7話
「ミチヨ……」
平川美紀男はボクの瞳をじっと見詰めた。
「ミキオ……」
ボク、国立満世はその熱い眼差しを受けとめて、
その次に来るであろう甘い恋の囁きを待った……
「ミチヨ、俺は、その、あの、なんだ、ほら」
「時間はありますわよ、御存分に」
「ミチヨ、俺、俺は、その、す、す、す……」
「ミキオさん、もうちょっと」
「す! す! 好! 好き」
「何? お声を大きくっ」
「す、す、す、好きだっ!」
「や、やっと言えた……」
演技の特訓というより、告白の練習を始めて1時間以上。
好きと言うだけで、1時間もかかってしまった。
この男に演技とはいえ、愛を囁かせるのだ。
ちょっとやそっとの事では上手く行くまいと思っていた。
だがまさか、これ程とは……
「………」
「なんだそのあきれ顔!
今度はお前がやってみろ」
人が疲れ果て、ぼうっとした顔にインネンを付けてきた。
「フン、余裕だよ」
自分が出来ない事を、他人も出来ないと思わないでよ。
「す、す、す、す、す、す、す、好、好き、だよ……」
「んぐ………お、おまえ、今のは、だめ、だよ」
「何でさ!」
「目ぇ見てないだろ、目を!」
「んぐ! み、見れるよっ。
わざとだもん! わざと俯いたんだもんっ」
「ほ~、そうなんだ」
「あ、当たり前だろ!」
「じゃあ、やってみろ」
「余裕だよ」
じいーーーーーーーーーーーーっ
ミッキーが見詰めてくる。
あううう……
見れないよう。
無理だ、無理無理無理無理、絶対無理!
「ミチヨさん、時間はあるぜ、御存分に」
ううう、さっきまでは平気だったのに。
意識しちゃうと、は、恥ずかしいっ!
でも、少しずつなら。
チラッ、チラッ
俯いた状態からちょっとずつ、何度かに分けてミッキーを見る。
つい恥ずかしくて、顔の下半分は手で隠してしまう。
「うっ、お前そんなの」
なぜかミッキーも照れている。
これなら長く見詰められそう。
じいーーーーーーーーーーーーっ
「お、おまえ」
じいーーーーーーーーーーーーっ
「お前、上目遣いって、きたねえぞ」
ああっ、ドギマギしてる。
素でドギマギしてくれてる!
う、嬉しい……
「ミッキー……
好きだよ」
本音が溢れちゃった。
「んんーっ!」
「ど、どうだい!」
「ま、まあ、なかなかやるじゃないか」
「僕の事より、ミッキーだろ。
折角好きって言えたんだから」
「ああ、もうちょいだな」
「あ! そうだ、ちょっと鏡台貸して」
僕は居間の隅に置いてある、おばちゃんの鏡台に座る。
口紅をちょっとだけ小指に塗った。
「ちょこっとだけ、口紅もらうね」
と、小指をミッキーに見せ、それを自分の下唇に擦りつけた。
鏡を見ながら上下の唇をくにくにと動かして、紅の濃さを調節する。
おばちゃんのだと濃すぎるからね。
実はこっそり、お化粧の練習をしていたのだ。夜中とか。
部屋では自分で買ったリップだけだけど、留守の時には母のファンデーションやチークも使う。
ちょっとでも綺麗になりたい。
無いとは思うけど、万が一ミッキーと、ちゃんとしたデートなんかに行ける時が来たら……
遠い街で2人腕組んで歩いても、ミッキーが後ろ指さされない程度には、女の子したい。
「どう?」
振り返ってミッキーに見せる。
「!!」
我ながらいい出来だと思う。
気合い入れたもん。
「ちょっとは綺麗になったかな?」
「あ、ああ、きれいだ……」
「じゃあ、今度は最後まで行ってみようか」
折角だから新鮮な気持ちで呼んでみるか。
「平川くん、キスしてくれる?」
「ぁ、ああ、分かった……」
ガバッ!
抱きしめられた。
「好きだ。愛してるよ……」
耳元で囁いたあと、そっと体を少しだけ離す。
「………ぁ、ぇ……」
小声で何か言ってくれたが、僕もぽうっとなって、よく聞き取れない。
顔が近づいて来る。
僕は思わず瞳をとじた。
ミッキーの唇の気配を、僕の唇の先端が感じる。
軽く何かが触れた。
(え?)
そのまま唇に柔らかい物が密着する。
(うそ……)
唇と唇が重なりあう。
僕は……
ミッキーに……
キスされた。
口紅以外では、ミッキーの3つ下の妹「いずな」ちゃんが居間に置いていたカチューシャを着けてます。
読んでいただいて、ありがとうございます。
次話もよろしくお願いいたします。