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56話 なつきと師匠のおはなし

なつき視点です。

サブタイトル通り、なつきとダイヤ先輩のはなしです。

よろしくどうぞ~。

 

 先輩は僕を見詰めていた。

 じっと目を見詰めていた。

 ダイヤ先輩の真剣な瞳。


 僕はまた先輩に甘えようとしている。

 先日の様に叱られることで、殴られる事で、心を軽くしてもらおうとしている。

 常に真っ直ぐで、迷いの欠片すらないその眼差しで、僕の心を砕いてほしい。

 僕の女々しい、矮小な想いを忘れて……いや、消し去ってほしい。

 消えるまで何度でも、何度でも、この頬を歪むまで殴り付けてほしい。



 ゆっくり……

 ゆっくりと、先輩は僕のそばに来てくれる。

 もう、手の届く距離。


 僕はそっと瞼を閉じる。


 ありがとうございます……師匠。


 心でそう呟いた。






 ひとり間が悪く、帰る直前にトイレに行ってしまった。

 僕は時々、空気が読めない人と思われても仕方がない行動をとってしまう。

 自覚はしているのだ。

 自覚してるから、空気を読めない人ではない。と思う。


 駆けないまでも小走りで急ぐ。

 ミチヨと平川君をあまり待たせたくはないが、如何せん、先輩のお宅は広い。

 しかも1階は閉鎖されているので2階のトイレから戻っているのだ。

 

 少し呼吸を乱しながらも廊下から敷居を跨ぐ。

 しかし座敷に入ってみると、そこには誰もいなかった。

 広い部屋には僕のバック以外に私物は無く、他にあるといえば隅に横倒している大きな座卓があるだけだ。


「他のみんなは帰らせた」


 後ろから声を掛けられる。

 振り返るまでもなく、我が師匠、台矢明美先輩だ。

 先輩の声は心なしか冷たい。


 そうか……

 そうだよな……

 僕は何となく現状を理解した。


「やっぱり、カヨ先輩ですか?」


 僕は体を向けながら、先輩に敗北宣言の様な台詞を言ってみる。


「おい、頭を使う事は、何でもカヨちゃんだと決めつけるんじゃない」


「先輩も気付いたんですか?」


「当たり前だ! 私は師だぞ。

 最近のお前の様子を心配してたからな。

 あの2人より早く気付いたぞ」


「2人?」


「ああ、カヨちゃんと平川君だ」


「そ、そうか……平川君が」


 本当は嘉望高校も楽に受かって、東大を狙える程だとミチヨが前に言っていた。

 自分絡みに加えて、ミチヨが危険に晒されたのだ。

 彼は真剣に考えを巡らす事だろう。


「あいつらもお前に話がある様だったが、遠慮してもらった。

 ここは師弟だけで話させてくれと」


「師匠……」


 師匠は座卓を敷きながら、


「なつき、茶を淹れよう。

 ゆっくり腹を割って話そう。

 他の奴に知られたくない事なら私は死んでも話さん」


 と言い微笑んだ。


「はい。師匠」

 


 ーーーーーーーーーーーー



 僕は師匠に今回の事を詳しく話した。

 稲月高校の友人、松田君から前もって頼まれていた話。

 わかる範囲でいいから、嘉望東が稲月をどれくらい問題視しているのかを知りたい。

 生徒会長と親しいなら、さりげなく対策等を聞いてもらえたら助かる。

 といったもの。

 どちらも今回、期せずしてさとじ君の方から持ってきてくれた。


 松田君は平川君と今回の稲高生の暴走を大事(おおごと)にしない様に頑張っている。

 僕がそれを手伝うのに、別に隠さなくちゃいけない理由はない。

 ただ松田君には、もうひとつの目的がある。

 それを手伝うために、コソコソしなくちゃいけなくなった。

 それは今回の件以前からの松田君の悲願。

 それがーー平川君を不良から卒業させる作戦ーーなのだ。


「不良から卒業作戦?」


 黙って腕組みしながら長い話を聞いていたが、ここでダイヤ先輩は聞き直した。


「はい。

 松田君は平川君が不良をやっている事が耐えられないそうで。

 平川君を慕う多くの不良もそう思っているようです」


「ま、まあ、男が男に惚れるってやつだな」


 一瞬先輩の鼻息が荒くなった。

 ほんと、ブレない人だ。


「それで? その作戦とはなんだ?」


「はい」


 松田君が言うには、平川君は自暴自棄がもとで不良になった。

 最初は八重洲ともかに失恋したせいだと思った。

 だがどうも違う。

 ともかが燐光寺と交際した後も、強がりでなく、関心が無い。

 だが何かで自分自身に嫌気がさしたのだろうと1年間見て来たが分からない。

 そこへ先日の僕とミチヨの暴漢騒ぎだ。

 その時松田君が平川君から向けられた殺意に、はっきり答えが現れていた。


 ミチヨだった。

 ミチヨに突き放された事が、平川君の失意の原因だったのだ。

 どういう経緯で溝が出来たかまでは松田君にも、この場の師匠にも話さない。

 そこは問題ではない。


「おおおっ、ひ、ひらきゃわ君まで……」


「先輩、どうぞ」


「うくっ、すまない、こんな時に」


 僕の手渡したハンカチで鼻血を拭いながら、先輩は自分の性癖を詫びた。

 

「そうだな。

 今回、平川君が参加してきたのも首肯(うなず)ける」


「はい。

 松田君に話して、平川君がミチヨについて来る様仕向けました」


「そしてさりげなく、ミチヨ君と平川君がペアになるようにした」


「師匠、ほんとに気付かれてたんですね」


「そうだと言ったろう!

 あの時ペアの組分けを最初に口にしたのはお前だからな。

 平川君とミチヨ君が一緒なのは大前提だ」


 ミチヨの性格を考え、さとじ君の立場も考えて、ごく自然に振る舞えたと思ったけど。

 結構先輩は切れるんだった。こういう所は。


「そこで高橋にミチヨ君を襲わせた」


「……はい」


 わかってはいても、その事実を言葉にされると、やっぱり辛い。

 そう、僕はミチヨを人質にするように仕組んだのだ。


「高橋も全部承知なのか?」


「そのはずです」


「……そうか」


 計画の青写真的な物は、松田君と友人に戻ってすぐ位に出来ていた。

 だが、実行があまりにも早すぎた。

 情報が入った次の日に決行なのだ。

 綿密な計画など立てられるはずもなく。

 基本的な行動と臨機応変しか打つ手がなかった。


「でも、ナイフを使うなんて……」


「まあ、聡明な平川君の上を行くには、それ位ないと(あざむ)けんという事だろうよ」


「それはそうでしょうけど」


「私の知っている高橋なら、松田とやらに信頼されておるのだろう」


「……そうですね」


 僕の知る松田君だって、ミチヨにそこまでするとは思えない。

 刃を切れなくしてるとか、先がよく見ると丸くなってるとか。

 松田君にはそこの所は強く聞いておかなくては。



「それでは今回の事は、あらかたそんな理由だったのか」


「あ、はい。

 平川君がこのまま不良を続ければ、ミチヨに被害が及ぶかもと思わせれば成功です。

 ですから、あまり人に知られないように動いていたのです」


「そうだな。

 まあ、結果、誰も傷ついてないし、悪い事でもない」


「ありがとうございます」


「で?」


「え?」


 全部の話に理解を示した先輩は、さらに答えを求めている。

 もうこれ以上今回の件で説明するような事はないのだけれど。

 この作戦に関しては……


「え? ではないだろう?

 私は言ったはずだ。

 腹を割って話そうってな」


「は、はい」


「じゃあ話そうじゃないか。

 それでお前はどうなんだ?

 お前はそれでめでたしめでたしか?」


「せ、先輩……」


 先輩、いや、師匠は……

 迷いや疑いなどのない、真っ直ぐな瞳で僕を見詰めてくる。


 ああ、師匠。


 この胸の誰にも見せないと誓った想いも、あなたになら知られてしまってもかまわない。

 僕はそう思いかけていた……

この当時の連絡手段は、主に直接会うか、家の電話かでしたね。

なつきと松田君、高橋センパイが携帯持ってたら、もっとうまく実行できたんでしょうね。


読んでいただきまして、ありがとうございます。

次話もどうか、よろしくお願いいたします。

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