54話
さて、ピンチのようです。
どうせミッキー強いから、どうにかなるでしょ。
たぶん……
まずは見て(?)のお楽しみです。
「おい、お前ら。
平川を一発ずつ殴れ」
高橋センパイは視線をミッキーに据えたまま、3人の不良モドキに軽い口調でそう言った。
「「「ええええええーっ!」」」
「高橋さん、勘弁して下さい!」
このとんでもない命令に小さくなる3人。
うずくまっていたガニ股が、そのまま土下座の様な格好で許しを乞う。
ひどい。
何て事させようとしてるんだ。
くそっ、僕が捕まったせいで……
「おいおい何だよ、ビビッちまって。
さっきの仕返しすりゃ~いいじゃねえか」
「いえ、平川さんは手加減してくれて……」
「ハッ! 恐え~のかよ。
平川が仕返しつったって、殴られるだけだろうが。
まあ、コイツはそんな事も出来ないがな」
「「「…………」」」
たしかに。
ミッキーはこの状況で殴られたとして、けして彼らに手を上げる様な事はないだろう。
「ったく、俺から見りゃ嘉東に喧嘩売る方が恐いと思うけどね。
学校間の問題になりゃあ、退学食らっちゃうかも知んないぜ~お前ら」
「「「退学!!」」」
こ、こいつも分かってるんだ。
分かってて……ミッキーがお人好しなのをも分かってて、この隙を狙ったんだ。
ん?
だけど……
「おら!
いいから殴れよ、一発だけじゃねえか」
「そ、そんな……」
躊躇する3人。
「いいぞ、殴れよお前達。
気にするな、俺は日頃から鍛えてんだ」
ミッキーが「にっ」と笑って、優しく声を掛けた。
「でも」
と尻込みするガニ股に、
「いいから」
ともう一度促す。
「待って!」
僕は思わず声を上げた。
「は、鼻は、殴らないでね。
鼻筋が、綺麗だから……」
僕は何を言っているのだろうか。
でも、勢い余って目や鼻を殴られたら困る。
喧嘩慣れしてない人だと、変なとこ叩きそうだから。
一瞬みんなが「キョトン」となった気がした。
「アッハッハッハ!」
高橋センパイが笑いだす。
「平川、こいつお前の女か?
いいなあ、気に入ったぜ」
初めてセンパイが僕の顔をじっと見た。
うう、嫌だ、変な事されそう……
「やめろ!
ミチは、そいつは稲高生じゃねえ。
ほんとの嘉望東の生徒だ!」
「ああん?
別に恋愛は学校とは関係ないだろ~」
ひいいっ、何言ってんの、この人!?
「高橋、冗談はやめろ!
もうギリギリなんだ。
まともな被害が無えから徳俵でやっと残ってんだぞっ」
「なんだよ、ジジ臭え喩えしやがって。
あと、高橋センパイだって言ってんだろ~が」
だめだ、全然動揺していない。
あんなに学校間のトラブルを警戒している口調だったクセに。
何でこんなに落ち着いて……うひい!
「近い近い近い近いいいっ!」
僕の左ほっぺに、高橋の右頬がピッタリとくっつく。
右ほっぺにはナイフを当てられているから動けないっ。
ううう、嫌だこの人。
「ミチ! 高橋、てめえ……」
あ、ミッキーの我慢が限界を越えそう。
いいよ! いつでも来て!
たかが顔に傷のひとつ……くらい。
う…………ん。
その時はミッキー。
責任取って、貰ってもらうから。
僕も覚悟を決めた位だ。
場の空気が瞬時に変わった。
ピーンと緊張の糸が張り詰める。
もはや事ここに至っては、来るべき衝突は回避不能。
この不良2人の放つ、殺気にも似た闘志を止める事は、もう誰にも出来ないだろう。
「高橋さん! 勘弁して下さい!」
ガニ股君だった。
空気読めない君だった。
土下座して大声で間に入って来た。
まあ、かなり勇気はある。
「俺、めっちゃ頑張ったんス!
めっちゃ頑張って、何とか稲月受かったんス!」
完全にプッツリと、緊張の糸は彼に切られてしまった。
「入学して2ヶ月しないで退学なんて、たまんないッス!」
「そうです!」「もう勘弁して下さい!」
稲高の1年生3人は必死になって泣きついた。
(タカヤン、もういいんじゃねえか?)
(な、充分だろ?)
左右両方の後ろから、小声で話し掛けてくる。
そうだ。
高橋の仲間が数人いたんだった。
どうやら2人らしい。
(ああ、そうだな。こんなもんだろ)
やっぱり何かある!
高橋センパイの余裕は、最初から本気じゃなかったからなんだ。
じゃあ何だ?
嘉東が動く前に稲高生の蛮行を止める?
それじゃあミッキーと一緒だ。
共闘とはいかなくても、邪魔し合うのは腑に落ちない。
それに、さっきの違和感ーー
様子を窺い、隙が生まれたから僕を人質にした。
じゃあ僕がいなかったら?
高橋センパイ達にとって、僕はイレギュラーだったはずだ。
本来はどう行動するはずだったのか。
ミッキー相手にこの3人でどう仕掛ける?
あまりにも見えてこない。
人質になる、僕ありきな気すらする。
「高橋さん! 僕ら、桂中出身です。
同中のよしみで助けて下さい」
「「「お願いします!」」」
「お前ら、オナチュウって……
高一だけだぞ、そんな言葉使うのはよ」
「桂中……」
ミッキーが呟く。
桂中?
ああ、ケーセン中学か。
そういえば聞き覚えが……
「なあ、高橋センパイ。
台矢明美さんってご存知でしたっけ?」
ミッキーが嫌味っぽい声音で質問してきた。
そうだ。
台矢先輩の母校だった。
「「ダイヤ!」」
以外にも、後ろの2人の方が反応が大きい。
「てめえ、何でダイヤの名前が出て来んだよ!」
「いやな、そこのミチは嘉東で、台矢さんと親しくしているらしいんだ」
「「!!」」
「ハッタリぬかせ!」
センパイは今までで一番動揺している。
探る様な目で僕を見てきた。
「あ、その、台矢明美先輩は、うちの部の部長です」
左右の後ろから小さく、
「ひいっ」
と2つ声がした。
続けて、
「や、やべえようタカヤン」
「そうだよ、あの人だけは」
「わかってるよ!」
ミッキーはこの件を穏便に締め括る為に、ダイヤ先輩の悪名を利用しているのだ。
他校のミッキーまで知っていたんだ、オナチュウのセンパイ方があの呼び名を知らない訳がない。
「てめえ……
テルミくんの次は死神姫だと?
福岡どころか、九州制覇できるんじゃねえか?」
や、やめて!
なに物騒な事呟いてんだよっ。
それにダイヤ先輩はそんな話乗らないから!
……たぶん。
「タカヤン!」
「ああ、わかってる。
平川! 死神姫のケツに隠れる様なマネしやがって」
「その尻は、あの尻の事ですか? センパイ」
言いながらミッキーの視線は僕らを通り越し、ずっと背後、アーケード商店街入り口辺りに向いていた。
ん?
そちらの方角から、なにやら呻き声の様なモノが聞こえて来る。
「た~か~は~しい~
その二つ名は口にするなと言ったよなあ」
「「ひいいいいいいっ」」
振り返った僕とセンパイ方が見たものは……
世紀末なんちゃら伝説よろしく、指をパキパキ鳴らしながら、ゆっくり歩いてくるダイヤ先輩の姿だった。
「ダイヤ! 誤解だ! 話を聞け!」
「お前達は……また性懲りもなく同じ事を……」
怖い、先輩目がこわいいい。
「「いやだあああああ」」
「前も話を全く聞かなかったんじゃねえか!」
「聞く耳持たん!」
「成長しねえなっ!」
ダイヤ先輩があと10メートルの距離まで来た。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い!
ナイフ当てられるより、先輩の方がずっと怖いよう。
「「また殺されるうううう!」」
「逃げるぞっ!」
高橋一味は脱兎の如く去っていった。
「ミチ! 大丈夫か!」
脇を走り抜ける不良どもなど目もくれず、真っ直ぐミッキーは駆け寄って来てくれた。
幸いかすり傷ひとつ負わなかったので、「ありがとう」とニッコリ笑顔で答えてあげた。
「チッ、逃げ足の速い」
「また病院送りにされちゃ、そりゃたまんないでしょ」
ダイヤ先輩と、その後ろからカヨ先輩もゆっくり歩いて来た。
また? それって……
思わずミッキーと顔を見合せる。
「そ、そんな事、するわけ、ないだろう?」
いや、あの気配は人を殺しかねませんよ、先輩……
そうか、あの3人が以前ダイヤ先輩に入院させられた人達だったのか。
同じような事をして、また失敗して。
だが釈然としない。
高橋センパイの態度、去り際のダイヤ先輩との会話。
誤解だ、とも言っていた……
僕の頭ではもう限界だ。
あとで師匠に相談してみよう。
台矢家はお金持ちなのに、何故この筑豊なんて田舎にやって来たのでしょう。
ニッポン大好き青年だった先輩のおじいちゃん。
やっと戦争が終わったので行きたくて仕方ありません。
しかし厳格な父親が、浮わついた理由で送り出すはずないのです。
そこで当時、石炭の採掘日本一だった筑豊に目をつけました。
ダイヤモンド鉱山で地位を築いた一族ですから、よろこんで息子を送り込んだそうです。
ちなみに昔は石炭を、黒いダイヤと呼んでいました。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうぞ、よろしくお願いいたします。
あとがき書く前に読んでくれた方、感謝いたします。




