42話 えとうなつきのおはなしⅡ
今回はなつきの視点になります。
シリアスです。
そこは真っ赤な、いや……
すべてが夕焼けの色に染まった世界だった。
僕、江藤なつきの家の裏山は、良質な赤土が取れる採取場だった。
山の斜面は大きく削られて、秋の夕陽をさらに色濃く反射させていた。
辺りはまるで、オレンジの濃淡のみで描かれた、一枚の絵画の様。
その中で小学校6年生の僕は、幼馴染みのともちゃんーー
八重洲ともかちゃんの、熱を帯びた眼差しから目を逸らせずにいた。
言うべき台詞は決まっていた。
単純な言葉を一言だけだった。
ひょっとしたら、彼女もそれを待っていたのかもしれない。
だが、僕は……
「ごめん、どうしても無理」
中学2年の夏休み、僕は松田君にそう答えた。
実に素っ気なく、嫌悪感をも出していたのかもしれない。
愛してると言われ、真剣に考えてと頼まれたが、僕は聞く耳を持ってはいなかった。
確かに、急に唇を奪われそうになり、気は動転していた。
だがそれほどに拒絶したのは自分でもおかしい。
愛することはないが、嫌いではない。
いや、むしろ好きだった。友として。
それを侮蔑する様に言葉を投げて彼の部屋を後にした。
僕が他人にそんな態度を取れる人間だと、僕自信、驚きだった。
今思えば、自分の気持ちをそんなに簡単に言える松田君に、憤っていたのかもしれない。
……いや、違うな。
僕は本当は悔しかったんだ。
想いを言葉に出来なかった小6の自分を、無意識にごまかしたのだ。
本当は伝えたくて堪らなかったのに、あの時勇気を出せなかった事を正当化した。
(相手を本気で想うのなら、簡単に口にするわけがない!)
だから一時の感情に僕を口説こうとした男だと、心の中で彼を罵ったのだ。
それまで散々助けてもらっていたくせに……
数日後、松田君はバスケを捨てた。
この頃から、あの夕焼けに染まった景色を夢に見る様になった。
オレンジ色の世界で、ともかといつも見詰め合う。
だけど、やっぱり僕は何もしない。
この時間を切り取って、同じ事を何度も繰り返している。
でも、それでも、僕はあの時のともかに会いたかった……
オレンジの夢を見なくなった。
高校生になり、中学ではあまり喋る事の無かった子と仲良くなる。
国立満世、中3で同じクラスだった男子。
女子の様に綺麗な顔で親近感が湧いた。
だからこそ出会った頃は近付かなかった。
松田君との一件から、人とは距離をとる事にしていたから。
それでも見知らぬ環境は心細く、高校でも同じクラスになったミチヨとは友達になった。
ミチヨと一緒に過ごす様になってから、あの夢を見る頻度が減った。
初めてミチヨの家に泊まった日から、全く見なくなった。
答えは簡単だ。
僕はミチヨに恋をしたから。
オレンジの中のともかに初めての恋をして、
そばで一緒に笑い合うミチヨに2度目の恋をした。
男同士なのに、気持ちは止められなかった。
中2の夏が思い出される。
松田君は当時、どんな気持ちだったのだろう。
どれくらい僕を想ってくれて、どれ程の勇気を出して告白したのか。
それを受けて僕が彼にとった態度といったら……
僕はミチヨに、直接胸の内をぶつける事は出来なかった。
いつも近くにいて、たまに手を繋いで、時々キスもして……
親友だとか言いながら、恋人みたいな関係。
それで十分だと思っていた。
分かってる。
逃げてるって。
コミケのトラブルで、女装して帰る羽目になった。
ミチヨの可愛い女子高生姿が見れたのは嬉しいが、帰りに不良に絡まれる。
小さな橋で屯していた連中の一番奥に、松田君の姿を見つけた。
あまりの驚きに動きと思考が鈍り、逃げ遅れてしまった。
僕は気づかれない様、ずっと下を向く。
真面目で面倒見のいい優しかった彼が、ミチヨに4人で暴力を振るおうと言う。
まるで別人の様。
やはり原因は僕?
そんな事は一先ずどうでもいい。
僕はミチヨの前に立ち、松田君に話し掛けた。
「ミチヨ! もう、ダメだ! 逃げて!」
生まれて初めて人を殴り、2人を壁に押さえ付けた。
残る松田君は手出しをしてこない。
だが、もう体力が尽きそうだ。
防いでるうちに、ミチヨには脱出してほしい。
「わかった!! 警察呼んでくる!」
ミチヨは逃げてくれたが、さっき殴った奴が追ったらしい。
心配だが、僕はここを少しでも長く抑える。
もう如何程も持ちはしないだろうが……
「もうやめようぜ!」
松田君はそう言うと僕を不良2人から引き剥がした。
「うっ!」
そのままの勢いで別の壁まで僕を引っ張り、背を向けて両の手を広げた。
「松田、何のつもりだ」「マ、マーボー?」
「すまない。俺、やっぱり江藤にこんな……」
どうやら松田君は本質までは変わっていなかった。
本当は真面目で思い遣りのある、僕の大事な友達なんだ。
だけどこのままでは、2人とも助からない。
いずれ金髪が戻って来る。
ミチヨが逃げ切れていればいいんだが。
路地から金髪が走って来た。
良かった……ミチヨは助かった……
僕は背後の壁にもたれ掛かった。
これから一戦交えるか、それとも警察が来る前に不良は去ってくれるのか。
ただもう僕は何もできないけれど。
「ギャァーーッ!」
叫び声に松田君を見た。
彼が発したと思ったから。
だけど違う。
「ぐわぁっ!」
今度はよく分かった。
何故か金髪が、残った不良を殴り倒した。
服の上からでも分かる、均整の取れたシルエット。
無駄のない体捌きからの、体重を十分に乗せて繰り出された右拳。
どの瞬間を切り取っても、芸術的に美しかった。
だ、誰だ?
さっき僕の殴った奴であるはずがない。
「てめえ、松田、覚悟は出来てんだろうな」
「え? 平川くん?」
そうか……
君だったんだ……
その夜、久し振りにオレンジ色の夢を見た。
僕は壁にもたれ掛かり、力尽きた様に体が全く動かない。
だけど何故か不安の様なものは一切なかった。
温かな安心感に心が包まれているようだった。
そして夕焼けの中にひとり、こちらを見詰め微笑んでいる。
それは金色の髪をした……
愛しい人の、幼馴染みで想い人だった。
なつきのダイジェスト版みたいになりました。
ここまで読んでいただいた方にとっては退屈回だったかもです。
少しなつき視点続きます。
心の声も、ミチヨと似てるんですよねえ。
すみません。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。




