61話 なつきと師匠のおはなし6
思わぬ師弟関係になってしまったのか!
やっぱりなつきクンも男の子だったのね……
とガッカリされるのか!
どうなる男女の二人舞台。
どうぞご覧下さいませ。
「うわああっ! 先輩!」
「なっ! なつき!?」
ふたりガバアッと体を起こし、掛布団を後ろに跳ね除けた。
部屋に射す朝日を受け、先輩の全身が淡く光る。
前屈みで敷布団に両手をついた先輩は、乳房を大きく下に垂らし僕を見詰めて固まった。
その身には布切ひとつ着けてはおらず、透き通る肌の先端にだけ、ほんのり濃い肌色の部分があった。
僕は僕で、同じ姿勢で動きを止めた。
お互いの表情が気になって、それぞれ自分の体を見る。
「「うわああああああああ!!」」
僕も一糸纏わぬ姿だった!
隠す物が無く、慌ててふたりでまた掛布団を被り直す。
何が何だか分からない。
頭の中がグルグルグルグル回っている。
全く頭が働かない。
「なつき。
お前は、その……
何でこうなったのか、説明できるか?」
無駄に考えていると、先輩が声をかけてきた。
そこでやっと、思考が落ち着く。
ふたり布団から顔だけ出して会話する。
「先輩、ごめんなさい。
僕は、その……
何も、憶えて、ないんです」
えええええと?
最後の記憶は?
んんんんんん。
甘酒……甘酒だ!
昨晩、先輩ん家の自家製甘酒を飲んで、ミチヨの話をさせられたんだった。
そこから先がさっぱり出てこない。
「甘酒を飲んだ辺りから先が全く……
大変な事をしておいて、すみません!」
僕はとんでもない事をやってしまった。
せ、先輩と。先輩とっ!
「あ、謝らないでくれ。
それに、まだ、そうと決まった訳では」
「え?」
「ほら、よく聞く話では、初めての時、その、血が、出るらしいではないか」
「あ! 聞いた事あります」
「それが本当ならシーツに血の後があるはずだ」
「あ、先輩も初めてだったんだ……」
「当たり前だ!」
「すみません!」
ふたり布団を体に巻き付け少し移動する。
先輩の肩がくっついて、一瞬ドキッとしてしまった。
先輩もしたみたい。
でもそれどころではない。
確認しなくては。
ふたり少しずつ、少しずつ、敷布団の上を移動する。
ずる、ずる。
もう少し。
ずる、ずる。
もうちょっと。
ずる、ずる。
あ!? 赤い……
先輩が思いきって、その近辺に被さっている掛布団を一気にめくった。
ドバアアッ!
と大量の血痕がシーツにべっとり染み付いていた。
「「ぎゃあああああああ!!」」
こんなに出るのかっ、血!
こ、こんな大怪我したみたいな。
「先輩っごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」
僕はその場で土下座して謝る。
布団がはだけるが、そんなの気にしてなんかいられない。
「あ、謝るなと、言ってるだろうが。
そんな、お前だけが、悪い訳では、ないだろ。
私の方が、年上だし、師匠だし……」
「そ、そんな事、今は」
「いや、なつきの方が襲われ……て……」
「先輩?」
先輩は急にふたつの目からぽろぽろと涙を流すと、それを止めよとでもいう様に両の手で顔を覆った。
しかし涙はその量を増すと手のひらから溢れ落ち、先輩の腕を、ひざを濡らして、敷布団に鼠色の模様をひろげていく。
「私は、自分がガサツな事位、分かっている。
まわりはそう見てるし、その事も自覚している」
「…………」
「でもな、私だって女なんだよ。
初めての時に憧れだって持つんだよ。
それを……まるで……
場末の酔い潰れた商売女の様に……」
うううううう、と先輩は、はだけた肌を気にもせずに泣き続ける。
だが、薄く暗い部屋に肌を白く浮かび上がらせ、涙が宝石のようにキラキラと輝き流れるその姿は、息をする事も忘れさせるほどの美しさであった。
僕の胸は、今まで生きた中で感じた事の無い痛みをおぼえる。
呼吸を止めているよりも、その胸の圧迫感で息苦しい。
ぎゅううっと心臓を掴まれるようなイメージだが、かつての痛みに似てはいた。
ともかとの夕陽の思い出がそうであり、ミチヨとの一夜がそうであった。
その2つの恋をもっと強くした想いが、今僕の胸を締め付ける。
「先輩……」
「うっうっうっ……」
僕は裸で嗚咽を漏らす先輩の肩に布団を掛けると、そのまま腕を回して抱き締めた。
「先輩。
僕、強くなります。
そして、先輩を守れる男になります」
そうだ。
先輩はずっと強くあろうと生きてきた。
母もなく、父親とも反りが合わず、広い家にほとんどひとりで暮らしてきた。
昼間は使用人などもいるが、長い夜をたったひとりで過ごしてきた。
本当は強くなんてないんだ。
少し綻べば、こんなにも脆い女の子なんだ。
守ってあげたい。
支えてあげたい。
今まで先輩がしてくれたように、今度は僕がそうしたい。
一瞬オレンジの中にともかがいた。
それは未練や後ろめたさの虚構ではなかった。
心のともかは手を振って……
ちいさく手を振り、サヨナラと言っていた。
「だから!
だからその時は」
僕は腕一杯に力を込めてーー
「台矢明美さん、僕と結婚して下さい」
先輩にプロポーズした。
僕のまわりレベルでは、完全に幸せな金持ちを見た事がありません。
まあ数人しか知りませんが、みんな物質以外に不幸を持っていましたね。
何かを得るには、何かを捨てねばならない。
昔いた劇団の先輩が言っていた台詞です。
続けてその先輩は、超大御所声優であるうちの先生を評して曰く、
すべてを手に入れ、すべてを失った男。
だそうです。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。




