65話
春のコミケです。
ちゃんと部活もやんないと。
……これは部活と言えるのか?
ついに5月がやって来た。
毎年ゴールデンウィーク後半にコミケがある。
大体5日辺りの連休で、規模も大きく行われる。
今年は3、4、5日の真ん中4日に開催。
今回も会場は広い広ーいマリーンメッセ福岡。
 
かねてより、コスプレ部部長ダイヤ先輩の指示で、打倒稲月高校の足掛かりとすべく目指していた会場だ。
いや、部長は植野先輩。
部は、漫画研究会。
打倒稲高……の生徒が1人うちに参加してます。
しかも元番長。
そんなどうでもいい事は置いといて。
とにかく、大事なイベントなのだ。
「いやあ、今回から平川君が参加してくれるのは嬉しい限りだ」
事実上のコスプレ部部長、台矢明美先輩は満面の笑みでそう言った。
本人はすこぶる上機嫌なのだが、目の下の隈は実に不健康。
昨日はみんな徹夜でダイヤ邸に集まり、最後の追い込みをやったからだ。
ただ、完全な徹夜は先輩ひとりだけ。
ミッキーがコスプレしてもいいと言うので、ダイヤ先輩は嬉々として不眠不休の夜だったのだ。
だった、じゃないな。
現在進行形で、まだ縫っている。
今僕らはメッセ入口付近に行列している。
ブースを出すサークルは、開場より1時間以上早く入場して出店の準備をする。
だから行列とはいってもたかが知れている。1000人位かな、てとこ。
僕らの少し離れた所から始まる一般入場者の数は、こちらの集団なんか比べ物になんない。
広いメッセの建物を、ぐるり取り囲む様に行列が続いている。
多分、万は並んでいるな。
もうすぐ僕らは中に入れるけど、あの人達はそれから1時間半は待たなくちゃならない。
うへ~、と唸りたくなるが、夏コミに比べれば可愛いもんだ。
だって行列はまだ、施設を1周してもいないんだから。
「終わった~! 間に合った~」
開場してカヨ先輩に誘導されながらも縫い続けるダイヤ先輩。
指定のテーブルに着いた時に丁度完成したらしい。
「おそらく問題ないとは思うのだが……
セッティングの後に時間あるから、袖を通してみてくれ」
「はい。では後で」
ミッキーは抱えていた段ボールを床に下ろすと、軽く背筋を伸ばした。
今回はミッキーが本を持ってってくれたので、それだけでもう感謝感激雨霰だ。
ダイヤ邸で出発の準備をしている時のこと。
いつもは皆で分けて運んでいた部の同人誌を一纏めに箱詰めして、
「俺が持ってく」
とミッキーがひょいと担いだのだ。
「やっぱり男手があるって、助かるわあ」
カヨ先輩がこっちを見ながら言ってくる。
僕となつきは後片付けをしていたが、思わず顔を見合わせ苦笑い。
「どうせ僕らは男手に数えらんないですよ」
口を尖らせて言いはしたが……反論は出来ません。
でも、コスプレの衣装、個人誌20部、筆記用具と、それだけで大荷物。
そこにプラス部の同人誌も、だったのだ。
ホント、こういうとこは役に立つ男ですよ。
「まあ、女子供には大変だからな」
「子供扱いか!」
「「「あははははは」」」
そんな感じで和やかに会場に向かった僕らでした。
が、ダイヤ先輩を除いては、である。
急遽ミッキーが参加し、コスプレ出来るとなった数日前から先輩の目の色が変わった。
今まで男男したコスプレが、うちではどうしても出来ない。
それは、「フェイントだ天馬」の一番人気(やおいの中だけ)である、アラベスクカズキとアンドゥトロワジュンの兄弟カップルが出来ないという事である。
それがついに、男平川で具現化出来る!
そりゃあ、先輩は目の色くらい変わりますよ。
テーブルに部の同人誌を3種類、僕とカヨ先輩の個人誌が1種類ずつ並べられた。
昨夜なつきと作ったポップを前面の縁に貼り付ける。
「嘉望東高校漫画研究会」の文字と僕のイラスト。
後は値札と、紙粘土で作った小物を卓上に。
ゲームキャラの「いいスライム」を作り、彩色してニスを塗った物だ。
試しに5個用意したので、これにも300円の値札を着けてみる。
「よし。
あらかた終わったので時間まで休憩にしよう」
「じゃあダイヤちゃん、私達……」
「ああ。行ってきていいよ」
「じゃあ、ちょっとだけ」
「じゃね~」
カヨ先輩と植野先輩はイソイソ何処かへ向かう。
お目当ての同人誌を買いに行くのだ。
人気のサークルは開場した途端に長蛇の列になる。
だから一般客より先に売ってもらう。
勿論、相手がそういう事を良しとしてて、忙しくしてない時にだが。
「台矢さん、ちょっと着て来ますね」
「おお! 頼むよ、平川君っ」
ミッキーは更衣室へ。
「師匠、僕も手伝ってきます」
「あ、ああ。頼む」
なつきもミッキーに付き添って更衣室に向かった。
なつきはダイヤ先輩の事を師匠と呼んでいる。
先輩は不服そうだが何も言わない。
付き合ってんだろ~!
下の名前呼び合えよ~!
そう心の中で勝手にヤキモキしながら回りの整理を続ける。
さあ、もうすぐ開場だ。
まだ見てないがアイツも、いや、あの高校も会場にいるのだろうか。
少し緊張しながらも、だんだん気持ちが高揚してくるのを感じていた。
 
当時、コミケ、コスプレ、オタク、という言葉が一般にも知られる様になりました。
勿論、世間はイロモノを見る目です。
テレビではマニアが集まるイベントと、面白おかしく報道しました。
今では行列を見て「あ~、コミケかあ」と通行人が口にする程珍しくない光景です。
何事も貫き続ければ、やがて日常になる。
という事でしょうかね。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。




