60話 なつきと師匠のおはなし5
なつきと師匠の二人舞台も終盤です。
この師弟に未来はあるのか!
そ、それではどうぞ、お楽しみに。
目を閉じても2人しかいない部屋だと、先輩の気配をすぐ側に感じる事ができる。
そう、もう手の届く距離。
僕はグッと歯を食いしばる。
「なつき、もう少し顔を前に出せ」
先輩は本気で殴ってくれるのだろう。
前回の時でも、顔の半分が消し飛んだかという衝撃だった。
今回はさらに力を乗せるのかもしれない。
僕は意識を保てるのだろうか。
正直、恐ろしい。
「はい……お願いします」
だけど、これは僕が望んだ事だ。
僕は少し前屈みになって、顔を先輩の方に突き出した。
「よし。じっとしてろ」
僕は返事もせず、さらに顔中の筋肉に力を込めた。
先輩が、じりっじりっと近付いて来る。
鼻の先に先輩の服が僅かに触れる。
先輩の鼓動まで微かに聴こえてきそうだ。
そっと両手の平が首と頭の境辺りに添えられた。
「え?」
鼻先に着いていた先輩の服が頬にまであたり、僕の左瞼、いや、顔の左側全面が柔らかい感触に溢れる。
さっき首にあった先輩の手は僕の後頭部に巻き付けられ、さらに顔を胸に埋もらせた。
「せ、先輩! 何を!」
「いいから……力を抜け」
先輩は焦って離れようとする僕を、どうにもならない力で押さえつけ、それでも優しく言葉を掛けた。
僕は少し戸惑ったが、言われるままに脱力する。
それしか僕の選択肢はないと思われるから。
そのまま先輩は座卓に腰掛け、僕は畳床に膝をつく。
「女の胸はな、子に乳をやるだけではない。
男に好き勝手触らせるためだけでもない。
こうやってな、守るためのものでもあるんだ」
力を抜いて僕の頭を優しく抱き直すと、先輩は穏やかに話してくれる。
先輩の胸は、すごくあったかい……
「女はな、大事なものを守る時、こうやって包んで守るんだ」
「はい」
「力じゃない、温めて、大事に、愛情で包み込むんだ」
「はい」
「壊れ物をな、大切に、大切に、心で包んで守るんだ」
「……はい……はい、う、うう」
先輩は優しく僕の髪を撫でてくれる。
なぜだろう……涙が、涙が止まらない……
そうだ、お母さんだ。
ずっと昔に、お母さんにも同じ様にしてもらった記憶がある。
「なつき。
割り切らなくていいんだよ。
お前が2人を想った事も本当なら、自分のために動いたのも本当。
お前がひとり責任を感じることじゃない。
こうしなくちゃならないなんて、何もないだろう?」
先輩は優しく慰めてくれる。
「で、でも、僕はミチヨをずっと好きだったのに……
平川君とミチヨの事知ってるのに……」
「やっぱりお前はミチヨを愛していたんだよ。
ともかとやらの代わりなんかじゃなく。
だから罪悪感で潰れそうなんだよ」
それは……そうかもしれない。
少なくともあの事の前までは考えたりしない。
平川君に助けてもらった、あの時までは。
「お前がミチヨを本気で好きだった事。
助けてくれた平川に心奪われてしまった事。
これはごまかさず、お前の胸で大事に守ってやれ」
「はい」
そうだ。
僕はミチヨを好きだった事を小さくしようとしていた。
平川君に気持ちを簡単に鞍替えする程度だと。
でもそれじゃ、今まで1年間の僕たちまでも軽くしてしまう。
「私が嬉しかったのはな、お前が2人を結びつけようとしたって所だ」
「でも、僕は……ほんとは……見たくないのに」
「だがお前は邪魔しなかったろう。
人を傷つけるより自分が傷つく方をとった。
私の時、テルミの奴はお前の反対に動いた。
あいつは弱い男だ。
なつき、お前の方がずっとずっと強い」
そういいながらも、先輩は僕の頭をゆっくり撫でていた。
何度も、何度も。
「人は自分にゆとりがあると、譲ったり、与えたりもできる。
だが自分が辛いときに配慮が出来るのか、優しく出来るのか」
ふと先輩は手を止めると、僕の額に軽くあてた。
「そんな時に表れるのが、品位、品格というものだ。
人は常に人たらんと生きていてこそ人なのだ。
欲のままに生きる畜生とは違う」
「はい」
「お前がどう思おうが、私の中でお前の行動は人として正しい」
「……はい」
「なつき。
それでも自分が許せないというのなら、
その時は私に言うがいい。
許す。私がお前を許す」
「先輩……」
「私はお前の師匠なのだからな」
「……はい、師匠。
ありがとうございます」
僕は思いきり師匠の胸に顔を埋めた。
先輩はもう何も言わず、黙って頭を撫で続けてくれた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、ずっとそうしていたい衝動を押さえてゆっくり僕は顔をあげた。
「師匠、もう大丈夫。平気です」
「そうか。
まあ飯でも食っていけ。
ひとりの食事は寂しいのだ」
「はい」
「まあ飲みながら、話の続きを聞かせてもらおう」
「ええ!?」
「ははは、心配するな、甘酒だよ」
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窓から差し込む光が、閉じた瞼を通して僕を起こしてくれた。
頭がポ~っとしてて、ここが何処かも分からない。
布団の暖かさと、胸が切なくなる香り。
前にミチヨと親友になった夜を思い出す。
目を開けると見知らぬ天井。
何か気配を感じた気がして、首だけ左横を向く。
黒髪の美少女が横に寝ていて、丁度僕と同じく首をこちらに向けていた。
ダイヤ先輩と布団の中で目が合った……
う、うわあ、大人な物語に発展するのか?
次話によってですね。
次話によってですよ、R18に行くのかどうか。
それは、ちょっと……
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。




