39話
まさかの展開にどうなる2人。
とにかく、読んで下さいませ!
「このおおおおおーーっ!」
なつきがひとりの男の胸に頭からぶつかり、そのままの勢いで橋の先へと押して行く。
お世辞にも華麗だなどと言えないタックルだ。
だが掴んだ男は疎か、後ろにいた奴をも一緒にビルの壁までなだれ込んだ。
「な、なんだコイツ」「んの野郎……」
なつきに壁へと押し付けられ、身動きが取れず不自然な姿勢で踠く2人。
江藤なつきはパッと見、線の細い可憐な少女。
でも彼は3年間1日と休まず、バスケ部のハードな練習をこなしてきたのだ。
いや、こなすどころか、エースだったのだ。
去年の夏、体育で初プールの日。
「「「おおーーっ」」」
上着を脱いだなつきを見て、クラスの男子みんなが思わず声を漏らした。
魅せる筋肉ではなく、使う筋肉。
引き締まった胸板、見事に割れた腹筋。
なつきの中身は間違いなく、鍛え上げられたオトコの肉体なのだ。
「気を付けろ、こいつ、力強えぇ」
さっきなつきに殴られて尻餅をついていた男が、頭を振りながら立ち上がろうとする。
「知ってるっつーのっ」「先に言えよっ」
押さえ付けられた2人は、無理な体勢からなつきの身体を殴っている。
背中を叩かれつつも、なつきは壁に向けて必死に男の胸を押し続ける。
そう長い時間できる作業とは思えない。
僕は立ち上がりかけていた、尻餅金髪男の背中にしがみついた。
「松田君! 僕は聞いたよ、なつきとの事!」
「!!」
「なつきはね、泣いていたんだよ、君の事を話して!」
僕は金髪男の首を絞めながら松田君に叫んだ。
昔、金曜に父と観ていたワールドプロレスを思い出し、後ろから二の腕で絞めつけながら。
男2人は踠き、彼らをなつきが止めている。
金髪は僕にチョークスリーパーを決められない様必死だし、松田君は完全に躊躇している。
今、この状況を一番冷静に判断出来得るのは、この僕だ!
当初、4対2の必敗だったパワーバランスは、
松田君の狼狽、なつきの奇襲によって、かなり差を縮めてきた。
ここで松田君がこちら側に付いて、場を収めようと動き出せば、
僕はすぐになつきの手を取り、全力で逃げる。
なつきの頑張りで、かろうじて現時点は拮抗した状態。
松田君のカバーがあれば、逃げるだけなら難しくない。
それもなつきの体力が残っている今だけだ。
ダイヤ先輩の言葉じゃないが、正攻法で来られたら僕らは絶対に助からない。
少しでも松田君が味方につくのを渋ったら、もうひとつの手を打たねばならない。
「おい、もうやめないか……」
よし! いいぞ松田君。
「なあ、男相手にやっぱり、おかしいだろ」
ちょっと弱気だが、松田君は完全に戦闘放棄だ。
これなら行けるだろう!
「バッカじゃねえの! 最初っからそんな趣味ねえよ」
「え?」
「俺はこんな女みてえな野郎、ボロクズみたいにしてぇだけだよ!」
「え? お、俺、俺もそうだぞ、マーボー」
「そ、そうなのか? でも……」
だ、ダメだ! 言いくるめられそう。
そうでなくても……
「ミチヨ! もう、ダメだ! 逃げて!」
「わかった!!」
僕は金髪から離れると、駅の方、元来た路地へと駆け出した。
「「「あ?」」」
もうひとつの方法、助けを呼びに行く。
みんな自分に手一杯で、僕の退路を断っていない。
「警察呼んで来る!」
「逃がすな! 金太!」
「やべえーーっ!」
僕の後ろから素早く追い掛けて来る気配がする。
さっきの金髪が立ち上がってすぐに追って来たのだ。
予想以上に反応が速い。
くっ、路地が矢鱈長い。
金髪金太の足も速い。
スカートで走りにくい。
ううう、もう、すぐうしろにいる……
いきが、いきがくるしい……
あ、あ、だめだ、おいつかれる……
も、もうちょっと……
もうすぐ、おおどおりにでる、もう、すぐ……
《ガッ!!》
掴まれた!
すぐ先は大通りなのに。
あ、路地の入り口を人が横切る。
「誰か、たすけ……」
くそっ、口を塞がれた。
(うっ)
足を払われ、倒れ込む。
も、もう、だめだ。
ごめんね、なつき……
《バキッ!!》
何かが砕ける様な音がして、僕の体が軽くなった。
訳が分からず顔を上げると、すぐそばで金髪男が僕を見下ろしていた。
手を出さず、じっと僕を見詰めている。
逆光になっててよく見えない。
「な、何? 何が……」
だがふと横を見ると、もうひとり脇にも金髪男が。
そっちは僕と同じく地面に倒れ、そして、ピクリとも動かない。
「や、やっぱり……ミチ、か?」
懐かしい声……
大好きだった、ずっと好きだった人の声……
どうして、ここに?
浮かんだ疑問符は、もっと熱い想いですぐに消えた。
涙が溢れてきて、金髪の人の顔が全然見えない。
「みっぎいいぃぃぃ」
幼馴染みで、親友で、初恋の人。
平川美紀男がそこに立っていた。
「大丈夫か、ミチ!
なんだ、どうしたんだ?」
ミッキーは僕をゆっくり抱き起こしてくれた。
あ! なつき……
「ミッキー! なつきを、なつきを助けて!」
僕はミッキーの胸に飛び込んで、ただ懇願した。
「分かった!」
何も訳を聞かず、ミッキーは風のように奥へと走って行った。
僕もあわてて追いかける。
ギャァーーッ
足の遅い僕が、路地の終盤に差し掛かった時にひとつ。
ぐわぁっ!
路地を抜けて、川に出て来た時にまたひとつ。
ミッキーの手によると思われる、男達の断末魔が聞こえた。
僕が橋のそばにある廃屋寸前のビルに辿り着くと、壁際に男女が2人と手前に金髪男。
壁を背にした女子高生姿のなつきと、その前で庇う様に立つ松田君。
まるで不良学生に追い詰められたカップルの構図である。
「てめえ、松田、覚悟は出来てんだろうな」
「ひいいいっ」
「待って、ミッキー」
僕は殴りかかろうとするミッキーを止めた。
「え? 平川くん?」
ビルの壁にもたれ掛かっていたなつきがフラフラと歩いて来た。
「おう、江藤、大丈夫か?」
「ありがとう平川君。
でも、ちょっと待ってほしい。
松田君はぎりぎりで僕を助けてくれたんだ」
そうか、庇う様にじゃなく、実際に庇っていたんだ。
僕が逃げ出したあと力尽きたなつきを、ケダモノ達はビルの奥に連れ込もうとでもしたのだろうか。
警察に向かって走り出せば一目散に逃げ出す……と考えていた僕の策は実にお粗末だった。
十分反省しなくちゃだが、今は置いといて。
「松田君、今日の事は気にしないから、なつきとお買い物に行って来てくれない?」
「「ええ!?」」
「欲しい物があるの」
3人の顔がハテナマーク。
「撮りっきりカメラ」
「「「カメラ!?」」」
「人を裸に剥こうとする者は、自分が剥かれる覚悟をするべきだ」
「「「アラベスク兄さん!?」」」
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なつきと松田君は一緒に駅の方にカメラを求めて歩いていった。
なつきは松田君に、落ち着いた状態で謝っているのだろうか。
松田君は今回の事を、きちんとなつきに謝罪しているのだろうか。
そして、僕も……
「ミチヨ、俺は……」
2人きりになって、僕が謝ろうとした瞬間、ミッキーが先に口を開く。
「お前にずっと謝りたかった。でも、本気だったんだ」
え?
「もう一度言わせてくれ!
好きだ。愛してる。前からずっと」
ええ!?
何で?
何で、何でこんななななな?
ガバッと身体を強い力で包まれる。
懐かしい匂いがする。
勉強そっちのけで嗅いでいた、大好きだった匂い。
その香りで胸が満たされる。
涙が溢れてきて、流れて、息が苦しい。
「ビッギイ、ごべん、ごべんだざいいいい」
僕はミッキーの胸の中で嗚咽を漏らした。
ミッキーは更に力を加えたけれど、なぜか僕には心地よかった。
松田君は三者面談の時、順番が変わってミチ、ミッキーの先に受けた松田君です。
稲高に通ってたんですね。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。




