75話 くにたちみちよのおはなしのおわり
今回、最終話です。
あなたの心に何かを残せるでしょうか……
なんて、そんな大した話じゃない事はもうご存じですね。
ではではどうぞ、お楽しみに。
コミケも終盤となり、我がコスプレ部も稲月高校演劇部も、お互い同人誌はほぼ完売。
うちは更に稲高とのコスプレ戦でも勝利を得て、見事雪辱を果たしたのであった。
まあ、純粋にコスプレの集客で勝っていたのか、疑問の残るところではあるだろうが。
部の春コミ本とカヨ先輩の個人誌は完売。
過去本が数冊残ったけど、普通過去本は見栄え用で売れるのは度外視。
飾りのつもりの本までもが思いの外に売れてくれて、想定以上の大戦果。
過去最高益を更新である。
さて部の成果は置いといて、僕個人はどうだろう。
今回の個人誌は20部用意した。
B5のコピー誌で表紙は緑の厚めなケント紙。
これが予想以上に早く捌けて、気付いたら後1冊になっていたので慌てて引っ込めた。
保存用に取っとくのを忘れてたので。
それともうひとつ。
今回試しに並べた紙粘土で造ったスライム。
300円で5個あったのが即完売。
開場直後、僕となつきがプラカードを持ってお客の整理を始めたら、10分と経たずにカヨ先輩が飛んできて知らせてくれた。
今後の主戦力になるかもしれない。
とまあ、今回のコミケは色々と慌ただしかったのではあるが、結果としては快勝、大勝利って事なのだ。
「このあとの打ち上げの話なんだが……」
まだ終了まで時間はあるがもういいだろう、と帰り支度を進めていた皆に向かってダイヤ先輩が声を掛けた。全員の視線が先輩に集まる。
打ち上げは翌日のお昼開始って事が多いが、当日の夜に行う場合もある。
次の日が休みじゃない時が多いらしいが、今回は連休真ん中でも今夜の開催だ。
恐らくミッキーの参加でダイヤ先輩のテンションが上がって、次の日まで待てなかったんじゃなかろうか。
それくらいカズキのコスプレは先輩の魂に火を着けていたらしい。
「みんな、急な話だし、全くもって私の思い付きの発言なのだけれども……」
ダイヤ先輩はそう前置きをしながらも言い淀み下を向く。
一度言葉を止め、躊躇した様だがやはり思いきって口を開く。
「今回の打ち上げ、稲高演劇部の連中を誘ってみてもよいだろうか」
申し訳なさそうに、そう提案したのであった。
が、途端にカヨ&植先輩は泣きながらダイヤ先輩に抱きついた。
植野先輩は急いでその旨を先方に伝えに行く。
僕ら後輩3人は黙り作業を手際よく続ける。
とは言っても残るは掃除くらいだが。
「ダイヤちゃん……」
「大野ちゃん、いい顔してたからな。せっかくの機会だもんな」
「うん。ありがとう」
親友ふたり寄り添って、植野先輩の帰りを待っていた。
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大野さんの手を右は植野先輩、左手はともかちゃんが引っ張って……
片付け終わった僕らのブースに稲高演劇部の連中がやって来た。
大野さん、ともかちゃん、あと男女2人ずつ。
見知った女子は同学年の石井さん。あとの3人は新入生。
石井さんと新人の男子は舞龍と天馬として舞闘を披露していた2人だ。
コミケに参加していない部員も数名いるのだが、新人は全員参加してくれたそうだ。
うちは新入部員が0だから、存続の危険すらあるので羨ましい。
「まだ帰ってないだろうから、セバスチャンとチネッテに鉢盛りを追加させておこう」
ダイヤ先輩はそう言うと公衆電話のある会場入口の方に向かう。
「師匠! その呼び方、中野さん御夫妻に失礼だから止めて下さいっ!」
なつきが後ろ姿にそう注意したが聞いているのやら。
中野さんとは、先輩が生まれる前から働いているお手伝いのおばあさん。
近所に住んでいて、数年前からはご主人も一緒に夫婦で働いているそうだ。
そのご主人は定年までゴルフ場のコース管理をしていたんだとか。
庭の手入れはお手の物で丁度良かったらしい。
「あの人まだそんな事言ってんの?」
「うふふ、ダイヤちゃんがそう変わる訳ないじゃない」
「ホントだねえ」
先輩方は3人引っ付くようにして、駆けていくダイヤ先輩を見詰めている。
何だか普通で、当たり前といった雰囲気を感じる。
中学ではこの光景が3人の日常だったのだろう。
突っ走るダイヤ先輩に、それを見ながら文句言ったり応援したり。
過去には途中、ぎこちない事がちょっとだけ起きたりもしたけれど……
今再びあの頃と同じ気持ちで、同じ様な笑顔で、やっと在るべき形に収まった。
僕は気配を感じて脇を見る。
ともかちゃんとミッキーが前の先輩方を真似してだか寄って来ていた。
笑顔でともかちゃんは何度も頷いた。
きっと彼女は彼女の方で、大野さんの事を心配していたのだろう。
我が道を走るダイヤ先輩を、過去の友情を取り戻したふた組の親友達が見守る構図。
それはこれから先も変わりはしないのだろう。
自然とそう思えた。
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「本日のコミケに反省点は無い!」
打ち上げ冒頭一発目にこの強気な発言。
ダイヤ先輩は達成感が強いのか、ただ単に早く騒ぎたいのか……
たぶん、その両方だろう。
コスプレ部と稲高演劇部の面々は早めに会場を撤収。一路ダイヤ邸に向かった。
道中、反省点らしき部分をカヨ先輩に指摘されてたダイヤ先輩は、
「認めん、認めはせんぞ」
と、どこかで聞いた事のある台詞を連呼していた。
そのせいもあっての、先程の発言であるとは思う。
「とにかくだ! 今日のコミケは特別だ。
両校の成功と、今後の両校の親睦。
コスプレ部と演劇部の友好を学校のモデルケースにすればいいのだ」
おおおーっ、とその場の全員が感心する。
ダイヤ先輩がまともな事を考えている、と思ったからだろう。
「流石です、ダイヤさん。それで僕らも御誘い頂けたのですね」
唯一人本当に感心したという感情の人物、嘉望東高校生徒会長山本さとじ君はそう賞賛した。
隣に座った自分の彼女、三宮みやこ副会長の背に軽く手を添えて。
「お前はついでだ、さとじ!
私はせっかく大野ちゃんと集まるからとミヤミヤを呼んだのだ」
「えーーーーっ!」
ショックをうける生徒会長さとじ君。
「コミケ会場からミヤミヤん家に電話したらお前も居たんだ。
連休ど真ん中に女の家でふたりきりって、どういう了見だ?」
「もう! ダイヤちゃん、言わない約束でしょ!」
前に聞いたのだがミヤミヤ先輩は中学の時、ダイヤ先輩達のサークルをよく手伝っていたらしい。
奥付をワープロで打ってあげたり、印刷所に発注したり発送したり。
今現在生徒会で行っている作業の下地は、すでに中学時代のサークルで培っていたのだ。
「あんたが迂闊にダイヤちゃんの声に反応するからっ」
「ごめん……ミヤちゃん」
ダイヤ先輩のせいで人格者さとじ君の像が、僕の中では欠片もなく消し去ってしまっているなあ。
「まあ、何はともあれ、乾杯だ!」
気を取り直して、といった感じでダイヤ先輩は甘酒の入ったグラスを前に押し出した。
「「おおーーーーっ!!」」」
その意見には一切反対はない。
だが僕は気にしていた。
大野さん、いや、大野先輩が参加するなら回避してあげたいと思っていた行為。
ここでまた不仲になんかさせたくない。
それは……
「カヨ先輩! テーブルの下!」
僕は甘酒の存在に浮かれている先輩方に先んじて、ダイヤ先輩の隣に座って杯を掲げるカヨ先輩に鋭く指示を出した。
「はっ!?」
師弟の呼吸でカヨ先輩は直ぐに僕の考えを汲んでくれた。
同時にダイヤ先輩も気付いたが時すでに遅し。
立って杯を呷ろうと構えていた分、対応が間に合わない。
カヨ先輩は黒檀の長い座卓に甘酒を置くと、その更に下へと潜り込んだ。
「あった!」
嬉々として危機を回避したカヨ先輩は素早くミッキーの背後へ避難する。
さすが師匠。
そこがこの座敷で一番奪還されにくい場所です。
カヨ先輩が座卓の下から引っ張り出した物。
それはサイン色紙。
文字が大きく書かれた、数枚のサイン色紙だ。
一番目の紙に「デコピン」と書いてある。
「嫌ーーーーっ!」
大野先輩が悲鳴を上げた。
「先輩! 今回は罰ゲームは無しです!」
僕は腰に両手を当てた仁王立ちで、畳に膝をつき頽れたダイヤ先輩を睥睨した。
ありがとう、ありがとうと何度も礼を言う大野先輩に微笑んで、
「それでは皆さん、カンパーーイッ!」
と、僕が仕切り直しに乾杯の音頭を取った。
想定外の事に唖然としているダイヤ先輩。
その顔を見て、みんな悪い笑顔を先輩に向けながら、
「「「カンパーイ!」」」
高く、高く、杯を掲げた。
その時もう笑顔には何ひとつの曇りはなく、ただ笑い声が部屋を、屋敷を満たしていった。
ダイヤ先輩はそれらを見詰め、その後なつきと目を合わせ……
僕らに負けない満面の笑みを浮かべた。
これにて本編は終了です。
あと1話だけ後日談なエピローグがあります。
ので、もうちょっとだけ、お付き合い下さいませ。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
最後の次話もどうぞよろしくお願いいたします。
 




