46話 えとうなつきのおはなしⅡ- 5
なつき視点はここまででーす。
またしばらくしたらやりますよ。
たまに存在をアピールしないと、影薄いんで。
それではどうぞ~。
夜が明けた。
目が覚めても、しばらく身動きする事が出来なかった。
金縛りに遭ったわけではない。
いや、心の金縛りで、動けなかったのかもしれない。
久しく見ていなかった、夕焼け色に染まった明晰夢。
夢の中にして夢を見ている事に気付く、その明晰夢を昨夜は見た。
初恋の瞬間を切り取ったオレンジ色の世界。
そして何時もそこには、熱い眼差しを向けて微笑む八重洲ともかがいた。
けれど昨日は違った……
何故か昨夜はともかちゃんじゃなかった。
違う人間が現れるなど、想像も出来ない事だった。
そもそも最近この夢を見なくなった原因は、どう考えてもミチヨだろう。
ミチヨに恋心を抱いたからだ。
出てくるにしても、ミチヨだろう、普通なら。
それが何で?
分からない。
どういう訳だろう?
どうして夕陽に待っていたのが……
平川君だったのだろう。
「おはよう。なつき」
ミチヨが笑顔で駆けてきた。
いつも待ち合わせている、新イイヅカ駅の改札前。
「おはよう、ミチヨ」
ん? 気を遣っているのかな?
あんな大変な目に遭ったはずなのに、てけてけっと寄って隣に並ぶ。
「いや~、昨日は酷い目に遭ったね」
ニッコリと、そんな事を言ってくる。
そんな軽い出来事ではなかったんだけどなあ。
どうやら機嫌がいいように見える。
平川君と帰りにきちんと仲直りしたのかな。
平川君……
「どうしたの? なつき」
「ん!? な、何でもないよ」
うう、ミチヨをまともに見られない。
意味の無い、罪悪感の様な感覚。
夢で出てきただけなのに。
……平川君が。
たしかに昨日は見とれてしまった。
美しかった。
悪漢を倒す姿なのに、まるでボッテチェルリの絵画なのかと思える程……
しかもそれは、僕を助けるための行為だったのだ。
お、お、王子様かっ!
いやいやでもでも、男ですから!
男友達が男友達を助けただけですから!
ま、まあ、格好は女子高生でしたけど。
おそらく昨日の平川君の行為に、僕は夢に見るほど感動したのだ。
そうだ。それだ。そうに違いない。
「なつき、本当に大丈夫?」
ミチヨが心配そうに僕の顔を覗いて来る。
す、すごく近い。
一歩踏み込めばキスが出来るくらい。
「だ、大丈夫、大丈夫」
それでも僕はドキドキするよりも、何か別な感情で、ミチヨの顔を見れないでいた。
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放課後美術室で、先輩方に昨日の事を説明する。
おふたりとも、少なからず驚いていた。
しかしその後の反応は、あまりいいものではなかった。
僕らは、いや、僕の行動がお粗末すぎたのだ。
非難はある程度予想していた。
分かってる。
そもそも路地に入ったのが間違いだった。
大通りを歩いていれば、何の問題もなかったのだ。
ミチヨの女子高生姿は完璧だった。
たとえ嘉望東の生徒でも、自分の高校の男子生徒だなんて、そうは簡単に思いつかないだろう。
路地に入ったら入ったで、先の方に不良を見つけても、直ぐには逃げ出さなかった。
松田君の姿が不良の中にあり、僕の動きが止まってしまったからだ。
全部僕のせいだ。
僕の不手際を、ミチヨが取り繕う様努力して。
それでもダメなところを、平川君に救われて。
本当にみんなに申し訳ない。
それでも、誰も僕を責めはしない。
僕とミチヨの行動を非難はされるが、それほど強く責めはしない。
ミチヨの取った報復の内容は、やり過ぎだと責めてはいたが。
僕は居たたまれないのに、ただ小さくなるしかない。
ミチヨとカヨ先輩が買い出しに、ダイヤ先輩はトイレに立った。
僕は美術室にひとりとなる。
いつもは狭い、雑多で賑やかなアトリエと化した教室。
今は寂しく静まり、矢鱈と広く感じる。
そんな中にいると、つい思いを巡らしてしまう。
ミチヨの事、平川君の事。
僕はミチヨに負い目を感じている。
昨日は全部僕のせいだ。
それと、やはり……平川君だ。
僕はミチヨが男だろうと好きだ。愛してる。
でもそれは、ミチヨを女の子同様に見ているって事じゃないだろうか。
今まで何度か抱き締め、キスをして。
その都度やはり、抱きたいと、キスをしたいと思って求めた。
でも、昨日の、助けられた瞬間を思い返す度、感じてしまう。
いけないと思いながらも望んでしまう。
平川君に……
抱き締められたい……
今までそんな事、想像したこともない。
自分が男に求められたいなんて。
ミチヨ……どうしよう。
僕はどうしたらいい?
「立て! なつき!」
ガラガラッと勢いよく入ってきて、教室が震える程の声で命令する。
もちろん部長のダイヤ先輩だ。
「は、はい、師匠」
僕は反射的にスックと立つ。
「歯を食いしばれ!」
「は? はいっ!」
先輩は僕を殴ろうとしている。
先輩は、いや、師匠は皆の前では敢えて言わなかったんだ。
だが腹の中では、弟子の不甲斐なさに憤っていたんだ。
僕はグッと、言われた通りに踏ん張った。
バキィィッッ!
綺麗なストレートでも入ったのだろう。
顔の左から頭右半分が全部持っていかれた様な衝撃で、僕は美術室の床に椅子を弾き飛ばしながら転げた。
起きろ、と先輩は言って、仁王立ちで僕を睨み付ける。
「なつき! 貴様が何をして、何をやらなかったのか分かるか!」
「はい。 分かります」
僕は机に手をつき、震える足を気力で支え何とか立ち上がった。
「僕は、危険な場所へとミチヨを連れて入り、危機を脱する事も出来ず、ただ救出されただけでしたっ」
言いながら涙が溢れ、流れ、止まらない。
「よく言った。
もう一発殴るぞ」
「はい!」
「おしいぞ、ばかやろう!」
僕はまた殴られ、転げた。
さすがにもう立てない……
「そうだ、お前は間違えた。
だったら、きちんと謝れ。
反省したら、友に、仲間に心から謝れ」
「し、師匠ぅぅ」
「あいつらは、許す事が優しさだと思っている。
だから私が叱ってやる。
お前の心が晴れる様、力一杯ぶん殴ってやる」
そう言って体を引き寄せると、先輩は力一杯抱き締めてくれた。
滝のように涙を流して、微笑みながら。
「ひとりで溜め込むな。
師を頼れ、我が弟子よ」
「……はい、ごめんなさい」
いまだ強く掴んでいる先輩の腕に顔を押し付けて、やっとそう答えた。
先輩の、師匠の優しさが心に温かかった。
抱かれるぬくもりに包まれて……
もうしばらくは浸っていたいと、僕は目を閉じて身を委ねるのだった。
ここのとこ、友情、友情、暑苦しかったですよね。
コメディーっぽくもなかったです。
コスプレ部も本格始動してもらわにゃあ。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうぞ、よろしくお願いいたします。




