の元素が検出されました。食べることは推奨できません』
「うーん……でも俺、今めちゃくちゃ腹減ってんだよね」
『正気ですか?』
「き、君達がドラゴンを退治してくれたのか?」
すすで汚れた男が震えながら目の前の与一たちに問いかける。
「そうだよ。あ、そうだ、おじさんにちょっといろいろ聞きたい事があるんだけど良いかな?」
「ドラゴンを一撃で倒すなんて――まさか宮廷魔導士なのか!」
与一が持っているコリエルを見て、男の顔が真っ青になっていく。
「いや、たぶん違いま――ってちょっとどこ行くの? おーい」
「私はなにもしていなああああああい!」
与一の問いかけにもまともに答えずにトカゲ型の馬に乗って逃げ去ってしまった。
「おいおい、行っちゃったよ……」
『ちょっと驚かせてしまいましたかね?』
「困ったな、荷馬車を置いて行くなんてうっかりさんだな」
周りには商品らしきものが散らばっている。お金に換算すれば安くはないだろう。
『せっかくですから持てるだけ持って届けてあげましょう。お礼にこの世界の事を教えてくれるかもしれません』
「さすがコリエル天才!」
善は急げと馬車の残骸から荷物を集めているとすすり泣く声が聞こえてきた。
「なんか泣き声が聞こえる――」
与一がホロで覆われた馬車の中を覗いてみるとそこにいたのは、
「うええええん誰かだずげでぐだざーい」
変わった耳の形をした銀髪の美少女だった。