8話
僕は思わず目を開けた。
すぐ前にミッキーの閉じた瞳。
(え? 僕、キスされてる?)
突然の事で、一瞬頭が回らなかった。
ぎゅっ!
ミッキーが強く抱き締める。
「あっ」
胸が少し圧迫されて、吐息が漏れた。
それは苦しさだったのだろうか、それとも愛しい人の想いに反応した為なのか……
無意識だったが、どうやら後者の様だ。
ヌルッ……
僕のちょっとだけ開けた唇の隙間から、柔らかく、温かいものが滑り込んで来た。
さっきの紅の味が直接舌に絡み付いてくる。
そのまま、さらに、もっと、絡み付いてくる。
口内いっぱいにミッキーが入ってきた。
舌先をくねらせる度、唾液が溜まってきて、溢れそうになる。
「んくっ、んくっ」
口の端から少し垂らしてから、仕方無しに飲んだ。
全然汚いなんて思えない。
いやむしろ嬉しいのかも。
もう、頭がぽうっとして、どうなってもいいって気持ちになる。
「「はあ、はあ、はあ、はあ」」
息苦しくて、一旦唇を離す。
そしてまた、顔を近づけ合う。
「愛、して、ぅ、ょ………ぁ、ぇ……」
小声で彼はまた囁いて、2人は唇を重ねる。
くちゅ、くちゅ………
(………ぁ、ぇ……)
んふ、んふ………
(……あ、え……)
んくっ、んくっ……
(……やえ……)
「!!」
気付いてしまった……
「嫌だっ!」
ドン!
僕は思わず、両手でミッキーを突き飛ばした。
「あ! ミ、ミチ!」
「そんな……そんなのって……」
胸が苦しい。
苦しくて、苦しくて、堪らない。
その場に力無く、くずおれてしまう。
「すまない! ごめんよ、ミチ!」
「ミッキー、違う、違うんだ」
涙が……
拭っても拭っても、どうにも涙が止まらない。
「ごめん、どうにも抑えられなくて」
ミッキーが必死に謝って来る。
「いいんだ、キスされたっていいんだよ」
「え?」
「だって、気持ちが乗っちゃったんだろう?
どうしようもなく、役に入り込めたんだよ」
「そ、そんなんじゃ……」
「僕はどうせ男なんだ。 わかってたさ! でも……」
「ミチ……」
「ミッキーは僕とキスしながら、ともかちゃんを見てた。
僕は、ともかちゃんの代わりなんだ……」
「違うぞ! そんな」
「ゴメン!」
僕は居間を飛び出し、靴も履かずに家へ帰った。
泣きながら走った。
泣いて泣いて、部屋に駈け上がり、布団に突っ伏して更に泣いた。
分かってた。
そう、最初から分かってた。
この恋は、ただ傷つくだけだって事。
それでも……
それでもあんまりだ。
少し前までの甘い時間が悪夢に変わる。
僕と唇を重ね、舌を絡ませ合いながら、心だけは別の女を見詰めていた。
悲しくて、悔しくて、情けなくて、泣けて、泣けて、胸が苦しい……
もう無理だ。
もう立ち直れない。
もう……
「ミチ! 誤解だ!」
「嫌だ! 来ないでーっ!!」
もう、ミッキーとは……
二度と目を合わせない。
読んでいただいて、ありがとうございます。
次話もよろしくお願いいたします。