66話
平川君のコミケ初参加です。
元不良が馴染めるのかなあ。
とりあえずどうぞ~。
「さあ、お前の真の力、見せてみるがいい」
ダイヤ先輩はその人を惹き付ける凛とした通る声で叫んだ。
十数歩先に対峙している男に向かって……
「うおおおおおお!
俺の全てを込めたこの一撃で、必ず貴様を倒す!」
それに応える様に気を溜めて、最後の攻撃を繰り出そうとするミッキー。
周囲の人々は遠巻きに、事の推移を見まもっている。
緊迫した空気が辺りに静寂をもたらす。
ババッ!!
二人が同時に互いの距離を一気に詰めた。
「「ぐわああああああーーっっ!」」
激しく衝突したあと、元来た方向に二人ともが弾け飛んだ。
ザシャアアと、地面に叩きつけられる。
ズタボロに倒れ込むダイヤ先輩になつきが……
同じくボロボロなミッキーには僕が駆け寄り抱きしめた。
「何で……
どうして二人が闘わなくちゃいけないの?」
僕は誰に掛けるともない問いをただ口にするだけ。
そう、どうしてこんな事になってしまったのか……
それは話を数時間前まで遡り、順を追って思い出さねばなるまい。
「ミ、ミチヨ~、師匠~」
更衣室へと着替えに向かってから20分程。
なつきが、ミッキーより一足早く戻って来た。
パタパタ駆けてきて少し興奮気味。
「なつきどうしたの?」
珍しく顔を赤らめ鼻息荒い。気がする。
「平川君が、すっごいの。
もう僕、途中から着付けの手が震えちゃって」
「「んん?」」
なつきの感想しかない台詞に、僕と先輩は思わず顔を疑問符にする。
「とにかく、もうすぐ来るから」
なつきはそう言うと今来た方へ振り返り、更衣室のある辺りをじっと見つめた。
「ほら、見れば分かるよ」
なつきはおもちゃを貰った子供の様に、嬉々と顔を輝かせる。
すると遠く、通路の中央を歩いて来る人影がひとつ現れた。
ゆっくり歩く姿がやたら目立っている。
まるで、漫画でいう集中線を使っているかの様に……
キャラを中心点として周りから無数に引いた直線。
まるでそれがあるかの如く、その人物が浮かび上がって見えるのだ。
いや例え話でなく、実際に集中線は存在している。
それは視線だ。
周囲の視線がそいつに集中しているからだ。
会場の男女比はパッと見て7:3くらい。
勿論、女が7割。
その女性陣のかなりの人数が今その男、平川美紀男を好意的な目で見詰めていた。
……うっとりしてる、女性が多い、かな?
黄色い声や溜息がこっちまで聞こえてくる。
フン!
片や男性陣は嫉妬しているかと思いきや、これが女性陣より受けがいい。
ミッキーのコスプレは主人公天馬よりも、ダントツに男子の人気を得ているキャラなのだ。
悠然と強者のオーラを纏って歩く姿は、アニメや漫画からアラベスクカズキが飛び出て来た様。
おおおお、すげええええ!
と皆、感嘆の息を漏らす。
そういった羨望やら恋慕やら興味本意やらを全て受けとめながら、ミッキーはこちらに歩いてくる。
「台矢さん、お待たせしました」
「おお! 平川君素晴らしい、生き写しではないか」
「はは、実はカズキが一番好きなキャラでして」
普段アニメなんかは見ない男だが、天馬だけは別。
ミッキーも昔から筋金入りの郭座ますみファン。マスミストだ。
まあ、僕の影響大だけど。
「いや、あの足運び、素人では出せないな。
平川君、武道の心得は?」
「そんな、心得なんて。
ただ、少年野球の監督をしてた先生から護身術にと少し」
ミッキーは小学生の頃は少年野球で4番サードだったのだ。
カッコ良かったのだ。
うちのチームは6年1組の担任斎藤先生が監督になり、学校が協力して活動していた。
僕もマネージャーみたいな事をして応援してたなあ。
「そういえばモクメッチ、ミッキーに練習後なんか教えてたね」
「「杢目ッチ!?」」
斎藤先生のあだ名にダイヤ先輩となつきが驚く。
まあ、そんな呼び方してたの僕だけだったけど。
「だからお前、その失礼なあだ名使うなよ。
斎藤先生は俺の師匠なんだからさ」
「平川君!!」
急にダイヤ先輩が大きく声を上げる。
「はい、何でしょう」
「どうやら君は私の弟弟子らしい」
「「ええーっ!?」」
今度は僕とミッキーが驚きの声を上げた。
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時計は10時を回った。
開場のアナウンスが入り、正面入り口が開かれる。
決壊したダムを見るかの様に、人の洪水が怒濤となってこちらに押し寄せてくる。
開場前までに、ミッキーは衣装のチェックを済ませ、更衣室で元の服に着替えて戻って来た。
逆に僕となつきはダブルアンドゥトロワの衣装になってブースの前に立ち、ラウンドガールみたく厚紙を高く掲げている。
そこには「嘉望東漫研部はコチラ」と、大きな文字で書いてある。
スタート時、お馴染みのふたりを目印にして、客の誘導を促そうという事だ。
長机を並べたブースの列の間、通路として空けてある空間を人の波が埋めて行く。
碁盤の目の様な通路の中は、瞬く間に左右で人の流れが出来、お目当てのサークルに並ぶ人の列はその流れを妨げる。
「嘉望東漫研、最後尾、こちらでーす!」
「こちらに寄ってお並びくださーい!」
この1年で僕らはそれなりに知名度を上げている。
正式なサークル名が決まった今回のコミケは大事だし危険でもある。
僕となつきは、客寄せパンダだけではいられないのだ。
開場後はある程度落ち着くまで、この戦線を維持しなければ。
「もう少し寄ってくださーい。
他所のサークル様のご迷惑に、きゃうっ!」
うう、胸やおしりを触って行くのは止めて下さーいっっ!
まあ、ミッキーはエセ不良でしたからコミケも楽しめそうです。
小学校の野球、なつきは勿論参加してません。
ほぼボッチでしたから。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。




